第七話「メリッサとジギタリス」
「ジギタリスは何かと私に突っかかってくる魔女だ。普段は余裕たっぷりな感じでクールに振る舞っているが、内心では私に勝つことしか考えていない。……たぶん」
「ウチのジギタリスはメリッサさんと、その魔法少女にいずれ挨拶をすると言っていました。おそらく穏やかな意味ではないと思いますが……」
「なるほど、それが今日の本題か。まったく、ジギタリスめ……最近は絡みがなかったから大人しくなったのかと思ったが全然変わってないな」
メリッサは面倒くさそうな口調で言い、語り終えた口を缶ビールで塞ぐ。
「確か高嶺の話によるとジギタリスは随分と行儀の悪い魔法少女を二人抱えてるんだろ? そいつらがやってきた時はどうしたらいいんだろう」
「魔法少女同士で争うってどうなるんだろうね。ボク、経験ないから想像もつかないよ」
「たぶん、あの二人は魔法少女が相手だからこそ手荒に行動してくるわよ。……自身の力を振るえる相手としてね」
苦い表情で語ったのを見て結人はクラブ、カルネとの間に何があったのかを悟った気がした。
さらにはこの街へとやってきた理由さえ――。
「でもさ、魔法少女は他人に危害を加えたら魔法の国から罰則を受けるんだろ? ルールで守られてるんじゃなかったのか?」
「あー、結人くんの認識は間違ってないんだが――それはこの世界の人間を守るためのルールであり、魔法少女は対象外だ」
魔法少女は魔女と同じく魔法の国所属の扱いとなる。なので、一般人を守るためのルールは魔法少女には適用されないのだ。
「じゃあ、その二人がリリィさんに攻撃してくることを止めるルールはないんですか? 魔法少女は身体能力が上がってるから、そんな攻撃を受けたら……!」
結人はカーペットにこぼした水のように胸中で不安が広がっていくのを感じた。
「大変なことにはならないさ。魔法少女の強化された肉体は攻撃面だけじゃなく防御力も強化するからな。結果的には一般人同士の喧嘩と変わらない感じにはなるだろう」
結人はリリィがトラックの衝突に耐えたことを思い出し納得した。しかし、だからといって安心できるわけではない。
「争いは避けるべきです。方法はないんでしょうか? ジギタリスがメリッサさんに対して行動を起こそうとしたのは……私のせいなんです。だから……!」
胸に手を当て、縋るように問いかけた瑠璃。メリッサは懐疑的な表情を浮かべ、リリィにアイコンタクトを送る。
まだジギタリスの不穏な動きは瑠璃のマナ回収に原因があると伝えていなかったのだ。リリィが詳細を耳打ちして説明。
するとメリッサは「あはは」とお腹を抱えて笑い出し、ベッドの上で転がる。
「そうか、そうか。そりゃあ、ジギタリスは怒るだろうなぁ。確保していたマナをごっそりと私に奪われたんだから。なるほど、だから今更になってジギタリスは行動を起こしたわけか!」
「どうにかならないの、メリッサ? ボクは瑠璃ちゃんが責任を感じることじゃないと思うから何とかしてあげたいよ」
「まぁ、確かにそうだ。マナは回収されるまで特定の魔女に所有権があるわけじゃない。ジギタリスが勝手に怒ってるだけだな」
そう言いながら、しかし――メリッサは先ほどまでの愉快そうな笑みを真剣なものに変え、腕組みして考え込む。
「残念ながら対抗策は多くない。一番シンプルな対処は魔法少女から攻撃された際にいっそ変身を解くことだろう。そうすれば一般人扱いになり、罰則を恐れて魔法少女は攻撃はできない」
「なるほど。確かにその方法なら攻撃を加えられないですね」
探偵が悩むようなポーズでうんうんと頷き、納得した様子の瑠璃。魔法少女という強力な力に守られた状態を自ら解除する、その発想がなかったのか盲点を突かれて関心していた。
しかし――手段を語ったメリッサの表情が釈然としないことに結人は気付き、理由もすぐに理解した。
