第二十三話「夏の終わり」
「姉の部屋漁ってるって正直かなりヤバいシチュエーションだよな。さっさとお目当てを見つけないと……」
額の汗を拭い、咳き込みながら結人は一人呟いた。
八月二十二日――夏休みも残り僅かとなったこの日、結人は大学へ通うため引っ越した姉の部屋へやってきて、押し入れから今日必要なあるものを探していた。
ダンボールの表面を手で払い、舞い上がった埃に咳き込む結人。
――今日、結人はある計画を実行するのだ。
(政宗、喜んでくれるかな。……もしかしたら嫌がる? 政宗の気持ちを必死に考えても、結局俺の主観でしかないからなぁ)
困った笑みを浮かべながらダンボールを次々と開いていき、やがてお目当てを見つけ出す。それを見つめ、結人は確信めいた表情で頷いた。
(不安なら政宗に予めお伺いを立てればいい。でも、言ってみればこれはサプライズだ。突然じゃなきゃ意味がない)
結人はそれを抱えて部屋を出ると、階段を降りてリビングへ。
昼下がり、家事を終えて退屈そうにワイドショーを見ている母親の背を見つめ、少し躊躇い――しかし、覚悟を決めて手に持ったそれを預けてお願いをする。
結人の計画には母親の協力が必要不可欠。
今日は結人の家から少し歩いた場所にある神社が催す、夏祭りの当日だった。
○
「この祭りがやってくると夏休みも終わりなんだと感じるね」
祭りの賑やかな光景を前に、修司は寂し気なトーンで言った。
夕方五時――駅に集合した四人は揃って移動。祭りの会場となる神社、そこへ至るまでの歩行者天国となった車道を前にして、非日常的な雰囲気を楽しんでいた。
両親に手を引かれる子供、友達同士ではしゃぐ学生に、手を繋いで幸せそうに顔を見合わせる男女。喧騒を作りだす人々の関係性はそれぞれで、屋台を見て回って行き来し、食べ歩きを楽しんだり、ちょっとしたゲームで白熱していた。
「八月末のお祭りだもんね、どうしたってそういう印象になっちゃうよ。……まぁ、ボクは友達いなかったから初めて来るけど」
「私も友達がいなかったからお祭りにくるのは初めてだわ。一体、何が行われるのかしら!」
「……君達、事情は察するが揃いも揃って友達がいなかったと語るのはやめてくれないか。悲しくなるよ」
「すまん、修司。会場の近くに住む俺も友達がいなかったから、祭りなんて花火がうるさい催し事くらいに思ってたよ」
清々しい笑みを浮かべて自虐する結人。修司は肩を落として嘆息する。
ちなみに結人に友達がいなかった理由は存在し、それは今日までの日々でも少し顔を覗かせていた。ただし、それは重く圧し掛かるトラウマではなく、もう終わったことだと言って差し支えなかった。
「っていうか、修司はこういう祭りに誰と来てたんだよ?」
「僕かい? 中学の頃は何故か普段話さない女子から誘われてね。いくつもお誘いがあるからみんなで一緒にきてたよ」
「多分だけどそれ……一緒くたにしちゃ駄目なやつだぞ」
おそらく当時からリリィに恋していた修司。結人の呆れ顔にも全くピンときておらず、不思議そうな表情だった。
「あんた達、そんなどうでもいい話してないでさっさと祭りとやらを見て回るわよ! ほら、政宗も行きましょ!」
「え、あ、うん! そうだね!」
政宗の背中をポンと押し、瑠璃は男性陣を置き去りに歩行者天国を歩み始める。
「いつの間にか政宗くんが高嶺さんに呼び捨てされてるね。あの一件を乗り越えて今まで以上に仲良くなったみたいだ」
と
「そういう部分は気付くんだなぁ、お前。……とはいえ、本当にあの一件は今思い返しても無事に終わってよかったって思うよ」
「政宗くんとしても新しい一歩を踏み出せたわけだ」
「そうだな。本当に頑張ったと思うよ」
瑠璃に弾けるような笑顔を向けて言葉を交わす政宗。そんな光景を見つめ、結人は穏やかに笑む。
すると修司は他人事のように頑張りを湛える結人の背中を叩く。
「何を言ってるんだ。君だって頑張らなきゃいけないんじゃないのか? 夏休みのイベントもこれが最後だ。ここで勝負するんだろ?」
