第六話「日常に紛れて」
「もの凄い日差し……肌が焼けちゃいそうね。日傘をちょうだい」
刺すような夏の日差しを手で遮る瑠璃は、車のドアを開いた運転手に命令した。
お嬢様からの命令を受けた運転手は即座に行動。真っ白な日傘を開いて手渡し、生まれた影の下に佇む瑠璃は上機嫌な表情で「ご苦労」と労った。
そして、そんな光景をポカンと口を開けて見つめている政宗。
「相変わらず、瑠璃ちゃんは登場が凄いなぁ……。結人くんや修司くんみたいに電車で駅に来たりはしないんだもん」
「でも、駅なんだからここへ来るなら電車の方が便利よね。そこの駅とやらで電車は売ってるのかしら?」
「あはは、瑠璃ちゃんって面白いこと言うよね」
「……そんなに面白いかしら?」
楽し気な政宗とピンと来ていない瑠璃。そんな二人を運転手は感慨深そうに見つめていた。
遊ぶ約束のため集合場所に指定されたこの場所は、結人や修司が登校の際に利用し、この前リリィとローズが屋根の上で語り合った駅の前。
街の玄関だけあって人通りの多い場所にあって政宗は不安な気持ちを抱えていた。到着までもう数分かかるであろう結人と修司を思い、そして瑠璃の指示で高嶺邸まで戻っていくのであろう運転手を見つめながら。
(瑠璃ちゃんと二人きり。決して嫌じゃない。だけど……どうしたって不安だよ)
少しずつ上がっていく心拍数を感じながら瑠璃を見ると、視線がぶつかる。
お互い言葉を発することはなく、政宗はその状況に気まずさを感じる。しかし、言葉を交わして望まない展開になるよりはマシだと受け入れていた。
寧ろこのまま今が続け、と願うほどに。
(気持ちを知ってるからかな。瑠璃ちゃんがボクを意識しているように感じる。決して無下にはしたくないんだけど……でも、やっぱりボクは)
葛藤に飲まれ、頭の中が混濁とする政宗。差し込む日差し、焼けた地面、体を抱く熱した空気。二人の間に横たわり続けた静寂、それは瑠璃の一言によって砕かれた。
「ねぇ、政宗くん。この服装……どうかしら? べ、別に褒めてくれって言ってるんじゃないのよ! ただ、変じゃないかなって……!」
膝まで流れる真っ白なスカートを左右に揺らして政宗にアピールする瑠璃。
彼女が身に纏うのはうだるような猛暑の中にあって涼し気な印象を与える真っ白なワンピース。腰まで流れる髪は後ろで一つに束ねられ、艶やかな黒髪が服の色と対照的でモノトーンの美しさが綺麗にまとまっていた。
(ボクが欲しかったワンピースに似てる。いいなぁ。普通の女の子は夏になればそういう恰好ができるんだもん)
求められた感想そっちのけで羨ましさを胸にボーっとワンピースを見つめる政宗。熱い視線を受けた瑠璃は別の意味を弾き出したのか顔を赤らめる。
「そ、その……やっぱり変だったりする?」
「――あ、ごめんごめん! よく似合ってるよ」
ふと我に返り慌てて返事をした政宗に、瑠璃は恥ずかしさと喜びの入り混じった表情を返す。
瞬間――政宗の呼吸が止まる。次の瞬間には軽い過呼吸となり、異常な様相を悟られまいと政宗は瑠璃から顔を背けた。
(やっぱり好意を向けられるのは――気持ちを感じ取ってしまうのは、怖い。瑠璃ちゃんの気持ちは大事にしたいけど――!)
口元を手で押さえて暴れるように瞳を揺らし、心の中に沸き上がる恐怖心と戦う政宗。頭の中に過去の映像がフラッシュバックし、目がチカチカとして意識を手放しそうになる。
そんな時だった――、
「お! 二人共、先に着いてたのか。待たせたな」
「刺すような日差しだね。早く涼しい場所に移動しよう」
いつの間にか電車が到着していたようで、結人と修司が駅から出てきて合流。政宗は瑠璃と一対一の状況――直線的に向けられた好意から解放されたような気がして、気持ちが楽になった。
そして、好きだという気持ちを向けられて気分を害する自分への嫌悪を胸に、政宗は平然を装って今日という楽しい一日に紛れていく。
○
「集まったところでどうしたらいいのかしら? 正直、昨日は佐渡山くんが智田くんにパフェを奢る奢らないの話で計画を立てられなかったじゃない」
「結人くんが修司くんに奢ることになったのはビックリしたよね。まさかの展開だったよ」
「まさにどうしてこうなったってやつだ。僕も奢られて驚いたよ」
「そして、奢った張本人である俺が誰よりも驚愕してる。今でも信じられない」
四人は駅から歩み始め、行動しながらこれからを相談していた。
現在、昼の十五時――今日は修司がバイトだったため、終わるのを待ってからの集合だった。なので遠出するような計画は立てられず、結局はこの街の遊びにおいてお約束となっているショッピングモールを目指していた。
「でも、確かにどうする? このままだと適当にウインドウショッピングしたり、どこかで食事って感じか?」
「この街、都会じゃないから遊ぶ所は少ないよね。ショッピンモールなら映画館はあるけど……」
「せっかく四人で集まってるのに黙って映画鑑賞はもったいない気がするね」
「私は何だっていいわよ。こうやって遊びに出かけるのが新鮮だもの。普段アンタ達がやってる遊びに私を混ぜてくれればいいわ」
瑠璃の言葉を受け、結人は遊びに出かけた記憶を思い返し……、
「考えてみれば中学時代、友達いなかったから外で遊ばなかったわ、俺」
――と、がっくりと首を垂れて重苦しいトーンで語る結人。すると政宗が「大丈夫だよ」と彼を慰めにかかる。
「ボクも中学の頃は友達いなかったから似たようなもんだよ。ひとりぼっちは結人くんだけじゃないから!」
「どんな慰め方なんだよ……って言いたい所だけど、ありがとな。ぼっちは一人だけじゃないって、なんか矛盾してるようでしてない日本語だな」
「まぁ、言ってみれば個別包装だよね。いくつ集まっても一つずつだし」
「さらりと酷いこと言うなよ、修司。そういうお前はきっと随分と楽しい中学時代を過ごしたんだろうなぁ!」
おそらく男女問わず人気があったであろう修司の過去を思い、恨めしそうに語った結人。
とりあえず――今日の予定はショッピングモール任せになりそうだった。結人は目的地までの道順も分からないのに先陣を切って歩く瑠璃を見つめる。
(もっと楽しい予定が立てられたらよかったけど……ご機嫌そうだし、高嶺からすればこういった空気の中にあるのが普通に楽しいのかな。だとしたら、何よりだけど――)
結人はそこで思考を打ち切り、隣を歩く政宗を見つめる。何も変わった様子のない政宗。だが、結人の中で不安感が加速する。
(俺の気のせいか……? 駅から出た時、政宗が口元を押さえてたアレは――見間違いだったのか?)
いつぞや、自宅で政宗が瑠璃について相談した時に見せた挙動なども踏まえ、結人は嫌な予感がしていた。
しかし確証はなく――四人でいるため本人にも聞けず、モヤモヤした気持ちを抱いたままショッピングモールまでの道のりを歩いていく。