第五話「鈍感な男」
「高嶺さんが政宗くんを? 驚いたな、全く気付かなかったよ……」
修司は顎に手を触れさせ、思案顔で今日までの日々を思い返す。
瑠璃がお手洗いで席を外し、彼女と入れ替わるように仕事を終えた修司が合流していた。
瑠璃について話していた最中だったため修司にも相談相手として情報を共有したところ、返ってきた反応は驚きだった。
「何だよ、修司。見てれば何となく分かると思ったけど、気付かなかったのか?」
「いやぁ、サッパリだったよ。言われて心底驚いてる」
「ボクとしては結人くんが人より敏感って気もしてるけどね」
「そうか? 高嶺ほど表に気持ちが出やすい人間を前にしてるんだ、気付くと思うけどなぁ」
結人は納得いかなさそうに腕組みをして首を傾げる。
ちなみに結人が鋭いのは事実だが、修司が鈍いのも間違いではない。修司は自分の恋愛なら持ち前の頭脳で色々と考えるため政宗の抱える悩みも察したわけだが、それ以外の――そう、リリィほどに想っていない人間の気持ちには疎いのだ。
なので、彼に好意を寄せる女子は中学の頃から多いのだが、本人はまったく気付いていないのである。
「それにしても政宗くんを好きになったのはなかなかに厄介だね。リリィの変身者だと教えてないんだろう?」
「そうなんだよ。なのにリリィさんに相談したりしてるから」
「正式に好きだって言われたわけじゃないけど、実質告白を受けたのと同じだよね」
申し訳なさそうに政宗は語り、結人は伝染したように浮かない表情になる。修司は腕組みをして思案顔になった。
「単純な話、高嶺さんから告白された時にきちんとお断りして決着。これじゃ駄目なのかな?」
「まぁ、それが一番分かりやすい解決方法だよな。でも、それじゃ駄目なんだよ」
結人はやんわりと否定し、修司はそれ以上の追求をせず納得して頷いた。政宗は緊張した表情を作り、それをすぐに解いた。
(うーん……この問題ってどうすれば解決するんだろう。修司と話して気付いた。正体を明かせたとして、高嶺の気持ちを終わらせられる確証もないんだよな)
心が――体が同性だからといって気持ちが終わる理由にはならない。それは結人、そしてここにいる修司が証明していること。
特に、ピリオドの向こう側――リリィへの気持ちの残滓を引き連れて忘却へと歩く修司の存在が印象付ける。
だが、逆に終わる理由になってしまったとしたら――その時、政宗はどう思うのか。
(俺は当事者じゃない。だから想像でしかないけど……何となく分かる)
だとしたら、これは問題ではないし解決することではないのかも知れないと――結人は一つの終点を見た気持ちになった。
各々がテーマに向き合っていたためか、一気に地の底まで沈んでしまった空気。方向性を変えるため、修司はメニューを手に取ってテーブル上で開く。
「そういえば食事は済ませたんだよね? ならデザートはどうだろうか。夏季限定のフルーツパフェなんだけど、随分と売れ行きがいい人気商品でね」
「へぇ、そうなんだ! 確かに美味しそう……だけど、結構大きいよね? 食後でこんなの頼んで食べられるかな?」
「柑橘類を使ってサッパリしてるし、意外と食べられるんじゃないかな。僕は従業員だから割引があるんだ。奢るよ?」
「本当に? でも、なんか悪いよ」
「気にしなくていいよ。寧ろ、従業員として感想を聞かせてもらいたいんだから」
「そう? ……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
修司はメニューを引っくり返し、政宗は受け取ってパフェを吟味する。
「じゃあ、俺もパフェを注文しようかな」
「おや、佐渡山くんは甘いものが好きなのかい?」
「実はな。ただ、普段はあまり食べる機会がないんだ。今日はせっかくだし、お言葉に甘えて食べさせてもらうとするか」
結人はメニューから可愛らしいビジュアルのパフェを選び始める。一方で修司は不思議そうな表情。
「確かに男が注文するには抵抗があるかもね」
「だよな。ほんといい機会だよ」
「で、誰のお言葉に甘えるつもりなんだい?」
「え? お前に決まってんじゃん」
「誰が決めたのさ。奢らないよ」
「何故!? 政宗には奢るのに!?」
「誰が好き好んで野郎にパフェを振る舞うんだよ」
修司に突き放され、物申したげな表情を浮かべる結人。すると、そこへお手洗いから瑠璃が戻ってくる。
「あら、智田くんバイト終わったのね……って、私がさっきまで座ってた席、占領しないでくれる!?
「ん? もしかしてこの二人がけの席を一人で使うつもりなのかな」
「違うわよ。私が窓際に座ってたって言ってるの! あんたは通路側よ」
「些細なことじゃないか? 何か窓際じゃないといけない理由があるのかな」
心底不思議とばかりに問いかける修司に、ほんのり顔を赤く染めて押し黙る瑠璃。
(さっき瑠璃は政宗か好きって話したばかりだろ……。政宗の真正面になるよう座りたいってことくらい察しろ!)
ピンときていない修司は窓際の席を譲るつもりなどないらしく、瑠璃は仕方なく通路側に腰を下ろす。
「あら、パフェを頼むの? 私も食べようかしら」
「この夏季限定のパフェがオススメなんだって。ボクはこれにしようと思ってる」
「ここは僕が支払いをするから好きなのを頼んでくれたらいいよ」
「そうか? 悪いな。じゃあ俺は……」
「君も懲りないな。奢らないと言ってるだろう」
外国人風に肩をすくめ、やれやれを体現する修司。結人は表情をぐぬぬと歪め、そして提案する。
「なら勝負だ修司! 何かで勝負して俺が勝ったらパフェを奢ってもらう」
「そこまでして奢られたいのかい……? もういいよ、分かった。奢ればいいんだろう?」
「何だ、その憐みの目は! そんな目で俺を見るなぁ!」
「結人くん、そんなに食べたいならボクのをちょっとあげるよ」
「佐渡山くんにあげるくらいだったら私がもらうわよ。そ、その代わり……わ、私のパフェちょっとあげてもいいんだから!」
――とまぁ、そんな感じで夏休みに突入して始めて合流した四人は盛り上がり、終わらない会話を繰り広げる。
そして、明日には遊びに出かける約束がある。楽しい気持ちが日を跨いで、どこまでも続いていく感覚。
夏特有の浮かれた感覚を楽しみつつ、少しずつ四人の夏休みが動き出していた。