「そ、そりゃそうだけどさ……なんだよ、応援してくれてんのか?」
「バカを言うんじゃないよ。応援なんてするものか。ただ、僕を下した人間が吹抜けているのが気に入らないだけさ」
不貞腐れた口調で言った修司。瑠璃を思わせるひねくれを揶揄したい気持ちもあったが――結人はさっきとは違う想いを抱いて政宗を見る。
胸に手を当て、鼓動を確かめて――結人は神妙に頷いた。
☆
「今日みたいな絶好のシチュエーションを逃す馬鹿はいないわ。きっと佐渡山くん、何か考えてるんじゃないかしら――って、あぁ!」
大穴を開けた金魚すくいのポイを見つめ、ぐぬぬと表情を歪める瑠璃。
あれから――女性陣と男性陣に別れて行動する流れが何となく生まれてしまい、目の届く距離でそれぞれ自由に祭りを楽しんでいた。
「そ、そうかな……? 正直、そんな風には見えないけど」
射的で盛り上がる結人と修司を見つめ、いちごシロップのかき氷を片手に政宗は恥ずかしそうに語った。
「寧ろここで何も考えてないようなら佐渡山くんは駄目よ」
「だ、駄目なの!?」
「ええ。きっとタイミングを伺ってるの。そして、あっと驚くタイミングで仕掛けてくるわよ。覚悟しておくべきだわ」
妙に語る言葉に力が入っている瑠璃。それもそのはず、彼女は破れたポイの淵を使って金魚を器用にすくい続けていたのだ。
(……もし結人くんから何もなくても、ボクの方から動くべきだよね。夏休みのイベントもこれで最後だし)
政宗はこの夏休みを振り返り、夏らしさでそれほど埋められなかった八月のカレンダーを自嘲気味に思った。しかし、何も替え難いものを手にした。だからこそ――、
(来年はきっと充実した夏休みになるよね。抱えてきた秘密を預けられたんだ、きっと身軽になれば自由になる。どこへだって行けるんだ――!)
思い描く未来と重ねるように政宗は結人の方を見る。しかし、結人の姿はなく、政宗は先ほどまでいたはずの射的の屋台の方へ歩み寄る。
周囲を見回しても結人の姿はなく、元の金魚すくいまで戻ると瑠璃の姿までなくなっていた。
(……あれ? みんなどこへ行っちゃったんだろ。連絡して聞いた方がいいのかな?)
そう思った瞬間――祭り会場にアナウンスが流れる。夜七時三十分――八時から開催される花火大会をお知らせするアナウンスだった。
人混みの中に立ち尽くし、そのアナウンスを聞いていた政宗。
すると不意に――彼女の手を誰かが引く。人の流れから連れ出して、屋台裏の人気が少ない場所へと誘って政宗は彼と二人きりになる。
「ゆ、結人くん! 突然、姿が見えなくなるから驚いちゃったよ! 瑠璃ちゃんもいなくな――」
「――政宗、花火大会がもうすぐ始まる」
「う、うん。だから瑠璃ちゃん達と――」
「俺は政宗と特別な場所で一緒に見たいんだ。一緒に来てくれないか?」
「え、どこに――って、結人くん! 修司くんや瑠璃ちゃんはどうするの!?」
語る言葉など聞く耳持たず、結人は政宗の手を引いて駆け出していく。
その背中を見つめ、夏の最後に何かが起こる予感を感じ――政宗は自分の中で踊り始める鼓動を感じていた。
●★
「……どうやら行ったみたいだね」
「隙を見て身を隠すの大変だったわよ。でも上手くいったみたい」
政宗の手を引いて祭り会場を去っていく結人を、こっそりと物陰から瑠璃と修司は見つめていた。
「それにしてもお互い得にならないことをしてるよね。恋に破れたもの同士が他人の世話をして……笑っちゃうよ」
「――な、なんで、私が失恋したみたいになってんのよ!? っていうか、あんたは何なの!? もしかして政宗が好きだったわけ?」
「そうだよ。気付かなかった? 僕、すでに告白してフラれてるんだけど」
「し、知らなかったわ……。だから魔法少女のことを記憶していたのね」
驚きを顔に貼りつけて硬直する瑠璃。修司は肩を落として嘆息する。
「さて、もうすぐ花火大会だ。せっかくだし、余り者同士で見ようじゃないか」
「そんな不名誉な括りで一緒にしないでくれる!?」