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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第七章 魔法少女は少女を目指した
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第四話「桜の下、あの日語った未来は今」

「とうとう私達も卒業か……寂しくなるわねぇ」


 三年の教室、窓際の席に座っている瑠璃は片肘をついて外の景色を見つめ、物憂げなトーンで語った。


 窓の向こうに望む景色は卒業式を終えて校門から出て行く生徒の姿。校庭に植えられた桜の木は今日という日を見計らったように咲き誇り、風にその花弁を散らして別れの日を彩っていた。


 三月九日――この学校で過ごす最後の日を迎え、三年は四人が揃って同じクラスになれた教室で卒業式の余韻に浸っていた。


 一人、また一人と教室から出て行くたびに寂しさが募っていく。その思いを持ち寄り、四人は特に何をするでもなく時間が素通りしていくのを許していた。


「高嶺のことだから心配だなぁ。大学でもちゃんと友達作れよ?」


 最早遠慮する必要もなくなったからか他人の机の上に腰を下ろして揶揄する結人。


「うるさいわねぇ! 言われなくても分かってるわよ。それに私は修司と同じ学校なんだから別にぼっちってわけじゃないわよ」


「四人がバラバラの大学にいくわけじゃないんだもんね。僕と高嶺さん、そして佐渡山くんと政宗くんは同じ。それだけでも幾分か寂しくはなくなるかも知れない」


 卒業式でも相変わらず淡々としている修司は落書きだらけの黒板を眺めながら言った。


 修司が語ったとおり、四人は二組に分かれるようにして大学へと進む。瑠璃と修司は学年のツートップらしく名の知れた大学を合格し、結人と政宗は一緒に行ける大学をなるべく近場で選んだ。


 大学生活の準備、そしてこの街を離れるまでは四人で集まることも可能。しかし、一つの節目として卒業式が持つ雰囲気はやはり鮮烈で、それぞれが今日ここが最後のお別れという感覚でいた。


「――で、学校の卒業式は終わったけど、卒業するのは高校だけじゃないんでしょう? 確か、諸々を今日に合わせるって言ってたと思うけど?」


 学業とは別の節目――瑠璃は主役とも言うべき政宗を見る。政宗は三人から少し離れた位置でやはり寂しそうな表情を浮かべ、窓から視線を落としていた。


 彼女はこの二年間伸ばし続け、肩に触れるほどになった髪を首元で一つに括っていた。一年生の頃よりも女の子らしさの増した風貌。それは心境の変化であり、女性らしくなっていく容姿について誰かに何かを思われることを厭わなくなった証拠だった。


 そんな政宗は瑠璃の呼びかけに束ねられた髪を揺らして振り向く。


「今日、アイリスちゃんが集めてくれたマナでボクは願いを叶える。ある意味でこの体とも卒業ってことになるのかな」


「にわかには信じがたいけど……とうとうこの日が来たんだね。そのアイリスって子には本当に感謝しなきゃだ」


「え、あ……うん、そうだね!」


 政宗はごまかすように笑いながら――そして、瑠璃は揶揄するように笑んで結人を見つめる。


 実は修司――結人がアイリスだとは知らず、だからこそ魔法少女に関する事情を二年間記憶することに成功していた。


 魔法少女の記憶阻害には突破する裏技があった。それはもう一般人となった政宗と瑠璃が魔法少女に関する諸々の情報を説明し、修司に納得させる方法。


 この場合あくまで一般人が言っている妄言を修司が信じているに過ぎず、ここに魔法少女の記憶阻害は発生しない。言ってみれば魔法少女の情報を政宗と瑠璃は自分達の創作的な感覚で話したのだ。


 とはいえ何もかもを話すわけではなく、結人がアイリスであることは秘密にし会わせないようにする。バレれば今まで政宗と瑠璃が教えた情報がアイリスの存在と紐付けされ、修司がアイリスに恋い焦がれないかぎり今まで得た情報ごと忘却してしまうからだ。


