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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第七章 魔法少女は少女を目指した
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最終話「少年は少女に恋をした」

「もう佐渡山くんの可愛い可愛い魔法少女姿が見られないとなるとちょっと残念ねぇ? 魔法少女が写真に残らないのがこんなにもどかしいなんて」


 意地悪な表情を浮かべながら肘で結人を突く瑠璃。


 あれから――政宗の両親へのカミングアウトを終えて結人達四人はメリッサの家までやってきていた。無論、用件は今日の本題とも言うべき政宗への魔法の行使。


 結人はアイリスの変身に使っていたマジカロッドをメリッサへと少し名残惜しそうに返却し、いよいよ――政宗が本当の自分になる瞬間がやってきた。


 ……のだが、四人は本題から脱線して雑談を繰り広げていた。


「いやぁ、ローズ先輩はホント後輩をいびるなぁ! リリィ先輩とは違って」


「そりゃあ可愛い後輩だもの。それにしても直接指導してあげたかったわねぇ」


「あはは。でもローズちゃんの指導ってきっと浜辺まで連れて行って殴り合いだよね?」


「ちょ、ちょっと政宗っ! あんたそれは私達の内緒の思い出でしょ……!」


「君達、僕らの知らないところで何をやってるのさ……」


 それぞれがコロコロと表情を変えて楽しげな会話。いつものように涼しそうや表情の修司でさえ口角が上がっている。


 ちなみに修司はこの場で初めて結人がアイリスだと知り、メリッサとも会ったため、また魔法少女に関する記憶を失うことになるだろう。


 今まで知識として頭にあった情報が全て本物の魔女を認識したことに紐付けられ、記憶阻害で引っこ抜かれる。


 とはいえ――これからの日々に魔法少女に関する記憶は必要ないと言えた。それよりも修司は政宗の記念すべき日、その瞬間に立ち会うべきだったのだ。


「あー、君達……そろそろ雑談も切り上げて本題に入らないか? 別にマナが逃げたりはしないけれど、今必要な会話とは思えないぞ?」


 一人暮らしの狭い部屋で四人が床に腰を下ろして雑談している光景へ、ベッドの上であぐらをかくメリッサが注意を呼びかける。


 ちなみに魔法を行使するからか、メリッサはとんがり帽子に黒いローブ姿だった。


「あぁ、ごめんごめん、メリッサ。高嶺がアイリスをいじるものだから、つい。結局、この二年間、高嶺にはずっとアイリスのことでいじられっぱなしだったけど、それもこれで最後かと思うと感慨深くてな」


「それにしても政宗もヒドイわよねぇ? 佐渡山くんが魔法少女だって知った翌朝、真っ先に私にバラしたんだもの」


「あはは。ボク、今まで散々みんなに秘密を隠してきたからこれからは曝け出そうかなと思って」


「だからといって佐渡山くんの秘密をバラすのは政宗くんもなかなか鬼だね」


「二年間、高嶺にイニシアチブ取られまくりで苦渋を飲まされたなぁ。まぁ、それはそれで楽しかったんだけど――」


「――だーかーらー、君達ぃ? そういう雑談は全部が終わってからにしたまえよ?」


 メリッサは再度警告し、咳払いをする。四人は流石にそろそろいい加減にするか、とアイコンタクトして笑い出しながら立ち上がる。


「それで、俺と修司は部屋から一旦出てた方がいいんだよな? 正直、理由はあんまよく分からないけど……」


「あーうるさいわねぇ。理由なんてすぐに分かるからさっさと出て行きなさいよ」


「……それじゃあ、出てるよ。メリッサ、よろしく頼む」


 結人はやや腑に落ちない表情を浮かべながら、メリッサに全てを託して修司と共に家を出る。そして、二人の姿が消えるのを見送ってからメリッサも「さて」と言って、ベッドから床へ降りる。