(リリィさんは……敵を前にして変身を解けるのかな)
いざとなれば正体を知られたくない、などと言ってられないのだろうが――安心するための解決策が気の進まない手段なのは、どうにも落ち着かない。それだって事実である。
結人はまたしても自分にできることがなさそうな予感に、深く嘆息。そんな結人を――メリッサは観察するように見ていた。
○
「――あ、ちょっと待ちなさい。結人くん、少し話がある」
魔法少女が来襲したら変身解除して相手にせず、メリッサに報告――妥協に近い解決策で話を終え、家を出ようとしていた時に結人は呼び止められた。
瑠璃とリリィに外で待っているよう告げ、結人だけが部屋の中へと戻る。そして、ベッドに座るメリッサの視線を浴びるようにして結人は床に腰を下ろした。
「君は数年前に助けられたリリィをずっと覚えていたんだってね。魔法少女に関する記憶は普通、時間の経過で失うはずなんだけど」
「それに関してはリリィさんから聞いてます。どうして自分が覚えていられるのかは謎ですけど、リリィさんを忘れたことは一度もないですね」
「どうして覚えていられるのか、ってそれはだね……いや、そこを語るのは無粋というものかな」
メリッサは「ふふ」と微笑み、結人は疑問符を頭上に浮かべる。
「さて、単刀直入に聞きたいんだが……リリィは君にとってどういう存在なのかな?」
「俺にとってリリィさんは憧れであり――心から好きだと思える人です」
考える間もなく、恥ずかしがらず即答した結人。
メリッサは目を丸くして驚き――そして、嬉しそうに笑む。
「じゃあ、政宗の抱える秘密も知ってるのかな? 例えば魔法少女になって叶えたい願いとか――そういう一切を?」
「もちろんです。それを聞かされた上で俺はリリィさんが好きなので」
「あの子のためなら何でもできるかい?」
「できます」
迷わず返事する結人に、メリッサは感心した表情になる。
「そうか……そこまで話しているのならあの子も君を信頼し、そして結人くんもひたすらに想っているのだろう」
そう語ってメリッサは結人の前髪を掻き分け、その額を指でさする。突然のことであり、しかも何をされているのか全く分からない結人は混乱に視線を泳がせる。
そんな彼の困惑を無視してメリッサは真剣な面持ち。
「そこまでの想いがあるなら、君に与えておくのが――正解なのかも知れないね」
「――え、何をですか?」
結人は疑問を投げかけるが、それは置き去りとなり――メリッサの指先は突如として緑色に発光する。
「許可します、と言ってくれ」
「――え? な、何ですって? きょ、許可?」
「ほらほら、いいから早く」
「じゃ、じゃあ――許可します!」
結人の覚束ない返事を受けてメリッサは光を額に押し当て――そして指で奇妙な模様を描く。
それはファンタジーにおいて魔方陣に使われているような文字に似ていて、メリッサが指を離すと額へ吸い込まれるように消えた。
メリッサが離した指があった場所を、結人は手で触れて確かめる。いつもどおりの額、肌の感覚しかなかった。
「一体、何をしたんですか……?」
「一種のお守りだよ。説明は敢えて省かせてもらおう。きっとその方がいい」
「説明されないって……じゃあ、どういう効力があるのかも分からないままですか?」
結人は突如として与えられたものに困惑するも、メリッサは無視してぐったりと体をベッドに横たえる。
「……予感が外れるに……越したことはない、んだ。……ただ、当たったなら……それは、それで」
そう言ってメリッサはマナを切らした影響なのか眠ってしまった。
説明できる人間に眠られてしまい、言葉を失う結人。不思議そうに額を触るも正体は掴めない。
仕方なく結人はメリッサの体をかけ布団で覆い、部屋の電気を消して外へ出た。