第十一話「嘘吐きが語らない真実」
「あら、目を覚ましたみたいね? おはよう――藤堂政宗くん」
意識を取り戻した政宗の耳に飛び込んできたのは、冷や水を浴びせられるような瑠璃の言葉だった。
少しずつ現実に順応していく意識は一気に覚醒し、横一文字に閉じられた瑠璃の唇から感情を読み取る。そして政宗は胃が収縮する感覚を覚え、背筋を冷たい指で撫でられたように震える。
政宗は瑠璃によって運び込まれた公園のベンチにて目を覚まし、先ほど自分は気絶して変身を解除してしまったのだと悟っていた。
まるで他人事のように自分の体を見つめ、自身が藤堂政宗であることを理解する。
政宗の体を照らすのは切れかけた電球が瞬きのように明滅する街灯の下。政宗はチカチカする明かりを受けながら、ゆっくりと視線を瑠璃の方へと戻す。
「……ボク、気絶しちゃったんだね」
「ええ。おかげでマジカル☆リリィが政宗くんだって知れたわ。ずっと――ずっと隠してたのね」
咎めるような言葉を受け、政宗は気まずくなって目線を逸らす。
隠しているつもりはなかった――と、こういう場面における常套句を口にしたいところではあった。
しかし、事実として政宗は隠してきたのだ。正直に首肯するしかなかった。瑠璃は目を見開き、何かを堪えるように下唇を噛む。
「突然倒れちゃうんだもの、きっと何か事情があるんだと思う。でも、聞かないわけにはいかないわ。……さて、どこから問いかけたものかしら? 聞けばきちんと答えてくれるの?」
「答えられることは全部正直に言うよ。でも……答えられないこともあると思う」
「この期に及んでもまだ隠すことがあるってわけ? ……まぁ、いいわ。とりあえずまず聞かせてもらうけど――リリィの正体を佐渡山くんや智田くんは知ってるの?」
瑠璃の問いかけに、目を見て話せない政宗は迷う。正直に話せば瑠璃がどんな反応をするかは分かっている。結人も過去に知らないと嘘を吐いた。
ならば正直に話すと約束した直後であっても、口当たりの良い嘘で返すのが優しさではないのか?
そう、思うも――嘘で塗り固めた言葉は重たい。政宗は疲れた気持ちになり、諦めを胸にゆっくりと首肯した。
「……そう。知らなかったのは私だけなのね。ショックだわ」
肩を落とし、絞り出すように語った瑠璃。最初にその質問をしたのは彼女にとって、それが一番重要だったからだろう。
「……でも、それだとおかしなことになるわよね?」
「おかしなこと……って?」
「いや、単純な話よ。つまり佐渡山くんは正体を知っていてリリィを好きだって言ってるのよね。それってどういうことなのかしら?」
絶対防衛ラインに踏み込む質問を受け、政宗は心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚える。
政宗はグッと堪えて、
「……それは答えられない」
と、重苦しいトーンで短く言った。政宗の返答に表情をピクつかせる瑠璃は咳払いをする。
「もし同性愛的な話なら、別に私は驚いたりしないわ。そういうの理解がある方だと自覚るんだけど……それでも言えないのかしら?」
「……ごめん、それでも答えられない」
「もしかして佐渡山くんはリリィになったあんただけが好きなのかしら?」
「そうじゃないよ」
藤堂政宗という一人の女の子としても見ると言われたこと。それを思い出し、政宗ははっきりとした口調で否定した。
「じゃあ、どういうことなのよ? もしかして佐渡山くんは両性愛者なのかしら?」
「それは違うよ」
どんな自分でも女の子として扱ってくれること。それを思い返し、政宗は強い口調で否定した。
「全然分からないわ。……まぁ、佐渡山くんとあんたの事情はどうだっていい。正直、色々と疑問があり過ぎてどれから片付ければいいのか分からなくなってるし、質問を変えるわ」
瑠璃の表情には明らかな苛立ちが浮かぶ。欲しい答えが得られないもどかしさだった。
「佐渡山くんと智田くんには正体を明かせて、私には秘密にしなければならなかったのはどうしてなの? 何で隠さなきゃいけないの?」
「……それは答えられない」
「私はリリィに自分の気持ちを相談してたつもりだったけど、本人に告白してたのよね? じゃあ、私の気持ちを聞いて……どう思ったの?」
「……ごめん、答えられない」
「政宗くんはどうして魔法少女をやってるの? 叶えたい願いのために仕方なくってことなの?」
「……それも答えられない」
質問が重なる度、政宗は追い詰められて頭を抱える。そして、いつの間にか涙を零し始め、明滅する蛍光灯が照らした地面はポタポタと穿たれていた。
瑠璃は奥歯を噛んで睨むような目で政宗を見る。
「…………ねぇ、政宗くん。あんたって何なの? 私の気持ちを知っててもリリィと顔を使い分けながら私の傍にいて、何とも思わなかったの? 間違った気持ちを終わらせてあげようとは思わなかったの?」
「思わないわけがないよ……でも、ボクはそれでもリリィに変身している秘密を隠し通さなきゃならなかったんだ」
正体を明かせば、その先まで踏み込まれるから――と、心の中で続けた政宗。
魔法少女になって何を叶えたいのか問われれば、秘密を守らなければならない政宗はまた嘘を吐く。なら、秘密からなるべく遠い場所で嘘を吐いていた方がいい。
何重もの嘘に守られている方が安心する。だから秘密だった、と政宗は言ってしまいたかった。
でも秘密だからこそ、そんなことはできなくて――、
「どうして隠さなきゃいけないのよ?」
「……それは、答えられな――」
「――ふざけないでよ! あんた、さっきからそればっかりじゃない!」
静寂の公園に響き渡る怒号。感情の炸裂は政宗の表皮を駆け抜け、震えさせた。
肩で息をする瑠璃は乱暴に政宗の胸倉を掴み、その震える瞳で睨みつける。互いの吐息が顔に触れる距離だった。
「あんたホント、何なの!? 答えられない答えられない答えられないって――そんなに私は信用ならないの?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「明かせないくらい、私は遠い存在なわけ!? 私はあんたと――あんた達と親しくなれたつもりでいたのよ! 初めて友達ができて、本当に嬉しかったのよ! なのに……なのに私を信じてはくれないっていうの!?」
政宗は何かを言おうとして、しかし唇を震わせるに留まり上手く……そして、ゆっくり瑠璃から目を逸らした。瑠璃は全てを悟り、目を見開き息を飲む。
先ほどまで怒りに満ちていた表情を崩し、物悲しさを湛えてゆっくりと掴んでいた手を放す。
そして――、
「もう頭の中ぐちゃぐちゃよ。抱いてた恋心は間違いだった。秘密は私だけ内緒にされていた。そして、それを預けるほどの信頼は私にはなかった。そういうことよね」
涙ぐんだ瞳を揺らし、瑠璃はゆっくりと……その場から歩み出し、政宗に背を向けて去っていく。後ろ姿に政宗は手を伸ばし、何か言葉をかけようとするが思いつかない。
そして、瑠璃は、
「――あり得ないわ」
と、吐き捨てて歩き去ってしまった。
政宗は瞬間――息が詰まるような感覚がし、その場で膝から崩れ落ちて地面に手を突く。
そして、震える瞳から涙をポロポロと溢し――嗚咽のような声を漏らして子供のように、どうにもならない今を思って……ただただ泣き喚いた。
明滅する街灯。地に崩れた政宗の影を地面に描き出し、瞬きするようにして繰り返す。