第四話「嵐の前の静けさ」
「夜は流石に寒くなってきたなぁ。もう少しで冬だもんな、当然か」
「確かにそうかもね。……いや、今のボクは分からないんだけど」
肌寒さを感じて体をさする結人と、彼よりも寒そうな恰好をしているのに平然とした様子のリリィ。
十月十三日、夜八時――文化祭が終わり、いつもの日常に戻った結人とリリィはマナ回収を完了して公園へやってきていた。
今日のマナ回収は終了となりあとは解散するのみだが、雑談に花が咲く。
「リリィさんはいいよな。魔法少女は冬だろうと気候の影響を受けないわけだろ?」
「うん、だから逆に変身解除したくなくなるよね。一気に寒さを感じるから」
「なるほどな。しかし、冬になると俺の方は困っちまうな」
腕組みをして深刻そうに考え込む結人。
「寒さが本格的になったら連れ回すわけにはいかないのかな? ビルの上を跳んでたらきっと寒いよね」
「コートを着込んでもかなり無理がありそうだ。でも、アレか! リリィさんに背負われてる時は体温が伝わってきて暖かいから、密着してればイケるかも!」
「ぼ、ボクが温めるって話……!? ちょっと恥ずかしいかも。……でも、結人くんがそれで寒くなくなるならいいかな!」
困ったように笑い頬を掻くリリィだが、まんざらでもなさそう反応。結人はこのアイデアに手応えを感じたのか拳をギュッと握る。
「よし! それなら冬はリリィさんにくっつき大作戦で乗り切るとするか! ちょっと嬉し恥ずかしなハプニングがあったらゴメ――」
「――あのぉ、バカップルかましてるところ悪いんですけどぉ……私もこの場にいるの忘れないでもらえますぅ?」
盛り上がる二人の会話に割って入り、うっとおしそうな口調で存在を主張したのはジト目のローズ。
マナ回収を終えて公園にいるのはローズと合流するため。なので彼女を含めた三人であるのは当然なのだが、二人はついローズを置き去りに仲睦まじくしていたのだ。
二人揃って後ろ頭を掻き、申し訳なさそうな表情を並べる。
「あぁ、ごめんごめん。すっかり忘れてたよ」
「忘れてんじゃないわよ! ……まったく、あんた達が付き合ってから、そういったバカップルコントを見せられてお腹いっぱいよ」
「ごめんね。そんなつもりはないんだけど……不快にさせたよね?」
「……まぁ、本当に苛立ってるわけじゃなんだけどね。あんた達のことは私、応援してるんだから」
呆れ返って嘆息し、肩をすくめるローズ。
瑠璃は夏祭りがきっかけで結人と付き合うことになったと政宗から聞かされて自分のことのように喜んだ。政宗の事情を知っているからこそ幸せになって欲しいと願っており、素直に喜べた……のだが。
他人に配っても余るほど幸せそうにする二人に、最近は呆れ気味だった。
「まぁ、それだけ幸せそうにしてるのもいいけど――そろそろ十月も中旬になろうとしてるわ。警戒しなきゃいけないこと、忘れてないわよね?」
「ん、何だ? 花粉かな?」
「そんなの改めて確認しないわよ! それに今まで花粉症になったことないから私は無縁よ」
「そう言ってる人がなるんだよ、ローズちゃん。魔法少女は花粉シャットアウトだけど、普段は気をつけないと」
「魔法少女、花粉までシャットアウトすんのか!? 便利過ぎるだろ!」
人差し指を突き立て忠告するリリィと、驚きに声を大きくする結人。そんな二人を前にローズは頭を抱える。
「……そうじゃないわよ。もうすぐクラブとカルネの謹慎期間が終わる。あいつらがまた魔法少女として活動するようになるのよ」
結人とリリィはピンときたのか軽く目を見開き、神妙な面持ちとなる。
「そういえば、もうそれだけの月日が経ったのか。早いもんだな」
「でも、クラブさんとカルネさんが動くようになったらどうなるんだろうね? またボク達へ絡みに来るのかな?」
「おそらく来ると思うけど、この前みたいに真正面からは来ないかも。カルネは頭が回るし……アプローチを変えてきそうだわ」
結人はローズの言葉を受けて、前回のクラブとカルネの襲撃を思い出していた。
(クラブとカルネは魔法少女同士で戦って気絶を狙う。そして、素性の割れた変身者を脅す戦法でこの街を奪おうとしてたんだよな)
前回、リリィの正体はクラブとカルネにバレず終わった。そして、結人とリリィもあれから対策を講じていないわけではなく――、
「クラブとカルネの襲撃以降、一応俺はリリィさんが変身する時に周囲を警戒してる。正体がバレたら何をされるか分からないしな」
「ボクも同じ場所で変身を解除しないようにはしてる。本当は家で解除すれば安心だけど、もし家に入っていくボクを見られたら自宅まで判明しちゃうから、それはしないのが正解だよね」
変身に関する前後は少しクラブとカルネを意識していた。
とはいえ、それでクラブとカルネをどうにかできるわけではなく、あくまで正体がバレる隙を軽減しているに過ぎない。結局、前回のように乗り込んできて襲撃されれば厄介な相手に変わりはないのだ。
「そもそも自分の管轄がやらかしたんだし、魔女の方はどうなんだよ。クラブとカルネに愛想尽かしたり……とかはないわけか?」
「どうかしらね? クラブとカルネってたぶんジギタリスのお気に入りだから……」
「やんちゃするからって簡単に手を切ったりはしないってわけか」
こちらが何かしたわけではないのに好戦的に絡んでくる相手はただただ面倒で、三人は同時に深く溜め息を吐く。
クラブとカルネの価値観と言ってしまえばそれまでだが、三人は自分達とかけ離れた行動原理で動くジギタリスの刺客を理解できないでいた。
「ちなみにクラブとカルネが活動停止を解かれるのって正確にはいつなんだ?」
「たしか十月三十一日。今月末のはずよ」
「まだちょっと期間があるんだ。じゃあ、今回もメリッサに相談しに行った方がいいかも知れないね。……メリッサにできることって多くないらしいけど」
「そうね。明日にでもメリッサさんのところにお邪魔したほうがよさそうだわ」
メリッサ宅への訪問が決まり、リリィとローズが互いに顔を見合わせて頷く中――結人は自分の額を手で触り、この公園で起きたであろうことに思いを馳せる。
そして、そんな挙動を――リリィは不安そうに見つめていた。