第一話「夏休みを前にして」
「明日から夏休みよ、夏休み! 去年までは行きたくもない家族旅行で世界中連れ回されたけど今年は違うわ! あんな場所行かないんだからっ!」
机から身を乗り出し、目をキラキラと輝かせながら瑠璃は言った。
七月二十日、終業式を終えた放課後――結人の教室へとやってきた修司と政宗を交えた四人で夏休みの計画を立てていた。
中間テストから時は流れ、期末試験も終了。衣替えにより皆がブレザーを脱ぎ捨て、半袖の涼しげな恰好に。直射日光を避けて屋上でランチをしなくなり、四人はこうして結人の教室に集まることが多くなっていた。
さて、瑠璃の語った言葉に揃って呆れる三人。
「流石は高嶺、世界旅行ボイコットか……。お嬢様は違うなぁ」
「世界旅行か、一度はしてみたいものだね。まぁ、今年の夏休みは基本的に予定が入っているから旅行みたいな予定は組みにくいかな」
「なんだ、期末も一位の秀才さんのことだから夏季講習とかか?」
「そんなんじゃないよ。バイトをしようかなと思っててね」
「バイトかぁ。それなら予定もある程度、事前に決めておく必要があるな」
「そうしてもらえると助かるね。とりあえず日帰りで行ける場所なら参加できると思う」
「だったら海とかどうだ? 夏といえば、だろ。……実際に行ったことほとんどないけど」
友人関係に恵まれなかった中学時代を思い返しブルーになる結人。そんな彼とは別の意味で政宗も少し浮かない表情をしていた。
「うーん……ボクはちょっと海は行けないかな」
「あ、そうか……」
結人は自分の提案を激しく後悔し、何とか話題の方向を変えられないかと思案。
……そう、政宗には水着という問題がある。いくら中性的なデザインがあったとして男性用水着を着る事実は耐え難いだろうし、何より体のラインが出るのは良くない。
だが、瑠璃はそんな事情など知る由もなく――、
「え、どういうこと? 政宗くんってもしかしてカナヅチなの?」
継続して欲しくない話題を広げる質問。結人は思わず苦い表情になる。
「いや、そういうわけじゃあ……」
「まぁ、この学校ってプールないものね。泳げなくても仕方ないのかしら?」
「いや、泳げるよ。ただ、海の水が苦手っていうか……」
「そうなの? じゃあ、プールでいいんじゃないかしら?」
「ごめん、ウォータースライダー苦手なんだよね」
「じゃあ、滑らなきゃいいじゃない……」
半ば強引に理由をつけ瑠璃の猛追から逃げ切る政宗。結人は心の中で政宗に謝りつつ、助け舟を出すため咳払いする。
「まぁ、夏休みなんて水に浸からなくたっていくらでも遊べるからさ。他を考えてみないか?」
「他にもいっぱいって、何があるのよ?」
「え? そりゃあ、まぁ……色々だよ」
繰り返しになるが友人関係に恵まれなかった中学時代だったため、夏休みを満喫した思い出がない結人。イマイチ季節感に溢れた休みの過ごし方が出てこない。
すると結人に代わって修司が口を開く。
「まず思いつくのは夏祭りかな。佐渡山くんが住んでる地域の祭りは確か花火大会もやるはずだよね?」
「八月も結構終わりの方だけどやってるな。昔はただうるさいだけだと思ってたけど、みんなで行くなら楽しそうだ」
「せっかくの夏休みだし、ボクもお祭りは行ってみたいな」
「私も祭りって行ったことないし興味はあるけど……でも、そんな夏休み終わりかけのイベントしか出てこないの? もっとアイデアは?」
つまらなさそうな表情で机を小突いて催促する瑠璃。
(部下にばかりアイデアを出させる上司みたいだな……。だけど、やたら水に浸かりたがる瑠璃に物申したのはこっちだからな。何か代替案を出さないと)
捻りだそうとする結人だが、やはり遊ぶことに慣れていないとアイデアは出てこない。……いや、いくつか出てはいるのだが、安易に提案できないのだ。
(政宗が原因で却下になりました――なんてのを何度も繰り返して傷付けたくない。でも過敏になってあれもこれも排除したら、どんな選択肢が残るんだ……?)
生まれながら政宗を縛るそれはこうしてどこかへ遊びに行くことさえ制限しているような気がして、結人は物悲しい気持ちを一人抱える。
「夏休みのイベントといえば佐渡山くん、僕らだからこそ楽しめるイベントを忘れてないかい?」
「俺らだからこそのイベント……? お前……もしかしてコミケのこと言ってるのか?」
信じられないとばかりに問う結人に、修司はしたり顔で首肯する。
「僕達も高校生。一歩大人になって行動範囲も広がった。なら、あの有名な祭りに参加してみるのも一興だと思わないか?」
「……そうか、コミケに参戦。夏休みにはそんな楽しみがあったか!」
修司の言葉に結人はうんうんと何度も頷く。当然、女性陣は置いてけぼりの形となる。
「コミケって……何だろう? なんかお祭りだって言ってるよ?」
「あの二人が盛り上がってるんだから、どうせアニメとか漫画のお祭りなんじゃない? ほっときなさいよ」
自分達だけの楽しみで盛り上がる二人をジト目で見つめる瑠璃。
出展されるブースなどを語り合い、予定を立てる流れがぶち壊しとなっていた。結果、アイデアを政宗という篩にかける胸の痛む話題はなくなり、それはもしかすると修司の意図かもしれなかった。
話が全く進まず、瑠璃は大きく伸びをする。
「何も決まらないわね。せっかく、その……何ていうの? 友達に恵まれたんだから……あ、遊んでもいいかなって思ったんだけどっ」
友達というワードにまだ恥ずかしさがあるようで、髪をいじりながら赤面する瑠璃。
「ボクもずっと友達がいなかったから今年の夏休みは楽しいものになったらいいなって思うよ」
「あら、政宗くんもそうなの?」
「うん。だから、瑠璃ちゃんが友達になってくれたのもすごく嬉しいんだよ?」
ギュッと目を閉じて笑う政宗。
いつもなら恥ずかしそうに顔を背けて「ふ、ふんっ!」と素直じゃない反応を示しそうだが――しかし、瑠璃はそんな政宗の表情へ吸い込まれるように見惚れてしまう。
すると、政宗は顔を背けて表情を曇らせる。この何とも言えないやり取り――それは六月のあの日から今日までに何度か見られた光景だった。
二人の抱く感情はそのままに――特に予定なく夏休みへと突入していく。