「とうとう、政宗にこの魔法を使ってやれる日が来たな」


「うん。まさか結人くんが願いを叶えてくれるとは思わなかったよ」


「しかも、佐渡山くんったら二年間で必要なマナを回収し終えちゃったんだものね」


「これは……愛だろうな」


「えぇ、私も愛だと思うわね」


「こ、声に出して言われると……ちょっと恥ずかしいかも」


 体をもじらせて顔をそむける政宗に二人は笑い声を上げる。そして、一しきり笑うとメリッサはゆっくりと息を吐いて政宗と向き合う。


「結人くんの死の運命を変えるため魔法を使った時、私はお前を幸せにできないことが悔しかった。だが、こうして機会を貰えたのだ。彼には感謝だな」


「ボクもみんなに助けてもらって、感謝してもしきれない。メリッサも今日までずっと成長阻害の魔法を続けてくれて……どう恩返ししたらいいか分からないよ」


「恩返しをするなら幸せになれ。私は前にも一度そう言ったはずだ」


 メリッサは目元が潤み始めるのを感じ、ごまかすべく政宗の体をギュッと抱く。勢いに任せた乱雑な力に包まれて政宗は苦しそうに――しかし、嬉しそうに笑った。


「それじゃあ、始めるとするか」


「……うん、お願い」


 メリッサは抱擁を解くと、アイリス☆マジカロッドから契約書を浮かび上がらせて結人との契約を完了させる手続きを進めていく。


 いよいよ――政宗の願いを叶えるための魔法が、行使される。


        ○


「放り出されてしまったわけだが……正直言って、中で何が行われるんだと君は予想してる?」


 結人と修司はメリッサ宅の扉前でしゃがみ、陽も傾いて夕暮れが伸びた影を描く住宅街を見つめていた。


「正直言えば、体を作り替えるから服を全部脱がさなきゃいけないとかそんな感じだと思ってる。何となく察して、分からないフリで出てきた」


「なるほど。僕には微塵もピンとこなかったけど、そういう感じか……」


「修司、お前って結局ずーっと鈍いまんまだったな」


「そうかい? 僕にはそんな自覚はなかったけれどね」


「……そういう部分だよ」


 結人は呆れて嘆息。少し肌寒さを感じて身を抱き、震える。暖かくなったとはいえ、まだ冬の余韻がある季節。しかし、実際は――、


(政宗が別人になってたりしないか不安なんだろうな、俺。嬉しい気持ちや期待もあるけど……ほんのりと恐怖心や緊張も入り混じってる感じ)


 そういった感情のせいで身を抱いて震えているのだった。緊張する結人を横目で見つめ、修司は咳払いをして語り始める。


「さて、佐渡山くん。せっかく男二人だけになったんだ。それらしい会話をしたいとおもうんだけどさ」


「……うん? 何だよ?」


「政宗くんが女の子の体になったらようやくそういうことが彼女とできるわけだよね?」


 結人は振られた話題に思わず吹きだしてしまい、すぐジト目で修司を見る。


「……お前なぁ、いくら鈍感だからってこういう場面でそういう話するかぁ?」


「下世話な話をしてるつもりはないよ。寧ろ逆のことを問いたい。政宗くんが魔法によって体を作り替えなかったらどうしてたのかなって思ってたんだ。誰かを好きになったら――考えないはずないだろう?」


 終始真剣なトーンで語った修司。


 結人は突然猥談を繰り広げ始めたのかと少し引いていた自分を恥じた。誰かを好きになって付き合えば行き着く当然のステップ。


(……そういうこと、考えなかったわけじゃない。政宗が女の子になったらそういうことにも及べるってのは男だから意識するし、その逆――あのままだったらどうしてたのかも考えたことがある)


 ――でも、結人の中で一切の答えはとっくに出ていた。


「まぁ、政宗がもしあの体のままだったら俺は一生我慢することだって厭わなかったと思う。それくらいの代償なら安いものじゃないか?」


「やっぱり君はそう答えるのか。なるほどね。僕の心にはさ、何故か『政宗くんを君に任せてもいい』なんて思い上がったような気持ちがずっとあったんだけど――きっと、記憶阻害とやらで記憶を失う前の僕の持ち物なんだろうね」


