第二話「人目を盗んで二人きり」
「リリィ……って何だっけ? 何かのアニメで出てきたんだったかな?」
九月一日――始業式の朝、夏祭り以来揃った四人の会話で出てきた「リリィ」という言葉に修司は疑問符を浮かべた。
「おいおい、マジカル☆リリィだよ。修司、どうしたんだよ?」
「新作の魔法少女アニメ? きちんとチェックしてるはずなんだけど……知らないなぁ」
その後、質問責めにするも修司の中にリリィの記憶は一切存在せず、三人はそれぞれ顔を見合わせ、彼の身に起きている現象を理解した。
――魔法少女に関する記憶の喪失。
結人はリリィを想い、魔法少女の記憶をずっと保持していた。そして、修司もそれは同じだったのだが、その想いは八月末――結人と政宗が正式に付き合うことになりピリオドが打たれた。
おそらく正式に政宗が結人のものとなって想いが鎮火。記憶を手放すほどにリリィを諦められたのだった。
ちなみに修司の記憶は一部をボカしながら修正されている。
結人と同じくリリィに命を助けられたこと。
リリィを捜すため、遠くの有名進学校を蹴ったこと。
結人と告白を賭けて争ったこと。
――そして、政宗へ告白して玉砕したこと。
それらは残せる分だけ覚えており、リリィの存在を記憶していなければ説明がつかない部分は思い出せない。そして、思い出せない事実を疑問に感じず納得していた。
こうして、四人の中で一人だけ魔法少女を認識していない人間が生まれた。
修司が今まで抱いてきた恋心は没収されるような形で失われ、結人は複雑な気持ちだった。しかし、ある意味でリリィの記憶を拒否したのは修司自身だとも言えた。
リリィを想わなくなったからこそ、手放したのだから。
ちなみにそんな彼だがリリィに関する記憶を失っても、政宗の秘密は覚えていられたらしい。文化祭で女装喫茶を強く提案し、政宗に女の子の服装をさせたのは修司だったのだ。
○
「本当はメイド服のまま文化祭を回れたらよかったんだけど、数に限りがあるから難しいんだって。ゴメンね」
時は戻って十月九日――結人は女装メイド喫茶にて政宗の担当時間が終わるまで粘り、そこから一緒に文化祭を見て回る時間が得られた。
いつもの男子生徒用の制服に戻り、結人と二人で活気と人に溢れた校内を歩いていく。
「確かにメイド服の政宗と一緒にいられれば最高だけど、あれは目立つから駄目だ。みんなお前を見てたから俺としては気が気じゃなかった」
「え! みんな見てたって……もしかして変だったから?」
「自信を持てって簡単に言っちゃいけないのかも知れないけど、それでも敢えて言おう。お前はもう少し自分の可愛さを自覚しろっ!」
結人は軽く頭を小突き、政宗は目をギュッと閉じてそこを両手で押さえた。
メイド服は着ていないが、それでも文化祭の人の流れを歩む最中、政宗を知らない一般客は振り返り、男子にあるまじき愛らしさに目を引かれる。
(政宗としては男の子の体で可愛いって言われてもそんなに嬉しくないのかもな。……でも、皆の目を引くのは事実だ!)
結人は自分の彼女に誇りを感じつつ、ちょっと目立ち過ぎて不安でもあった。
「さっきもメイド喫茶から出る時、凄い人数から誘われてたよな。文化祭を一緒に回りませんかってさ」
「えへへ、ありがたい申し出だけどね」
「あのメイド姿を見れば申し出たくなるのも納得だ」
「そうなのかな? でも、ボクには結人くんっていう、その…………がいるから」
体をもじらせ、伏し目がちに語った政宗の言葉は肝心な部分が聞き取れなかった。しかし、それは仕方がないのだ。
(流石に俺達の関係を知られるのはマズいんだろう。政宗自身、そういう目で見られるのが耐えられないのもあるんだけど……俺にも気を遣ってそう)
本当ならば文化祭デートと称して手を繋いで歩きたかったが、結人はそういった気持ちを奥底にしまって短く息を吐く。政宗の耳元で結人は囁き、
「ちょっと人気のない場所に行こうか」
――と言い、政宗は頬を染めて嬉しそうに首肯した。
○
「結人くん、写真撮ろっか! 文化祭の記念!」
「こんな文化祭も関係ない場所でか? ……まぁ、日付は残るし意味はあるか」
結人と政宗は文化祭の催しに使われていない、人気のない校舎裏へやってきていた。
文化祭のおかげで当然、学校には全校生徒の総数以上の人間がいるためひょっこりこちらへと誰かが顔を出す可能性はあった。しかし、そういうスリルを感じながら二人きりの時間を持つのが楽しかったりする。
政宗はスマホを取り出し、フレームに結人と自分を含めて写真撮影。
校舎裏という何の趣もない背景。誰かの目を盗んで付き合うしかない二人が残せる文化祭の思い出としては精一杯だった。
……まぁ、本人達が過敏なだけで友達同士の記念撮影と言えば、大っぴらに文化祭のど真ん中で撮影も可能ではある。
しかし、普段から一緒にいる時間を多く目撃されている二人としては変に勘ぐられたくなかったのだ。
「最近、色んな所で写真撮るよな。ハマってるのか?」
「寧ろ、今まで撮らなかったっていうのもあるかな。あと……やっぱり彼氏との思い出はきちんと残したいじゃない?」
「……くぅ! 政宗、好きだ!」
「ゆ、結人くん!? 突然、何言ってるの!?」
「あぁ! いや、すまん。グッときて、つい」
後ろ頭を掻き申し訳なさそうにする結人と、不意打ちを喰らって顔を赤くする政宗。
素直に好意を告げられると顔を赤くする政宗を見るのが、結人は好きだった。
「そういえばさ。さっき喫茶店から出る時、後夜祭のキャンプファイヤーにも誘われてなかったか?」
「踊りませんか、って誘われたね。男子女子両方から誘われて驚いたよ。この学校の後夜祭には漫画みたいに結ばれる伝説とかないはずだから、純粋にボクと踊りたいのかな?」
「そんなわけないだろ……不純に決まってるぞ」
ジト目で結人は指摘し、しかしその続きは少し緊張気味に語る。
「――でさ、断ってくれたのか?」
「うん、もちろんだよ。ボクは……結人くんだけのものだから」
政宗ははにかみ、恥ずかしそうにボソっと言った。これはかなり破壊力抜群だったらしく結人も目線を泳がせ、二人の間には沈黙が横たわる。
そんな間に耐えられなくなったのか、政宗はごまかすようにして身を結人へ傾け、そして背伸びして彼と唇を重ねた。
羞恥と興奮の入り混じったキス。
ぎこちなく――しかし幸福そうな拙い愛の逢瀬を、二人は少しの間何もかも忘れて楽しんでいた。