第二話「魔法少女は少年に恋をした」
「ねぇねぇ、あんたってさ――好きな人いるの?」
透き通るような青に夕焼けが入り混じった空を見つめながら、ローズは隣に座るリリィへ問いかけた。
結局、夏休みの予定がまとまらなかった日の夕方――終業式のせいで早い時間から放課後となったため、日課のマナ回収もすでに終了。まだ明るいため人目を気にして公園ではなく学校から最寄りの駅、その屋根に座っていた。
「す、好きな人って、当然どうしたのさ!? 聞かれても困っちゃうよ」
「別に困らないでしょ。どうせ佐渡山くんが好きなんじゃないの?」
「えっ! ど、どうしてそこで結人くんの名前が出てくるのかな!?」
「だって佐渡山くんはリリィが好きなんでしょ。じゃあ逆もあると思うじゃない」
どれも真っ向から否定するのは違う気がしてリリィは恥ずかしそうに押し黙るしかなかった。
(結人くん、リリィのことが好きだってローズちゃんに言ってるんだもんね。何があったらそんなこと宣言するのかなぁ……?)
ちなみに話題に上がっている結人はこの場にいない。マナ回収を終えたリリィがすでに自宅まで送り届け、その後にローズから呼び出されたのだ。
そして、リリィはちょっと気が進まない気持ちを抱きながらこの場所へやってきていた。
(好きな人がいるのか聞いてくるってことはローズちゃん、自分も聞かれたいのかな? ローズちゃん……きっと好きな人がいるんだもんね)
意図は読めたが、リリィはなるべく触れたくなくて聞き返さなかった。すると、少しの間を置いてローズは自ずと語り始める。
「私はね、最近気になる人がいるの」
「……そうなの?」
「あ、別に毎日その人を想って眠れないとか、そんなんじゃないのよ!? ただ、ちょっと気になるってだけで!」
落ち着かない身振り手振りをしながら必死に言い訳をするローズ。
「それでね、今日こうしてリリィを呼んだのはその人についてちょっと聞きたいと思って」
「つまり、ボクが知ってる人なのかな?」
リリィはどこか慣れた感じで嘘を吐いた。
「藤堂政宗っていうの。政宗くんから聞いた話だとあんた友達なんでしょ?」
「え? あ、うん。そうだけど……瑠璃ちゃんが気になるのって彼なんだ?」
「ちょっと。そう、ほんのちょっとだけよ? 伊達政宗って文字を見かけたら連想してドキッとするくらいかしら」
「あはは。まぁ、きっと彼のお父さんもそこから名付けたんだろうね」
口では和気藹々と語りながら、目は笑っていないリリィ。名前には親の期待が見え隠れする。あまり好きな話題ではなかったのだ。
「でね。政宗くんに過去一度だけ私、変身するところを見られたの。それっきりのはずなのに彼、まだ魔法少女を記憶してるのよ」
「へぇ、そうなんだ? 魔法少女のことって時間経過で忘れるはずなのにね」
「でも、四六時中想ってたら記憶阻害にも抗える。佐渡山くんもリリィをずっと想ってるから覚えてられるんでしょ? その辺を聞きたくて今日は呼び出したの」
ローズはこうして集まっている理由を明かし、リリィは追い詰められた表情を浮かべて言葉を失う。
結人とリリィ、この二人は記憶阻害の壁を越えた稀有な例である。だからローズは同じ境遇の魔法少女――つまり、記憶を失くさないまま想いを寄せられたリリィから証言が欲しかったのだ。
自分と政宗のケースは、結人とリリィの関係性に等しいと――。
それが分かってしまえば政宗は迂闊なことを言えない。証明しないためにもリリィはそのイコールを袈裟斬りしなければならず、口を開く。
「あ! そういえばクラブとカルネが襲撃してきた時にいた……修司くん、だっけ? 彼はまだ魔法少女のことを覚えてるらしいね」
「そうね。何故あの場にいたのか分からないけど、その後も覚えてる感じで佐渡山くんと話してるわね。そういえば彼はどうして覚えてるのかしら……?」
「たぶん、魔法少女を意識する環境にいるからじゃないかな。魔法少女が大好きな結人くんと一緒にいたら嫌でも考えさせられるんじゃない?」
「えぇ!? そんなので覚えていられるのかしら? 確かにあの二人は揃いも揃って魔法少女オタクだけど……」
「意外と覚えていられるんじゃないかな。だから政宗くんもそういう輪の中で意識させられて記憶できてるんじゃない?」
腑に落ちなさそうなローズに対し、鼓動を高鳴らせながら彼女の思考を誘導するリリィ。
――無論、根拠のない嘘だった。
ちなみにローズが語るように修司はまだリリィを覚えている。恋に破れてリリィへの想いを失くせば記憶阻害に抗えなくなって忘れるのだが、まだ未練が維持させているのか修司は魔法少女に関する認識を失っていない。
とはいえ、彼は自分の恋が叶わないと認めてしまっているため、今までのように意思を貫けない。徐々に忘れていくと思われる。
「佐渡山くんとはまた別のケースなのかしら? ……まぁ、事実がどうであれ私はもう政宗くんを意識しちゃってる。これだけは間違いないんだけどね」
遠くを見上げ、屋根から放り出した足をぶらぶらとさせるローズ。リリィは気まずそうに目線だけをローズへ滑らせる。思い通りに事は運んでおらず、リリィは焦っていた。
「そもそもローズちゃんが政宗くんを意識したきっかけは、やっぱり覚えててもらえたからかな?」
「やっぱり覚えててもらえて、強く想われてるのかなって意識してからよね。でももっと前から――私がこの街にやってきたばかりの頃にきっかけはあったのよ」
「えぇ!? そうなの!?」
「そうよ。……っていうか、なんでそんな驚くのよ?」
ローズはジト目で見つめる、リリィは逃れるように顔を背ける。
――きっかけは四月だった。政宗がローズの変身を見てしまった時のやり取りで勘違いが芽生えた。しかし、その時に得た気持ちは記憶阻害によって政宗から取り除かれ、ローズは芽生えのまま終わったのだと諦めた。
だが六月、魔法少女を記憶していた事実により気持ちは突如蘇る――このちょっとした時間差はローズを恋に落とすには十分だったのだ。
そして今、ローズはその気持ちと向き合っている。
ここでもし政宗が証言すれば「想われている確証」が得られ、ローズの中で固まりつつある「想っている予感」を合わせて全てが上手くいくはずだった。
しかし、もうローズにとって前者はどうでもよくなっていたようで、
「――決めたわ! 私、この夏休みで彼と接近してみせる。自分の気持ちにもっと素直になりたい。だから、この気持ち――成就させてみせるわ!」
友人に聞かせた抱負、それは実質的な告白だった。彼女の隣にはその意中の政宗がいるのである。……無論、ローズは気付いていないが。
さて、そんな告白に等しい言葉を受けたリリィは――頭の中をかき回されたように意識を混沌とさせ、まともな思考ができなくなっていた。
決心を秘め、恋する乙女の表情を浮かべて瞳に夕暮れの輝きを宿すローズ。
その隣で――リリィはこっそりと瞳を大きく揺らし、体を震わせ、過呼吸になって俯く。自分の胸を強く抑え、心の中で暴れ出しそうな感情を堪え、悟られぬよう恐怖に耐えていた。