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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第五章 嵐の予感
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第一話「秋の文化祭」

「お帰りなさいませっ、ご主人様☆」


 入り口で出迎えたメイドを前に、結人はときめいていた。


 十月九日、文化祭――学校が普段の姿を取り払い、お祭り騒ぎとなる秋の代表行事。


 校内は模擬店が溢れ、華やかに飾り付けられた非日常的な雰囲気。そんな文化祭で結人はとあるクラスに入った瞬間、恋に落ちたのだ。


 胸を押さえ、荒くなった息で眼前のメイドを見つめる結人。……そして、隣でそのリアクションにジト目を向ける瑠璃。


「はいはい。自分の彼女可愛いみたいなおノロケは要らないからさっさと席に座りましょ。……それにしてもえらく混んでるわねぇ」


 教室内を見回し、感心した様子の瑠璃。


 ――そう、ここは政宗と修司が普段使っている教室。そして、今日は文化祭の出し物で「女装メイド喫茶」と化していた。


 なので政宗はメイド服姿で二人を出迎えたのだ。


「め、メイドさん……写真撮ってもいいですか?」


「あとでこっそりならいいけど、今はちょっと忙しいから無理かな。……っていうか、結人くんどうして敬語なの?」


「あまりに尊すぎて敬いの心を持たずには話せない」


「一応褒められてるのかな……? まぁ、いいや。とりあえず――」


 仕切り直しとばかりに咳払いをし、


「ご主人様を席に案内しますね! こちらへどうぞ、ご主人様☆」


 弾けるような笑顔を浮かべ、ノリノリでメイドをこなす政宗。


 銀のお盆を片手に空いた手で席を指す姿を見て、結人は熱くなる目頭を手で押さえながら席へと移動した。


(……もう、俺の生涯に一片の悔いもない。このまま人生が終わるというのなら、それでいい!)


 大袈裟に考えながら瑠璃と向かい合って席に座る。


 教室内は結人と瑠璃が着席して満席状態。政宗という可愛過ぎるメイドの存在が噂で広まったらしく、常にお客が絶えなかった。


 それに加えて二大巨頭の一角を担う修司の存在も効果的で、高身長の彼に決して似合ってはいないメイド姿が逆にウケる結果に。修司は主に女性客を掴んでいるようで、政宗と二人で幅広い層をカバーしていた。


 注文された品を運んだり、来客をもてなす政宗をじっと目で追う結人。そんな姿にまたもや瑠璃はジト目で彼を見る。


 だが他の男性客も似たようなもので、結人の食い入るような視線は埋没していた。


「とりあえず、政宗を見てるのもいいけど注文を決めましょうよ」


「ん? あぁ、そうだな。で、何があるんだよ?」


 テーブルに置かれたラミネート加工のメニューを見る二人。


 あくまで文化祭の模擬店であるため、それほどメニューの幅は広くない。飲み物が数種類に食べ物はパンケーキのみ。


 よく見ると教室の隅が掲示ボードで仕切られ、そちらから調理している音と、注文数に対してなのか女子生徒達の悲鳴に似た声が聞こえてきた。


「で、注文する時にはこのベルを鳴らすわけか。なんか本当にメイドを呼ぶみたいで楽しいな」


「そう? 私は普段から呼んでるし、珍しくないけど」


「普段からって……なんか自分の家に本物のメイドがいるみたいな言い方じゃないか」


「いるけど?」


「いるのかよ!」


 ベタな振りからのツッコミ。絵に描いたようなやり取りが成立してしまい、そういう意味でも結人は驚いた。


「寧ろ、佐渡山くんの家にはいないのかしら? 一家に一台はいるのだと思ってたけど」


「メイドはテレビや冷蔵庫じゃねぇぞ……。あとお前、そんな単位でメイド数えてんのかよ」


 常識が歪んでる瑠璃に呆れて肩を落とす結人。


(夏休みにはリリィと殴り合いしたって聞いたし、世間知らずは相変わらずみたいだなぁ……)


