第十五話「絡み付く茨」
「つまり、魔法によって望んだ性格の人間に作り替えてもらう。……そう言ってるのか?」
「そうよ。他人の好意や言葉を素直に受け取れない自分を捨てて、私は新しい人格で別人として人生をやり直すの。ちょっと怖いけど……きっと今よりはマシだわ」
どこか覚悟めいた口調で語り、嘆息で締めくくったローズは一瞥したリリィの視線を避けた。
――生まれながらの持ち物を否定すること。それはリリィには共感として響き、政宗と交流を持った結人もよく知る話だった。
そして、結人はローズに対して抱いていた勘違いを思い知る。
(ローズの言葉を引き出すために挑発して、ひねくれた性格を逆手にとったつもりでいた。でも違ったんだな)
本当はローズには語りたい気持ちがあって、理由を見つけられたから話せたに過ぎないのだ。そして――、
「……どうして上手くやれないのかしらね。いつもイライラしてるわ。上手くやれない自分に。そして、上手くやってる他人に。きっと悪循環なのよ。そんな積み重ねがなければ……少しはマシなはずなのに」
ローズは誰に促されるでもなく――溜め息混じりに、悔やんできた思いを口にした。
それはもしかすると終わりの予感――つまり、全てが台無しになったと感じたから話せた本心なのかも知れない。もう会わないであろう相手に聞かせる独り言。
あの日、結人に秘密を告白したリリィのように――。
だから結人はリリィを見た。彼女は眉をハの字に曲げ仕方ないとばかりに笑んでいて……結人はリリィを好きになった根源が震えるのを感じた。
(ほっとけないって……リリィさんはそう感じてるんだ。嫌がらせをしてきた相手には違いないローズに同情してる。優しいんだな、リリィさんは)
そもそも、放っておいてもローズは魔法少女の契約で願いを叶えられる。……だが、約束された未来は彼女の光になっていないように見受けられた。
ローズの願いは高嶺瑠璃の人格を変えてしまうこと。それはローズが言うところの「別人になる」に他ならないからだ。
(そんなの解決になってないんだ。……別人になってしまったら、他人に人生を預けるようなものなんだから)
とはいえ、結人とリリィにできることなどあるのか――?
それを模索するように――結人は口を開く。
「つまりそのイライラが俺達の関係を邪魔した理由ってわけか。他人と自分を比べて苛立つから、それを邪魔してやりたくなる」
「短い言葉で言えば、嫉妬。そうやって他人の邪魔をして転落させられたら、自分の同類が増える気がして救われたのかも」
「……それで本当に救われるのかな。ローズさんの心はさらに傷付くんじゃない?」
「そう思えるならあんたは幸せよ。私の欠けている部分は他人の不幸で満たされるの。自分の孤独が癒えるような気がして安心するのよ」
ローズは自分の言葉でリリィの表情をひどく悲しそうなものに変えたのを目の当たりにし、不愉快そうに視線を逸らした。
そして、そんな挙動と――屈折したローズの価値観は結人に気付きを与えた。
「そういえば、そもそもの話なんだが――お前はどうしてここにいるんだ?」
何気ないトーンで投げかけた結人の質問。ローズは質問の意図が分からないのか顔をしかめる。
「どうしてって――そりゃあんたがあの屋上から出て行く時、リリィに会いにいかなきゃって言うから」
「いや、そういう意味じゃない。俺が聞いてるのはここに何しに来たのかってことだ」
「ここに何しに来たかですって? そんなのあんた達が言い争ってたり、いがみ合う姿が見られると思ったからよ。私はそうやって安心する、救われるって説明したでしょう?」
二度も自分の悪癖を語らされたためか少し不機嫌そうな語り口調になったローズ。
しかし、結人は探偵が悩むようなポーズで沈黙した後――違う、と呟いた。
「違うよ。お前の安心は同類を見つけることじゃなくて、何かを壊さず済んでよかったと思えること。お前にとっての救いはそれで安心できる自分を確認することだ」
「は、はぁ!? あんた何言ってんのよ?」
「お前はここに俺達の関係が壊れていないことを見届けるためにやってきたんだ。破滅的な光景なんかでお前は救われたりしない。そうだろ?」
ローズの話してきた全てをひっくり返す結人の推測。導きだせたのは今日までローズから度々感じた「悪いことはできなさそう」という印象だった。
確かに他人の邪魔はするし、不幸で蜜の味を知るが――しかし、心まで共犯ではないと結人は思ったのだ。
だが、そのような推測にローズが正解を告げることはなく――、
「そうじゃないわ! 私を差し置いて幸福そうにする世界から足を踏み外して絶望に叩き付けられる人間を見つけてやろうと思っただけ! 壊れた結果が見られれば私は満たされるのよ!」
強い口調のローズ、しかし必死に何かを守ろうとするような響きがあった。
それは逆に結人の推測を確信へ導くものだった。だが、同時にこれ以上の言葉は不要だとも悟らせた。ローズは譲らないだろうし、本音を解き明かしたとして問題の解決にはならないからだ。
しかし、意味はあった――。
(きっとローズの人格、その根本までもが腐りきってるわけじゃない。そこには確信が持てた。最初の一歩で躓いて、転び続けて……育ったトラウマに苛まれ続けてるんだ)
彼女は根からの悪人であることを譲らなかった。……当然だろう。完全に自分を憎み切らなければ、自身の人格を殺すような願いを口にできるはずがない。自分に期待する余地など持ちたくないだろう。
だとしたらローズの願い――人格を他人に作り替える行為は、憎い自分を討つ一種の自殺。
(だけどローズの良心は存在する。そう信じたい。こんな自分に近づかないようにと周囲の人間を冷たくあしらうような奴なんだ。それ自体が良心じゃないか)
自分自身を苦しめ他者を遠ざけ、高嶺瑠璃に絡み付いて苛むのはまさに「茨」だった。きっとそれをどうにかしなければローズは今のままでしかいられないのだろう。
(長年に渡って育て上げた感情、それは許せないという怒りだ。自分を消し去りたいという憎悪ともいうべき感情を消し去らない限りローズは――)
――と、そんな疑問から走り出した思考。結人は自分でも驚くほどあっさりと――ローズの茨を取り去る方法を思いつく。
それは先ほど、結人が受けたあることがヒントになっていた。
「なぁ、ちょっと思ったんだけどさ……ローズが抱えてる感情――リリィさんに回収してもらったらいいんじゃないか?」
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