「その辺の事情は高嶺から聞かされたみたいだな。だけど生憎、俺もそこらの記憶がないから何とも言えないけど……だとしたら光栄なことだな」


 互いにリリィを忘れた者同士、空白の記憶を語る奇妙な会話がそこにはあった。


「……ちなみに高嶺さんが趣味にしている本を読む限り、男の体同士でもそういうことは不可能ではないみたいでね」


「お前、やっぱり鈍感――っていうかデリカシーがねぇだろ! 知識としては知ってるけど政宗は女の子だ。望まれない限り俺はそういう方法も選ばねぇよ!」


 怒鳴って否定してくる言葉に修司は珍しく噴き出して笑い、結人も次第に馬鹿らしくなって笑い声を重ねる。


 この三年間、結人にとって修司は趣味を同じくし、そしてバカ話もできる親友だった。人間的なタイプはかなり違うが、だからこそ互いが自分に無い部分をリスペクトする良い関係が築かれていた。


 そんな修司といえば――そう思って結人は疑問を投げる。


「そういえばいつからだったか高嶺ってお前を下の名前で呼ぶようになったよな。あれってどうしてなんだ?」


 聞くタイミングをずっと逃し続けていた質問。それに修司は深く嘆息して答える。


「……佐渡山くん。君もそれなりに鈍感なんじゃないかな?」


「え、どういう意味だよ?」


 結人は追求しようとした――が、部屋の中から響く、


『ほーら、佐渡山くん。一切合切が終わったから入ってきていいわよ』


 という瑠璃の声に遮られ、消化不良ながら結人は立ち上がる。


 いよいよ――魔法によって体を作り替えた政宗と対面する瞬間が訪れた。


         ○


(……すげぇ、緊張する! 俺、気の効いたこと言えるのかな……?)


 結人はあらゆる感情の入り混じった奇妙な緊張を携えながら、ゆっくりと玄関のドアノブを捻った。


 そんな最中、思い出すのは政宗との時間。

 魔法少女として、必死に駆け抜けた日々。


 扉の向こうにあるのは――それらの行き着く先。

 そして、結人の目に飛び込んできた光景。



 ――そこにいたのは結人が通っていた高校の女子制服を身に纏った、一人の少女。



 髪型や背丈は変わっていないものの、男の子らしくなかった政宗の体つきはより女性的になっていた。


 魔法によってもしも政宗が女の子として生まれ十八年を生きていたら、を辿って体を再構築したとされるその姿。一目で少女だと分かると同時に――結人は本能的に彼女が「藤堂政宗」なのだと理解できた。


 恥じらいの視線を泳がせ、リリィの時とはまた違ったスカートの感覚に戸惑うその姿を見つめ、結人は言葉を失って永遠とも思える刹那の中で気持ちが激しく動くのを感じた。


(……これが本来の政宗、そういうことなんだよな。障害なく生まれたらこの姿で学校に通う女子生徒だった。そんな可能性が現実になって――俺の目の前に)


