第五話「無力な魔女、メリッサ」
「もう慣れっこだけど……メリッサ、また部屋を汚してる。毎日掃除すればこんなにはならないのになぁ」
相変わらずインターホンを押しても応答せず、勝手にメリッサ宅へ入った政宗は呆れていた。
十月十四日、放課後――昨日約束していたとおりメリッサにクラブとカルネの件を相談しにきたのだが、三人は毎度のお約束とも言うべき汚部屋と対面。
政宗は部屋の電気を点けるとゴミを踏まないように進み、ベッドの上でお腹を出して眠るメリッサを揺すり起こす。
「……むぅ。なんだ、政宗か。それに結人くんと瑠璃ちゃんまで。あー、なんだろうな。この面子を見ると穏やかな用件じゃなさそうな気がする。いつぞやみたいだ」
だるそうに体を起こし、髪を無造作に掻き毟りながらメリッサは言った。
「穏やかな用件じゃないのは確かですね。毎度申し訳ないですけど」
「あぁ、瑠璃ちゃん。夏休みぶりかな? 久しぶりだねぇ」
「メリッサ、夏休みに瑠璃ちゃんと会ってるの?」
「ちょっと色々あってな。私の危機を救ってもらったんだよ」
「何だろう……メリッサの危機ってロクなことじゃない気がするよ」
メリッサは指をぱちんと弾き、毎度見かける魔法によって部屋の中を片付ける。そして、綺麗になった床に三人は腰を下ろした。
(流石に毎回言われ過ぎて自分から片付けるようになったのかな。……だったら、そもそも散らかさないようにするべきだけど)
ジト目でダメ魔女を見つめる結人は、不意にメリッサと目が合う。
「あぁ、結人くん。なかなか会う機会がなかったが、クラブとカルネの件はすまなかったね。君を巻き込む形になって」
「……ん? 巻き込まれる形になってましたっけ?」
「本来ならば一般人である君には関わるなと言うのが正解だった。だが私はそうせず、君に魔法を行使して試すような真似をしたんだ。巻き込んだと言うべきだろう」
「だとしたら謝る必要はないです。寧ろ、リリィさんを助けられて感謝してるぐらいですから」
「何だか怖いことを言うね」
「そうですか?」
「あぁ、そうだとも。……まぁ、何であれ私としては責任を感じて止まないよ。すまなかった」
十全に把握できている気になれず、結人はぎこちなく頷いて返事とした。
さて、前置きも済んだところで――瑠璃が本題を切り出す。
「今話題に出たクラブとカルネなんですけど、二人の謹慎がもうすぐ解かれます。それで、何か対策を取れないかと相談に来たわけでして」
「そうか、もうそんな時期になっていたか……」
ベッドの上あぐらをかき、腕組みをして考え込むメリッサ。政宗は命令されるまでもなく冷蔵庫から缶ビールを取り出し、メリッサに手渡した。
「前回もそうだったが、私にできることは少ない。人間世界にいる魔女は僅かな魔法が使えるだけで、あとは魔法少女の監督役に過ぎないからな」
「でも、クラブとカルネのやり口は分かったんだし対策できるんじゃないか? あいつらの手口は気絶するまで暴力を振るっての正体看破だろ?」
「どうもそうらしいね。変身を解除すれば危害は加えられないと思っていたが、変身者のプライベートを掴んで脅かすか。言葉では恐ろしいが……実際はどうなんだろうな」
「正体を掴んで脅すって、それはもう普通に警察が扱える範疇だもんね。確かに怖いけど、実際はどこまで脅しが成立するものなんだろう? 実際は何もできなかったりしないのかな」
政宗の希望的観測に全員がそうであったなら、と顔を見合わせる。だが、ハッタリだと流せるなら全員がこれほど警戒しないのも事実。
メリッサは一気にビールを流し込み、口元を袖で拭う。
「とりあえず、最近ニュースでやってるようなネットでの住所特定? よく分からないがああいう感じになるのだろうから、バレないに越したことはないだろう」
「となると、クラブとカルネが気絶させて正体を見破ろうとしてくるのはどうすりゃいいんだ……?」
「それに関しては活動範囲を絞ればいい。リリィとローズがなるべく近くでマナ回収を行い、そして活動場所を人気の多い区域にする」
「メリッサ! も、もしかして一般人を盾にするの……!?」
「形としてはそうなるが問題はなかろう。あいつらは魔法少女の資格剥奪となるようなことはしない。なら、一般人が密集する場所で荒っぽい行動はできないだろう」
「あいつらの存在で行動が制限されてるのは気に入らないけど、それで対策はできそうね。ただ――」
そこで言葉を切った瑠璃。有効な対策が明らかになったのとは逆に表情は暗くなり、少し思考を纏めて再び口を開く。
「……こうやって対策を考えている、それ自体もクラブとカルネにはお見通しじゃないかしらね?」
「そういえば昨日言ってたな。カルネがアプローチを変えてくるかもって」
「もちろん、今までのやり方に対して対策を講じるのは大事だわ。だけど、一度痛い目を見てるあいつら――特にカルネが同じ手段を取るとは思えないわ」
「ジギタリスも厄介なやつを魔法少女にしてくれたな……。しかし、正体を掴ませなければ好き勝手できない。これだけは揺るがない事実じゃないかな?」
「なら、ボク達はとにかく正体がバレないよう徹底すべきなのかな?」
「そうだ。場合によってはマナ回収自体をしばらく休止してもいい。とにかく素性がバレないよう徹底する。そこさえしっかりすれば安全は保証されるんじゃないか?」
メリッサの意見は魔法少女の安全確保において正当なものだった。しかし、その結論で楽観的になどなれるはずなく、四人の深刻な表情は深まる。
(もしもマナ回収自体を休止したら、この街はクラブとカルネに取られたようなもんだ。それはそれで――あいつらの思うツボなんじゃないか?)
そう思うと悔しい気持ちが沸き上がり、結人は思わず口を開く。
「逆にクラブとカルネの正体を暴いてやるってのは無理なのかな? そういう脅しはあっちだけのお株ってわけでもないだろ」
「それは私もちょっと考えたわ。掴めれば一気にこっちの勝ちだと思うけど……正体を掴んで脅すようなやつなら自分達が逆に暴かれる可能性を考えないはずないと思うわ」
「確かにそうか……。それに、変に手を出して刺激するリスクだってあるんだもんな」
自分の浅慮を思って嘆息し、肩を落とす結人。
「やっぱりこっちから直接解決する方法ってないのかな。瑠璃ちゃんの魔女にどうにかしてもらうって方法も……たぶん、望みは薄いよね?」
「そうね。クラブとカルネはきっとジギタリスのお気に入りだし……どうにかしてくれる気はしないわ」
「とはいえ、ジギタリスという魔女は相手の言葉に必ず一度は耳を傾けるやつだ。持ちかけられた交渉を頭ごなしに断りはしないだろうけどな」
「そうなんですか? ……でも、交渉なんて材料もないのにどうやって?」
顎に手を触れ、思案顔でメリッサから貰った言葉をヒントと受け止める瑠璃。しかし、その表情が解を示して明るくはならなかった。
クラブとカルネという存在――それはまるで突然現れ、好き勝手に荒して回る天災のようで。それ自体を排除するのは不可能。ただ、被害を最小限に留める策を講じる以外にできることはなかった。