第十六話「対立する日々を避けて」
(今思い出しても信じられないわ! 佐渡山くんや智田くんには正体を明かしておきながら、私だけには秘密にしてたなんて……。確かに男が魔法少女ってのはビックリしたけど、私が引いたりすると思ってるのかしら!?)
八月一日――リリィの正体発覚から数日が経過して随分と落ち着いた瑠璃。だが、思い返すと怒りが再燃してしまい、彼女は感情のままずんずんと地を踏んで歩んでいた。
さて、瑠璃は現在マナ回収を終え、路地から出てきて昼下がりの駅通りを歩んでいる。普通は記憶阻害があるとはいえ騒ぎにならないよう夜に行うはずのマナ回収。それを何故、こんな時間に行ったのか。
理由は簡単である。リリィに会うのが気まずくて時間をずらしてマナ回収を行っているのだ。
ちなみに、この偶然生まれたマナ回収シフト制によって魔法少女達は久しぶりに潤沢なマナを得ていた。昼夜の棲み分けは夏休みだからこそ可能なある意味、合理的な活動スタイルではあった。
そんなわけでマナ回収を終えた瑠璃は家に籠っても落ち着かない気持ちと向き合うだけなので、少し遊んで帰ろうと思っていた。
ちなみにショッピングモールまで行こうとしているが、道はうろ覚え。現在迷子である。……本人にその自覚はないが。
(……まぁ、冷静に考えてみれば政宗くんにも話せない秘密があったんでしょうね。それに私がこの街にやってきたばかりの頃の所業を思えば――文句を言う権利なんてあるのかしら)
先ほどまでの苛立ちは一転、急落下してトボトボとした歩みになる瑠璃。このような激しい感情の落差をずっと繰り返していた。
(あの時、政宗くんが言ってたことをきちんと覚えていれば、もしかしたら隠してる何かを推理できるのかも知れないのに。でも、カッとなってたからあんまりよく覚えてない……)
今度は理性的でいられなかった自分に苛立ち、握った拳を肩から震わせる。やはり、秘密を話してくれなかったことには苛立ち――、
「何よ、何よ! 私と過ごしてきた日々で友情ってもんは芽生えなかったわけ!? なのに後から出てきた智田くんには話せるってどういうことよ! ほんと、許せないっ!」
溢れる怒りのまま叫び出し、道端で立ち止まって地団太を踏み始める瑠璃。どう見てもヤバいやつであり、周囲にいた皆が眉を潜めて距離を置いて歩く。
誰の記憶にも残らない魔法少女の姿を見られる方がマシと言える痴態を晒していた。
――だが、不意に鳴り響く落下音。瑠璃に集まっていた注目は一気に奪い去られる。数多の音がガラガラと重なり、そして、
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ! 待っておくれぇ――――!」
突如として聞こえてきた叫び声に瑠璃の奇行は掻き消される。
「くそう、潤沢なマナがあれば! いかん、車道に出てしまったっ!」
スーパーの入り口から四方八方へ地面を転がっていく大量の缶ビール。
膝を地面につき必死に拾い集めようとするも、転がっていく缶に逃げられ虚しく手を伸ばす――泣きそうな顔の魔女、メリッサがいた。ちなみに外出中だからかとんがり帽子に黒いローブ姿である。
「……メリッサさん? 人が見てるところで何やってるのかしら」
先ほど自分が向けられた表情を浮かべる瑠璃。以前の吐き仲間に続き、今日は奇行仲間ということでメリッサの方へと歩み寄っていく。
★
「いやぁ、助かったよ。スーパーを出た途端、転んでしまってね。袋いっぱいの缶をぶちまけてしまった」
後ろ頭を掻き、申し訳なさそうに語るメリッサ。
地面にぶちまけた缶ビールを瑠璃と一緒に拾い集め、なんとか事態は収拾。スーパーから袋を余分にもらって二つに分け、それぞれ一人一袋を手に持ってメリッサの家へと向かう。
「すごい数ですね。……でも、ビールってきっと箱とかそういう単位でも売ってるんじゃないですか?」
「流石は金持ち、バラ購入を考えないね。勿論、最初はケースを買おうとしたんだが……どうも所持金が足りなくて。あと一本分お金があればケースになったんだけどなぁ」
「だからギリギリまでバラで購入したって感じなんですね。魔女ってお金の事情どうなってるんですか? ジギタリスはそんなに苦労してるようには思いませんでしたけど」
所持金ほぼゼロだからか憂鬱そうなメリッサと、そんな彼女をジト目で見つめる瑠璃。
「我々、魔女は魔法の国から活動費を支給されていてね。回収したマナの量に応じて額が決定されるんだ」
「……なるほど。つまり複数の魔法少女を使ってマナ回収してるジギタリスはその活動費が多いんですか」
「あいつは欲張りだからな、こっちでも派手に遊びたいのだろう。ちなみにマナ回収は悪事を阻止した慈善活動の証で、その働きにこの世界の人間が魔法の国に金を支払う。それが我々の活動費になってるわけだな」
意外なシステムに感心したのか「へぇ」と声を漏らす瑠璃だが――しかし、ふと気付いて驚き体をビクつかせる。
「そ、それってつまり私達の社会は――魔法の国と交流を持ってるってことですか!?」
「そうらしい。私もそういう細かい世界の仕組みまでは知らないが、それぞれが利害の一致で関係しているようだ。そして、魔法の国と人間世界にはちゃーんとした取り決めがあるらしくて――例えば、魔法でお札は作っちゃダメなんだと」
まるで取り決めがなければすぐにでもやっていると言わんばかりの物言いのメリッサ。
「まぁ、その他にも色々と取り決めはある。例えば願いを叶えて契約完了になるとその子は魔法少女じゃなくなるんだけど――そいつはもう二度と契約できない、とかね」
「そんなルールもあったんですか!? ……確かに何度も魔法少女になったら何でも願い事を叶え放題ですもんね」
「一人の人間に魔法の奇跡を偏らせることを避けたいとか聞いたような――まぁ、そんなのはどうだっていいや。無事帰宅できた、ご苦労だったね」
話を打ち切ってメリッサが指した先、いつぞやリリィに抱えられてやってきたアパートがそこにあった。
(そういえばあの時、リリィが変身したままこの家にやってきた理由も今となっては分かるわね)
そんなことを考えながら瑠璃は運んできた買い物袋をメリッサへと手渡す。
すると――。
「なんだ、ここでお別れする気かな? 何か悩んでいるのだろう。話を聞いてやるから寄っていきなさい」
「え、な、悩み――って、なんでそれを?」
「路上で人目も憚らず地団太を踏んでいただろう。あれに視線を奪われて私は転んだのだが?」
「見てたんですか!?」