第十二話「沈む君に手を差し伸べて」
「やっぱりこの可愛い衣装と正義のために戦う勇ましさが一人の少女に落とし込まれてるのが最高なんだよな。ただ、ヒーローものを見るのとは違うんだな、これが」
マナ回収から帰宅した結人は私室のテレビでDVDを視聴しながら漫画を読んでいた。
ちなみにやはりというべきか、どちらも魔法少女ものの作品。普通ならDVDか漫画のどちらかに集中するものだろうが、結人はこのような情報量の波にどっぷりつかるような楽しみ方で幸福を見出す変わり者だった。
そして――、
「衣装といえばリリィさんの着てるのも最高なんだけど、写真に残らないのが難点なんだよなぁ。あんまり見てたら気持ち悪がられそうだけど……よく見てみたいもんだなぁ」
魔法少女もののアニメを見ながら漫画を読み、リリィのことを考える三点セット。普段から一人こんなことをしているのはなかなか不気味だが、魔法少女の記憶を失わない想いの強さを物語るワンシーンだった。
そんな彼の平穏な時間を切り裂くようにスマホにメッセージの着信が入る。
「ん、誰だろう? 政宗だったら最高なんだけど」
期待を胸にメッセージをチェックすると、
『さっきリリィの正体を知ったわ。みんなで私を騙してたなんて酷い話ね。結局、私は友達扱いされてなかったってことかしら』
瑠璃から送られてきた文面に結人は理解が追いつかず硬直する。
(…………え? いやいや、どうしてこのタイミングでリリィの正体がバレるんだ!?)
何度も読み返し、送られてきた文章を疑う結人。
(マナ回収を終えてローズと俺達は別れたはずだろ? あれから結構な時間が経ってるはずだけど)
妙な胸騒ぎに突き動かされ、結人はまず瑠璃に何故リリィの正体を知ったのか問いかける。しかし、メッセージは既読になるが一向に返事が送られてこない。
そのことに不安を感じて結人は追加で一通、また一通と送ってみるものの、既読にはなるが返事が送られてこない。
やがて痺れを切らした結人は瑠璃に電話をかける。だが、何度かけても応答はなく――瑠璃は連絡に応じるつもりがないのだと悟った。
打つ手がなくなり、もう一度メッセージを確認する結人。文章内の「みんなで騙していた」の部分に引っかかりを感じる。
(つまり、瑠璃は自分だけがリリィの正体を知らなかった。それを疎外感と受け取ったのか。だとしたら――政宗は?)
仲間外れにした張本人になってしまったであろう政宗を案じ、結人は電話をかける。すると数コールの後、政宗は電話に応じた。
「あ、政宗か? さっき瑠璃からメッセージが届いたんだけど……もしかして、正体がバレたのか?」
『……うん、バレちゃった。結人くんを送り届けた後、色々あってね』
電話の向こうで話す政宗の声は憔悴し、すすり泣くのが聞こえた。
「……なんか、風の音が聞こえるな。もしかして政宗、外にいるのか?」
『うん、いつもの公園にいる。さっきまで瑠璃ちゃんもいたんだけどね』
「瑠璃といたのか? 一回別れたはずじゃあ……って、それは別に今はどうでもいいか」
結人はそこまでで言葉を切って部屋の壁にかけられた時計を見る。
――夜十時。政宗のいる場所へ行くための電車がまだ残っているのを確認し、結人は一人頷いた。
「とりあえず、今からそっちに行くよ。待っててくれ」
○
(あ、政宗いた。随分と落ち込んでいる風に見える。……だけど、どう声をかければいいんだろう?)
電車に飛び乗って移動し、息を切らせながら政宗のいる公園へとやってきた結人。呼吸を整えながら、第一声を思案していた。
すると、ふとした瞬間――明滅を繰り返す街灯の下、ベンチに座って俯く政宗は結人の方を向く。
まだ語り始める言葉も思いついていない結人は小さく体をビクつかせる――も、顔を上げた政宗の虚ろな表情が見知った顔の来訪によって泣き顔へ歪み始めた。
そんな表情を見せられて、結人の中に歩み寄らない選択肢などあるはずなかった。
「どうしたんだよ、そんな泣き顔で。一体何があったんだ?」
「ごめん……ごめんね。結人くんの顔見たら安心しちゃって、つい我慢できなくなっちゃった」
涙に濡れた声で語る政宗の目は赤くなっており、結人がやってくるまでの間にも泣き続けていたのは明らかだった。
政宗は泣き顔を何とか整えようとした目元を拭った。
「まぁ、すぐに話せとは言わないからまずは落ち着けよ。大丈夫だ、何が不安なのか分からないけど、ちゃんと聞いてやるから」
「……ありがとう。ちょっと待ってね、深呼吸するよ」
胸に手を当てゆっくりと息を吸い、吐く。それを繰り返し、政宗は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「結人くんを送ってから、ローズちゃんから話があるって呼ばれたんだよ」
「ローズから……? もしかしてアイツ、正体に気付いていたのか?」
「いや、そういう話をするために呼ばれたんじゃないんだよ。告白を考えてるって言われて、リリィ相手に練習をしたいって言われたんだ」
「告白を練習……そんな漫画の世界みたいな話があるんだな」
結人は瑠璃の行動を不思議に思ったが――しかし、そもそも彼女の常識は少し普通とはズレていたので腑に落ちた。
「それでね、リリィの姿で政宗役としてローズちゃんから告白を受けようとしたんだけど……ボク、その時に意識を失って倒れたんだよ」
「気絶したってことか? なるほど……それで変身が解けて正体がバレたのか。しかし気絶するって……もしかして体調悪かったのか?」
「ううん、違う。ローズちゃんに告白されたことでボク、過呼吸になって……心拍数も上がって、それで耐えられなくなって気絶したんだ」
「告白されて気絶した? それって、どういう――」
結人はそこまでを言いかけて、いつぞやの予感を想起する。
(そういえば政宗は瑠璃の気持ちを告白される前に終わらせる……それに強くこだわってる感じがあったな。だとしたら――)
結人は政宗の心の奥底に住まう何かに気付いた。
「……政宗。どうして告白されてお前がそこまで苦しむのか――聞いていいのか?」
結人の石橋を叩くようなゆっくりとした物言い。政宗は迷いながらも、やがては首肯し――、
「結人くんなら……話してもいいよ。きっと気持ちのいい話じゃないけどね」
無理に笑みを作り、語った。
しかし、政宗にとってそれはずっと奥底に仕舞ってきた記憶。誰が聞いているかも分からないこの場所で話させるつもりなど結人にはなかった。
(もう高校生の俺達がウロウロしているのもあんまりよろしくない時間だ。ファミレスとかには入れないし……どこで聞けばいいんだろう?)
そんな風に迷っている時、政宗は結人の袖を引いて躊躇いがちに口を開く。
「もし迷惑じゃなかったら――今から結人くんの家に行っちゃダメかな?」