 これらは二月十四日に政宗が語った魔法少女に関する情報の全てを結人がそれ以降もずっと覚えていたことから発見された。


「願いが叶う記念すべき日なわけだけど、政宗はその前にやらなくちゃいけないことがある。……そうだよな?」


 結人の言葉に政宗は意を決した表情で首肯する。


「ボクがこの体とお別れする前に、お父さんとお母さんにはきちんと自分の秘密を話そうと思うんだ。それは今の体でやらなきゃいけない――義務だから」


        ○


「やっぱり緊張するよな。政宗とこうして手を繋いでたら何を考えてるのか、どんな気持ちなのか手に取るように分かるようになっちまったよ」


「バレてたんだ……まぁ、そうだよね。ボクの緊張を分けたみたいに同じなのがこっちにも伝わってくるもん。お互い随分と相手に詳しくなったよね」


 笑い合い、繋いだ手を上機嫌に少し振る結人と政宗。二人は三年間を過ごした学校と別れを告げて駅通りを歩み、政宗の自宅へと向かっていた。


 理由はもちろん――性同一性障害であることを、両親に告白するため。


 駅通りを道沿いに植えられた桜の木も満開だった。歩む結人と政宗に影を落とし、見上げれば木漏れ日が宝石のようにキラキラと輝く。


 ほんの少し暖かくなってきた気候も含め、心地よいに春の一日だった。


「確認なんだけど両親への告白を終えたら魔法で女の子の体になっちまうわけだけど……そこに関しては秘密にしとくのか?」


「うん、ちょっと時期をずらしていけそうなタイミングで教えるつもり。ただでさえ息子が娘でしたっていうのも驚きなのに、体が女の子になりますって……それは流石についていけないよね」


「まぁ、確かにそうだな。それに多少体の変化があったって大学進学で実家を離れるわけだし、しばらくはそれが時間稼ぎになるか」


 結人はそう納得しつつ、拭えない疑問を頭の中で転がす。


(とはいえ、女の子になったことをどう説明するんだろう……? 魔法って正直に言うのか、それとも性転換手術したことにするのか)


 その部分に関しては後回しにするのだから今は考える必要はないのだが、結人は魔法という突飛な現象が絡むだけにちょっと気になった。


「それにしても、魔法を使ったらどれくらい姿が変わるんだろう。多分、今の政宗と一緒にいられるのは今日が最後なんだもんな」


「ボクが女の子として生まれていたもしもの可能性を辿って体を再構築するらしいから、大きく容姿は変わらないと思うよ。血縁関係も両親と繋がったままらしいし」


「そうなのか、なら安心だ。でも、俺にとって初めて好きになった政宗は今の姿だから、ちょっと別れるのに寂しい気持ちがある。それは間違ってるのかな?」


 結人はそんな言葉と共に立ち止まり、政宗も遅れて足を止める。


 桜の木が生み出す影の下、木々の揺れる音を聞く。風に流されて遠くへ消える花びらを見つめ、結人は複雑に渦巻く自分の感情に対する正当性を見失っていた。


 そんな結人に政宗は目を細めて笑む。


「この体で君と出会ったんだもんね。思い出も沢山染みついている。初めてキスしたのだってこの体なんだ。辛いことを沢山受け止めてきたけど……それ全部を愛せちゃうくらいの記憶が刻まれてる。ボクもね、実はちょっとだけこの体と別れるのは寂しいんだ」


 政宗は魔法少女の契約を終了し、願いが断たれたことで一度は結人と今の体のまま歩んでいくことを決心した。これも悪くない、と本気で思えた。


 しかし、結人がアイリスとなってマナ回収を始めたことで事情は変わった。願いが新しい魔法少女に引き継がれ、失われた夢が息を吹き替えしたのだ。


 最初は喜んだ政宗だったが、一度は受け入れた自分の体に手の平を返すような気持ちを感じていたのも事実。


 だけど――それでもやはり政宗は一人の女性として、結人の隣にいたいと思った。前に進みたいと、思ったのだ。


「今のままでもきっと結人くんは愛してくれる。でもね、ボクは身も心もちゃんと女の子として君と生きていきたいんだ。だから、どんなボクでも好きでいてね」


 ギュッと目を閉じて笑う政宗の言葉。


 結人は政宗の求めるものに対する答えとして――そして、今の政宗と別れを告げる意味も込めてその身を抱き寄せた。


 新しい日々へ進むにあたって、その体の感触を記憶に刻みつけるようにギュッと――結人は政宗を抱き続けていた。


         ○


「あら。おかえり、政宗。結人くんもいらっしゃい」


 政宗の自宅にて、我が子が帰宅した扉の音に気付いてリビングの方から母親が顔を出した。


 式が終わって先に帰宅していた政宗の母親は、今日までに何度か遊びにきている結人を微笑みと共に迎えた。


「二人共、卒業おめでとう」


「ありがとうございます! あと突然押しかけちゃってすみません」


「別に構わないわよ。政宗の友達なら大歓迎だから。三年間仲良くしてくれてありがとうね」


「あ、いえ。それはこっちのセリフです。俺――あ、僕も政宗との三年間は楽しかったですから」


 世間話を交わす結人と政宗の母親。そんな二人を他所に政宗は真剣な表情を浮かべて機を伺っていた。


 そして、二人の会話が一段落した時を見計らい――、


「お母さん、ちょっと話があるんだけどいいかな? できればお父さんにも聞いて欲しいんだけど。もちろん、結人くんも一緒に」


 突如として切り出された政宗の言葉に、母親は不思議そうな表情を浮かべた。

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