 結人達といて随分と一般常識に馴染んできた瑠璃だったが、まだまだぶっ飛んでいた。


 さて、雑談もそこそこに二人はメニューから注文を決めた。そして、瑠璃がベルを鳴らそうとする――のだが、


「こらこら、待てって。高嶺、何をメイドさん呼ぼうとしてるんだよ」


「いや、注文は決まったでしょ? 何で止めるのよ」


「よく見ろ。政宗は注文された品を他の卓に運んでいる途中だ。今ベルを鳴らしたらあっちが来るかもしれないだろ」


 そう言って結人が指差した先――すらりと背が高く、政宗とは大違いの明らかに男然とした修司メイドがいた。


 無理な女装にしか見えないメイド姿に女性客から「可愛い」という声が飛び交っている。


「俺はあれが接客に来るのが何よりも恐ろしい。政宗の手が空いた時を狙って――」


「うるさいわねぇ、鳴らすわよ」


「――あ、おい! やめろ!」


 結人の言い分など聞く耳持たず、容赦なくベルを鳴らした瑠璃。すると呼び出しに応じ、修司メイドが結人達の席へやってくる。


「お呼びでしょうか、ご主人様?」


「お呼びじゃないからさっさと帰れ」


 しっしっ、と手を払う結人に修司は嘆息する。


「何だい、呼んでおいて失礼な物言いだね。どうせアレだろう? 僕じゃなくて政宗くんが接客に来てほしかったんだろう」


「分かってんなら何でお前が来るんだよ」


「嫌がらせかな」


 あっけらかんと語った修司に、結人は頭の中でブツっと何かがキレる音を聞いた気がした。とはいえ、叫び散らかせばクレーマーになるので無理に笑顔を使って耐える。


「とりあえず私はホットコーヒーとパンケーキを貰おうかしら。……で、このパンケーキについてる落書きサービスってのは何なのよ?」


「あぁ、それはメイドがお届けしたパンケーキにチョコレートソースで落書きするサービスだよ」


「何だって!? ちなみにその落書きをするメイドさんは選べるのか!?」


「その時、届けたメイドがやるから完全ランダムだよ」


「はぁ!? まるでガシャじゃねぇか! 政宗みたいなSSRがいれば、掃いて捨てるような目の前のハズレもいるのかよ!」


「佐渡山くん、気持ちは分かるけど流石に傷付くよ……?」


 修司は引き攣った表情を浮かべながら注文をまとめ、調理場……と言っていいのか分からないが、とりあえず殺気立っている女子連中へ伝えに向かう。


 その背中を見送った結人はスマホを取り出し、カメラを起動する。


「こらこら。勝手に撮影しちゃ駄目って書いてあるわよ。やめときなさいって」


「ん? あ、ほんとだ。貼り紙がしてある」


「あとで、って言われたんだから我慢しなさいよ」


「うーん、仕事している姿も撮りたかったなぁ……」


 母親に咎められた子供の用にしゅんとする結人。


 一般人も来場できる文化祭であるため、誰に悪用されるか分からないのを危惧しての撮影禁止。だから政宗は「こっそり」と言ったのだろう。


 目に焼き付けるしかなくなり、結人は教室内を忙しく歩き回る政宗を追う。


(この瞬間は写真に残せない……政宗が女の子らしい格好してるのもあって、リリィさんを連想するな。魔法少女も写真に残らないから――記憶し続けるしかないんだ)


 リリィについて考え始めた結人。すると、政宗に注がれ続けた視線は不意に修司メイドの方へ傾けられる。


 マジカル☆リリィを記憶するしかない、という思考から連想してしまったのだ。


 九月に入り、二学期が始まった時から――修司は魔法少女全般とマジカル☆リリィに関する記憶を完全に失っていた。

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