 結人はもしもそんな世界線だったなら、目の前の美少女とお近づきになれただろうか――と、そんな不安を抱いてしまうほどに。


 今、ひたすらに心を奪われていく。


 何も言わない――いや、言えない結人。


「……も、もしかして……変かな?」


 少し高くなった声で不安を口にする政宗。


「変じゃない…………変じゃないよ! すっげぇ綺麗だし、可愛い……」


 自分の恋人に今、再び恋をしてしまった結人。視覚情報に脳の処理全てを使い、語彙力は低下。結局部屋へ入る前に懸念していた気の効いたことは何も言えなかった。


 当然なのかも知れない。今までの苦悩を知る結人なのである。政宗がとうとう――とうとう報われ、夢を叶えたことに感極まってしまい、目元を手で押さえる。


 しかし、溢れて頬を伝う涙は止まらず、唇が震える。そんな泣き顔を隠すように結人はふらりと歩み出し、そして衝動のままに政宗を抱きしめる。


「ど、どうしたの、結人くん!? もしかして、ボクが別人になったんじゃないかって不安だった?」


「……そうじゃない。政宗、お前の夢がこうして叶ったのが自分のことのように嬉しいんだ」


「結人くんは優しいね。でも大袈裟だよ。願いが叶って正しく女の子になれた。それだけのこと――」


「――それだけのことなもんか! お前が報われたんだって……悲しいこと全部が終わったんだって! その事実が心から嬉しいんだ! 俺、お前のために頑張ってよかった!」


 目を閉じ、胸の中に溢れる幸福を噛みしめる結人。


 抱きしめた政宗の体はやはり感触が違っていて、そして鼻腔をくすぐる匂いは眩暈がしそうなほど結人の脳を痺れさせ、つま先から頭のてっぺんまでが幸せで満ちていた。


 感動に打ち震える結人の体を政宗も抱きしめ、愛しそうに笑む。


「……そうだよ。結人くんのおかげでボク、夢が叶ったよ。女の子として生きていけるんだ。ありがとう……本当にありがとね、結人くんっ!」


 まるで数十年、数百年の時を経て再会した恋人たちであるかのように溶け合いそうなほど強く抱き合う二人。


 そんな光景を見つめて瑠璃はニマニマと笑い、メリッサは穏やかな笑みを浮かべながらとんがり帽子を深く被り、修司は玄関から一部始終を眺めて穏やかに笑む。


 満足がいくまで抱き合うと結人と政宗は少し体を離してジッと視線を交わす。ロマンティックな光景――だが、ずっとそれをやられていると周囲の人間的には困るので瑠璃が咳払いをする。


「ところでこれは私のちょっとした疑問なんだけど……政宗の名前ってどうなるのよ? 親からもらった名前とはいえ、ちょっと男の子っぽすぎる気もするんだけど」


「名前? そういえばどうしたらいいんだろう。性転換した人は変えたりもするみたいだけど……」


 政宗は人差し指を下唇に触れさせ、思案顔を浮かべる。


「戸籍上の名前を変えるとかは別として、今の政宗を呼ぶ別の名前ってのはあってもいいのかも知れないよな。いきなり親からもらった名前を捨てるのはアレだし」


「あくまで愛称の範疇、それならいいかもね。……じゃあ、結人くんがつけてくれない?」


「お、俺がつけるのか!?」


 結人は自分を指して目を丸くし、政宗は首肯する。


「ボクを生んでくれたのはお母さんだけど、この体を与えてくれたのは結人くんだから」


「そういうことになるのか……?」


「え!? 私も魔法を使ったって意味では名付ける権利があるのでは……?」


「メリッサさん。気持ちは分かりますけど、ここは自重しておきましょう」


 一歩前に踏み出して挙手するメリッサを静止する瑠璃。結人は腕組みをし、目の前の政宗を見つめて名前を考えてみる。


(いきなり名前をつけるって言っても……難しい話だよなぁ。そう簡単に――)


 と、思った瞬間――結人の頭にふと浮かんだビジョン。


 それは一人の魔法少女が後ろで手を組み、まるで二人を祝福するように微笑んでいた。


 結人はその魔法少女を知らない。

 でも、誰なのかは分かった。


(そういえば魔法少女ってみんな花の名前なんだよな。なら、そこからもらって――決めた!)


 結人は咳払いし、胸に手を当てて深呼吸。



 そして――目の前の少女の名前を呼んだ。



 その呼びかけに少女は目を見開き、そしてギュッと目を閉じて笑う。結人は彼女のその表情が大好きだった。


 だから思いが溢れるまま――周囲で皆が見ていることも厭わず、彼女に初めてのキスをした。


 こうして――少女の夢が叶った。でもそれは本来生まれるべき姿になれただけで、ようやくスタートラインに立てただけでしかないのだろう。


 だからこそ、そんなゼロから一歩を踏み出し、二人はようやく積み重ね始めた。


       ○☆


 ――こんな噂がある。


 街を颯爽と駆ける少女の姿が目撃されていると。


 花弁のような可愛らしい衣装を身に纏い、人を越えた力を持つ。


 困っている者を助け、悪事を裁く正義の存在――その名を、魔法少女。


 そんな魔法少女達に背中を押されて――二人は始まったばかりの新しい時間を歩んでいく。

【ちょっとだけあとがき】



 ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

 このあとがきだけの人もありがとうございます。


「魔法少女は少女を目指した」完結しました!


 本作品は作者の趣味全開+同じく性同一性障害を扱った「ナルシスト夫婦の適材適所」でのやり残しを完全に払拭するための小説でした。


 万人受けはしないでしょうが、百人に一人――いえ、千人に一人にでも好きだと言ってもらえたら最高です。


 長く、バトルもなければ強烈な伏線回収もありません。

 しかし、趣味全開だけあって作者自身はとても気に入っています。

 それがこの作品一番のウリかなと思いますね。


 ブクマや評価、感想ありがとうございました。

 読まれている実感は何よりのモチベーションです。



 本当にありがとうございました!

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