第二十三話「アヴェ・マリアが聞こえる」
「政宗くん、そしてリリィ――僕は君が好きだ。昔、助けられた時から僕はずっと片想いしてて、いつか会えたら伝えたいと思っていた。君の正体を知ったって気持ちに変わりはない。好きだ」
放課後――誰もいない屋上に政宗を呼び出して修司は告白した。
正直言って政宗に覚悟はあった。神妙な面持ちで屋上に誘われたこと。そして、クラブとカルネに邪魔されたが、一度は告白と思われる空気になったことから予測はできていた。
だが、打ち明けられた想いに政宗は平然としていられなかった。人一人がそれこそ、この屋上から飛び降りるくらいの覚悟で打ち明けた想いを淡々と受け止めることなどできない。
握りしめた拳にもう一方の手を重ねて胸の前で携える政宗は、顔を紅潮させて修司の告白を受け止めた。
「修司くんがずっとボクを――リリィを想ってくれて嬉しいよ。修司くんはその……分かってるんだったよね?」
性同一性障害という言葉を自ら口にするのは避けた政宗。
「うん。たぶん間違ってないと思う」
「……そっか、ありがとね、僕をちゃんと好きになってくれて」
「お礼を言われることじゃない。寧ろ、僕の方こそ感謝してるよ。君に命を救われたこと。そして、恋していられたこと。今日までの日々は苦しかったけど――それだけに幸せだったのかも知れない」
「だとしたら光栄だなぁ。ボクこそ幸せだよ。そんなに想ってもらえて」
柔和な語り口調の政宗だったがその表情は戸惑い、修司から視線を逸らす。その一連をもって――修司は「終わる」のだと直感した。
――ピリオドが穿たれる。
終わりの足音が近付くのを修司は聞いた気がした。
そして、政宗は躊躇いがちに口を開く。
「――でもね。ボク、修司くんの気持ちに答えることはできないんだ。せっかく告白してくれて悪いんだけど」
胸を貫くような言葉で穿たれた終止符。覚悟していた言葉は想像以上の痛みを伴い、修司の体は震えていた。
何かしらのアウトプットから暴れる感情を吐き出さなければ狂ってしまいそうなほどの絶望を抱え――しかし、彼は気丈に振る舞う。振る舞おうとする。
そして――、
「政宗くん、君にはきっと……好きな人がいるんじゃないか?」
気付けばそう問いかけていた。自分で何を問いかけているのかと驚くほど無意識に。しかし、理由はシンプルだった。
政宗は問いかけに目を丸くし、視線を泳がせ、顔を赤くして――躊躇いがちに頷いた。
するとその瞬間、修司は心がふわりと軽くなるのを感じたのだ。そして、拍子抜けした隙を突いて感情が溢れ出す。
「はは、ははは! そっか、仕方ないよ……僕はソイツには適わない」
「しゅ、修司くんは……一体、どこまで知ってるの?」
「さぁ? 分からないよ。でもさ、ソイツなら仕方ないって納得しちゃってるんだ。なら――負けるのも無理ないな」
目元を隠すように頭を抱えて、少し湿った声で快活に笑い飛ばした修司。政宗の驚く表情を置き去りに強い納得を感じていた。
――修司は、政宗にフラれた。
しかし、その理由は何だったのだろうか。そもそも、修司に至らない点があるなら直せばチャンスはあるのか。今までのアプローチに誤りがあるのなら、違った世界線の先にチャンスはあったのか――?
そんな可能性全てが――吹き飛んだ。
ブラックボックスは取り払われ、真実に触れることで理由を知った。想いの強さで勝てないと認めたアイツに天秤が傾いただけなのだとしたら、負けて当然だと修司は納得できたのだ。
無論彼に予感はあったが、政宗の口から語られなければ意味はなくて。
そして、ぶつけた想いが引き出した真実で――修司の恋は、終わった。
○
「見事にフラれたよ。まったく……バカをやるのは楽じゃないな」
告白を終えた修司は自販機を訪れ、そこにいた結人へ文句を言った。
「そりゃあ賢いマネしてないんだから、楽じゃないだろ」
「だとしたら、秀才の僕には合わない行動だ」
「自分で秀才って言うのかよ。逆にバカっぽいな」
結人は鼻で笑いつつ、二本買っておいた缶コーヒーを手渡す。
ちなみに修司と結人はここで待ち合わせをしていたわけではない。それぞれが「おそらく」と思ったことがかち合って合流したのだ。
渡された缶コーヒーへ視線を落とし、修司は呆れた笑みを浮かべる。
「まぁ、でも――意味はあったよ。僕は考えて、自分の中で完結させる癖がある。やってみなきゃ分からないなんてバカの言うことだと思ってた節がある」
「間違ってないと思うけどな。考えれば大抵のことは想像できるんだし、それをせず動くのは確かにバカだ。……でも、他人の気持ちは違う」
「傷付いたとしても触れなきゃ分からない。そして、知らなきゃ終われない。なら、傷付かなきゃ終わらないってことか。でも――ずっと続くよりいい」
――きちんと終止符を打てたこと。
それは傷付かないよりよかったと、修司の表情は納得に満ちていた。
「正直、無責任に後押ししたんじゃないかと思ってた。でも、これでよかった。そう思えるか? ……後悔してないか?」
「あぁ、もちろんだ。――後悔なんて、あるわけない」
修司はそう語り、したり顔を浮かべる。その表情とセリフに結人は目を見開いて「やっぱりか」と思った。
「アヴェ・マリアが聞こえてきそうなセリフじゃないか。もしかしてと思ってたけど……修司、お前もか」
「ということは君もなんだな。……はは。リリィを好きになった人間はやはりそうなるのか」
魔法少女に恋し、その存在を忘れることなく想っていた二人。よく似ているようで、少し違って――しかし、やっぱり似ている。
……魔法少女アニメにどっぷりとはまったことまで。
修司は握っていた缶コーヒーを目の高さまで持ち上げ、そして同じものが結人の手にも握られているのを一瞥して苦笑する。
「無理して飲めないコーヒーを買う必要はないんじゃないか?」
「――なっ! バレてたのか!?」
「格好つけるため無理して飲んでたんだろう? 分かるさ」
「な、何で分かったんだ!?」
「僕も飲めないからだよ」