第八話「秀才、智田修司」
「ねぇ、そういえばウチのクラスの子なんだけど――智田修司くんって知ってる? なんか中間テストでも学年一位間違いなしって言われてるらしいんだけど」
五月六日、朝――学校へと向かう道中、結人と交わしていた中間テストの話題に絡めて政宗は言った。
ゴールデンウィークが明けていつもの日常が再開。登校する学生の表情には楽しかった日々との落差で憂鬱な表情が浮かび、二人も例外ではなかった。
「なんかクラスで話題になってたような……? 俺、そういう話題とか興味ないからちゃんと聞いてなかったよ。政宗のこともああやって出会うまでよく知らなかったし」
「えぇ!? ぼ、ボクって修司くんと同じくらい有名なの?」
「そりゃあ、今でもお前が昼休みに俺を呼びに来るたびクラスメイト達からガンガン注目の視線が飛んでくるぞ。最近はそれが心地よくすらあるんだが……」
自分の評判に怯えた表情を浮かべる政宗に対し、結人はどこか満足げ。
本来、結人はそういった視線が得意な人間ではない。出会って間もない頃、政宗が自分のクラスで注目を浴びないように連絡先を交換したのもそのためだ。
だが、最近は結人の意識が少し変化していた。他人の注目に対する苦手意識が幾分か軽くなり、注目の的である政宗と関わっている優越感を楽しめるようになったのだ。
(中学校の頃に比べると人間的に強くなった気がするな。それも政宗と出会ったおかげってことなのかな)
過去の自分を思い返し、満たされた今を噛みしめる結人――だったが、満足気な表情はしかめ面に変わる。
「……ん、修司くん? 政宗、そいつとそんなに仲がいいのか?」
「実はゴールデンウィークに入る前から話すようになってさ。ボク、同じクラスで気軽に話す人がいなかったからちょっと助かってるんだよね」
「へぇ、そうなんだな。その優等生くんとねぇ……?」
結人は途端に先ほどまでの上機嫌さを失い、口をへの字に曲げる。
(気になる……。智田修司からすれば政宗は男に見えてるだろうから、気にする必要はないんだろうけど。……でも、気になる)
好きな子に他の男の影。気が気でなくなるのは当然だった。
(まぁ、そんな優等生と俺が関わったりしないだろうし、さっさと忘れてしまった方がいいのかな)
結人と政宗は学校へと辿り着き、一年生の教室が並ぶ廊下まで一緒に歩いて別れる。それがいつもの流れだったはず。なのだが――、
「君、佐渡山くん……だったよね?」
突如として背後からかけられた声に結人は振り向く。
そこにいたのは一人の男子生徒だった。
まず目を引くのはモデルのようにすらりと伸びた背丈と長い手足。そして、次に鼻筋が通った綺麗な顔立ちに貼り付く理知的なポーカーフェイス。
「少し話したいことがあるんだ。ちょっと一緒に来てくれないか?」
彼こそが政宗の語っていた秀才――智田修司だった。
○
「突然誘って悪かったね。ホームルームも始まってしまうし、手短に要件を済ませるよ。そして、これは付き合わせたお礼だ」
校舎外の自販機へとやってきた結人と修司。
忘れようと務めていた矢先にいきなり本人と出くわし、しかも何故か話すことになって結人は少し不機嫌だった。
修司は二本買った缶コーヒーの一つを投げ渡す。無糖のブラックコーヒーだった。修司は缶を開くと喉へと流し込み、深く息を吐き出す。
そして、語り始める――。
「さて、単刀直入に。僕と同じクラスの政宗くん、彼が魔法少女マジカル☆リリィだと知っている――そう言ったら君はどんな反応をするのかな?」
「――なっ!? お前、リリィさんの正体を……?」
政宗や瑠璃のような変身者以外から魔法少女の名前が飛び出し、結人は息を飲んで瞳を揺らす。
「つい先日、君とリリィが一緒にいるところを見かけてね。あれは夜八時くらいかな? リリィが変身を解くと政宗くんが姿を現した。そんな光景を目撃したんだよ」
「……まぁ、隠れてコソコソしてるわけじゃないから見られてても不思議じゃないか。しかし、妙な言い方をするんだな」
「……ん? どこだろうか?」
わざとらしく肩をすくめる修司に、結人は訝し気な視線を向ける。
「お前、まるでそもそもリリィさんを知ってて、その正体が政宗だと確認したみたいな言い方したよな。政宗が魔法少女だったことを目撃した、って言うのが普通じゃないか?」
結人の指摘に修司は待ってましたとばかりに得意げな笑みを浮かべる。
「へぇ、鋭いね。そうだよ。僕はずっとリリィを前から知ってて……探してた」
「探していた……? いや、待てよ。そもそも魔法少女をずっと認識してるなんて記憶阻害で不可能なはずだぞ!?」
「そうなのかい? でもね、僕はリリィのことをずっと覚えていたよ?
あの日――彼女にこの命を助けられた時から、ずっとね?」
修司の言葉は衝撃として結人の全身を迸り、体を震わせた。
――どこかで聞いたような話。そう思ったのだ。結人は今、自分の記憶を他人の口から聴いているような感覚になっていた。
思い出を盗まれたような気持ちになり、わらわらと砂糖菓子に集まる蟻みたく彼の心は真っ黒な不安に染まる。
(それって――もしかして?)
額に汗が流れ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる結人。修司は得意げな表情で結人を見下ろして語る。
「きっと僕もって言った方がいいんだろうね。好きなんだよ――リリィのことが」
「お、お前もリリィさんを……?」
「ずっと彼女を想って今日まで過ごして……やっと見つけられた。変身者である政宗くんがこんな近くにいるんだ、幸運だよ」
修司は抑揚ない声で語り、口元を缶コーヒーで塞ぐ。
一方で結人は唐突に放り込まれた衝撃で心が激しく揺さぶられていた。政宗とリリィに気持ちをぶつけ、結ばれることを望んできた日々に――同じ思惑を持った人間が介入してくるなんて、
そんなこと――考えもしなかったのだ。
そこから始まる日々を思って結人は怖くて仕方がなかった。体から力が抜け、血管に氷水を流し込まれた感覚がした。
(俺、リリィさんを…………政宗を、奪われるんじゃないのか?)
まだ彼のものではないけれど、しかし――そうなっていく未来が見えていた。
気持ちが通いかけたと感じたこのタイミングで現れたライバル。
容姿端麗、学業優秀――高スペックな相手。
(クラスで噂されてたのを思い出した。この智田修司ってやつは滅茶苦茶なんだ。……欠点のない完璧超人!)
そんな人間がよりにもよって――。
怯えを露見させる結人へ追い討ちをかけるように、
「ねぇ、彼女と君は付き合っているのかい?」
修司は淡々と問いかけた。
「……い、いや。付き合ってはない、けど」
「そうなんだ? じゃあ、僕にもまだ付け入る隙がありそうだね」
修司は満足げに口角を上げると、飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱に投じて教室に戻っていく。そして、結人とすれ違う時――修司は宣言する。
「僕はタイミングを見つけてリリィ、そして政宗くんに告白する。せっかく再会できたんだ、気持ちは伝えないと」
校舎へ入っていく修司は、
「――負けるつもりはないからね」
そんな言葉を残し、去っていった。
一方で封も開けずコーヒーの缶を握りしめる結人は今日までの楽しかった日々、幸せだと感じた光景の全てが押し寄せる波にさらわれるような感覚がして、
(守らなきゃ…………じゃないと、奪われる!)
結人は奥歯を強く噛み、拳を震わせながら恐怖心を堪えていた。