第四話「仮面という名の素顔」
「なんであんたがそんな恰好でここにいるのよ?」
「もちろん僕がここの店員だからだ。いらっしゃいませ」
ファミレスの扉を開くとよく知った顔――というか修司が出迎えたため、結人と政宗、そして瑠璃は驚愕を露わにした。
週明けの七月二十六日、夜七時――マナ回収を終えた三人は揃って空腹を訴えたため、ファミレスに寄った。
以前からマナ回収の合間などに結人と政宗はファストフード店に入ったりしていたが、最近は瑠璃が今まで知らなかったドリンクバーを気に入って行きたがり、何度かここを訪れていた。
「夏休みにバイトするつもりだとは聞いてたけど、このファミレスだったんだな」
「この季節だからね。冷房の効いた場所を職場に選ぶべきかなと思ってさ」
「バイトいいなぁ! ボクも時間があったらやってみたいよ」
「政宗くんって普段、そんなに忙しいのかしら?」
「え!? ま、まぁ……色々とね」
瑠璃の何気ない質問に背筋を撫でられたような反応を示す政宗。
マナ回収後なのに政宗がいる――それは普通に思える。しかし、実際はリリィが帰宅すると言って離脱し、誘われて出てきた設定の政宗が合流するという手間を経て今の状況があるのだ。
(……リリィと政宗の使い分け、きっと面倒だろうな。でも、仕方ないのか)
結人は同情を込めて瑠璃に気付かれぬように苦笑を向け、政宗も同じ表情を返した。
「とりあえず、席に案内するよ。僕ももう少しでシフト終わるから合流していいかな?」
「あぁ、もちろんだよ。……しかしお前、何のためにバイトしてるんだ?」
「それはもちろん僕らの祭りのためだよ」
「――っ!? なるほど……! 俺もやった方がいいのかな……?」
コミケの軍資金を調達すべくバイトをする修司に結人は強い感動を覚えていた。そんな男連中のやり取りに「またか」という表情を浮かべる女性陣。いつもの空気を引き連れて窓際の席へと案内される。
政宗の隣に結人が座り、瑠璃は二人と向き合うように腰掛けた。修司が合流したら瑠璃は奥に詰めて政宗の真正面となるポジションである。
メニューを開き、それぞれの食欲が向くままに注文。ドリンクバーにて飲み物を取りに行き、普段家では飲まないであろうラインナップに瑠璃が活き活きとする一場面を踏まえて席に戻る。
「夏休みになって遊んだ気になれるのは今が初めてだわ。この数日はずっと家で宿題をしてたもの。おかげで片付いちゃったわ」
「そうなんだ? いいなぁ。ボク、最終日まで溜めちゃうタイプなんだよね」
「俺は日割りでこなす方だから、最終日までいかないけど結構かかるかな。それにしても高嶺、せっかくの夏休みなのに暇なんだな」
「失礼ね! 暇なのはあんた達が私を遊びに誘ってくれないからでしょ! まさか、二人だけで楽しんだりしてないでしょうね……?」
訝しむ視線で結人と政宗を交互に見る瑠璃。気圧された表情を浮かべる二人の頭には週末に遊んだ記憶が蘇る。
……まぁ、結人の家でアイスを食べたり、だらだらとしていただけだが。
「だ、だったらお前が自分から遊ぼうって誘えばよかったじゃないか」
「誘えたら苦労しないわよ! あ、言っておくけど家でスマホ握りしめて遊びの誘いを送ろうと葛藤なんてしてないんだからね!」
「……お前、それは気持ちが意図せず漏れてるのか、それともそういう苦労があったことを暗に知って欲しいのかどっちなんだ」
相変わらずな瑠璃に呆れかえる結人。
「どっちだっていいわよ。とりあえず、明日――そう、明日は遊びに出かけましょ! 智田くんも誘って四人で!」
「まぁ、それに関しては構わないよ。政宗はどうだ?」
「うん。ボクも賛成だよ」
「じゃあ明日は遊ぶわよ! 佐渡山くん、何をするか考えておいて」
瑠璃はビシッと指差し、結人は「はいはい」と軽く返事をする。
(いつだったか政宗と遊んだ時もそうだったけど、もっと事前に計画を立てないと近所で遊ぶしかなくなるな。そして、今回もきっとそうなる)
結人は改めてこの街にある遊び場を考える一方、瑠璃はスマホを取り出してもの凄い勢いで文章を作成する。
「せっかくだからリリィも誘っておくわね。今日まで何度誘っても駄目だったから、ダメ元って感じではあるけど」
「――えぇ!? リリィも誘ったの!?」
「何で政宗くんがそんなに驚いてるのよ。とりあえず送信するわ」
引っかかりを感じつつも大して気にしていないのか、瑠璃はリリィへメッセージを飛ばす。それはもちろん政宗のスマホに届くわけで……。
(あ、それマズくないか――!?)
――政宗から鳴り響く着信音。
事情を把握している結人と政宗はその音に顔面蒼白となって、石のように硬直。互いの顔を見合わせ、油の切れた機械のようにぎこちなく瑠璃の方を向く。
(送った瞬間に着信が鳴ったこの状況、流石にバレたか――!?)
そう思うも、瑠璃はスマホの操作を続けており、政宗から鳴り響いた着信音には全く気付いていなかった。
……当然だろう。単なる偶然として片付けたのだ。自分の送信と相手の着信が重なることはまぁ、起こり得るだろうと。
胸を撫で下ろす結人と政宗。しかし、瑠璃はリリィの話題から離れず、
「ほんとリリィって普段はどんな子なのかしら? 全くその正体を掴ませようとしないわよね」
寂しさを滲ませた表情で視線をスマホに注いでいた。
「佐渡山くんは知ってるんでしょ? どんな子なのよ」
「……え、俺? いや、俺も……その、知らないっていうか」
瑠璃を思えば嘘を吐くしかなく、ぎこちなく否定した結人。瑠璃は結人を凝視する。
「なんで好きな子の変身後しか知らないのよ。……もしかして魔法少女好きだけあって変身後にしか興味ないとか?」
「んん? あぁ……まぁ、そういう感じになるのかなぁ。でも、俺らしいだろ?」
愛想笑いで繕い、結人は謝意をもって政宗に視線を送る。政宗は困ったように笑んで、嘘とその意図に対する理解を返した。
(正体を知ってるなんて言えば、リリィは俺には教えていながら高嶺に秘密にしているやつになってしまう。そうなると余計ややこしくなるもんな)
自分の打った一手の正しさを確認する結人。そもそも間違っていることに目を瞑れば、正しい立ち回りだった。
瑠璃は片肘をついて窓の方を見る。窓の向こうでは人々が忙しなく行き交う。
「どうして秘密にしてるのか知らないけど、明かせないって思われてるのは寂しい。この数カ月で結構仲良くなれたと思ったけど……そこはどうしても無理なのね」
溜め息を混じらせ、浮かない表情で語った瑠璃。映った窓越しにその顔を見つめて政宗はギュッと唇を結ぶ。
そして、スマホを取り出してリリィ宛てに送られてきたメッセージに「ごめん、ちょっと行けないかな」と返事を送った。