第十七話「見守る魔女、メリッサ」
「マジカル☆リリィの正体が政宗くんだと知りました。メリッサさんも当然、その正体は知ってるわけですよね?」
自室のベッドに腰掛けて缶ビールを開けるメリッサに、瑠璃は床の上正座をして緊張しながら問いかけた。
メリッサは缶ビールを喉に流し込む――も、さっき買ってきたばかりなので冷えておらず、不満げに缶を見つめた。
「まぁ、私が政宗を魔法少女にしたんだから知らないはずがないな。そして、あの時政宗は秘密にしてくれと私に耳打ちしたよ」
「私の悩みというのは簡単に言えばそれです。智田くん……えーっと、クラブとカルネの一件があった時、一緒にいた男の子ですね」
「あぁ、そういえばいたね。あの背が高い子か」
「政宗くんは彼と佐渡山くんには正体を教えて、私には秘密にしてたんです。騙されたみたいで……ショックでした」
重苦しいトーンで語った瑠璃は俯き、床に視線を落とす。
先ほどまで部屋には脱いだ衣服や空き缶が散乱していたが、いつものようにメリッサは魔法を使ってあっという間に掃除していた。
「そりゃまぁ、ショックだろうね。私も思ったよ。君達三人がここへ来た時にリリィは黙っててくれっていうけど――本当にそれでいいのかって?」
「でも、リリィは騙し通す選択をしたわけですよね? どうして話せないんでしょうか?」
「当然、正体がバレたら困るからじゃないか?」
「そ、それはそうでしょうけど……」
メリッサの当たり前過ぎてふざけているような回答に少し不満げな瑠璃。
「まぁ、結局リリィが政宗くんだったのは分かったんです。驚きましたけど、でもそこまでして隠さなきゃいけないのかなって思いました」
「そりゃあ、男の子が魔法少女をやってるんだ。隠すんじゃないか?」
「そうかも知れません。でも、何か叶えたい願いがあって仕方なく魔法少女をやってるんですよね? 素直に話せば理解されるような気もするんですけど」
「仕方なく、か……まぁ、あの子の場合はどうなんだろうね?」
「違うんですか? ……なにか私、読み間違えてますかね?」
不安そうな表情で問う瑠璃に、メリッサは口を缶で塞いで考える。
瑠璃に同情できてしまう部分もあり、真実をそれとなく伝えてしまおうか――そのような葛藤があったのだろう。だが、しかし――、
「それには答えられないかな」
「……政宗くんにも同じセリフを言われました」
「ただ一つ言えることがあるとすれば、あの子はきっとリリィの秘密を隠してたんじゃない。その先にあるものを隠してたんだ」
「リリィの先にあるもの……ですか?」
メリッサの言葉を受けて、瑠璃は探偵が悩むポーズをとる。
(リリィの変身者だとバレるのはそれほど問題じゃなかった? なら、その先……何故、魔法少女をやっているのか? その疑問を守りたいんだとしたら彼の願いに何か秘密があるのかしら――?)
答えに辿り着きかけた感覚が瑠璃の中で湧き上がるが、それは錯覚。彼女はようやく問題と真正面から向き合えたに過ぎない。
一向に瑠璃の思案顔が解かれることはなく、メリッサは溜め息混じりに笑む。
「まぁ、いつか政宗は自ずと君に語る……私はそう信じているがね」
「私も彼に問いかけはしました。……どうして魔法少女をやっているのかって。でも、政宗くんは答えてくれませんでした」
「簡単には言えないさ。でもね、彼女も秘密にし続けたいとは思ってないはず。勇気が出れば君に話したいと心の底で思ってるんじゃないかな?」
「じゃあ、待つしかないんでしょうか……?」
肩を落として、表情を曇らせる瑠璃。
自分の方からアプローチしたとしても解決する問題ではなくて。自分の行動でどうにかできないもどかしさ瑠璃の性分と反発する。
(政宗くんが魔法少女になってでも叶えたい願い。それって、私の目の前で突然倒れたことと……何か関係があるのかしら?)
思考は巡る。しかし、決定的なものにはならず謎は謎のまま。だが、それとは別に瑠璃はあることに気付く。
(そういえばさっきメリッサさん、彼女って呼んだ。……ややこしいわね。リリィの時には確かに女性だもの、そう呼ぶのも間違いじゃないのかしらね)
重大なヒント。しかし、政宗とリリィのややこしい仕組みによってそれは解決の糸口足り得なかった。
――結局は、語られるのを待つしかない。
「それにしても私は嬉しかったよ。リリィが瑠璃ちゃんをここへ連れてきたことがね」
メリッサはテレビの電源を入れ、チャンネルを切り替えながら語り始めた。いつものようにバラエティを探すメリッサだったが、ニュース番組で妥協した。
「政宗はずっと友達を作ってこなかったんだよ。できなかったんじゃなくて、それを避けてきた。だからね、瑠璃ちゃんがあの子の友達になってくれたのが私は嬉しかったよ」
瑠璃は意外そうな表情で瞳に光を宿し――しかし、すぐにそれは翳る。
「……友達というなら、佐渡山くんもいますよ。私と違って秘密を託せる相手が」
「いや、彼はちょっと特殊だ。……あ、でも瑠璃ちゃんだって政宗からしてみれば、違う意味で特別な存在になるのかな?」
「そうなんですか?」
「あぁ。詳しいことは話せないけどね。君にだけは秘密を明かせなかった理由がある。それはきっと政宗が打ち明けるから――どうか信じて待って欲しい」
「信じて欲しい、ですか……」
瑠璃は自分の内にある気持ちとその言葉の共鳴を感じた。
(私が秘密を打ち明けられる相手だと信じて欲しいって喚いたみたいに――政宗くんにもいつか打ち明けるから信じて待って欲しいって気持ちがあったのかしら?)
そう考えるとお互い、似たような気持ちを抱えているのだとおかしくなり、瑠璃はくすくすと笑いだしてしまう。メリッサは安心した表情を浮かべる。
「……分かりました。政宗くんが自分から語るまで待ちます。私、メリッサさんからそう言われなかったら、何が何でも聞き出そうとしてたかも知れません」
「あの子は強い子じゃないからね。でも、最近の政宗ならきっと打ち明けられる日がくる。私の勘は結構当たるんだ、間違いないさ」
満足そうに笑んで、ベッドから立ち上がるメリッサ。冷蔵庫から二本目のビールを取り出して缶を頬に当てる。
「まだ全然冷えてないな」
「そんなに飲んだら体に良くないんじゃないですか?」
「体に悪いものが一番美味しいんだよ。ほら、君にも一本あげようじゃないか」
「申し訳ありませんが未成年ですので。……でも、飲める歳になったらお付き合いします」
不敵な笑みで語った瑠璃の言葉にメリッサは驚き――どこか寂しそうな表情を浮かべて呟く。
「君達がそんな歳になる頃――私はどこで何をしているんだろうね」