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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第七章 魔法少女は少女を目指した
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第三話「魔法少女は少女を目指した」

「今日はこんなもんにするか! リリィ先輩はもっと頑張ってたのかも知れないけど、俺は毎日これくらいのペースが限度かなぁ」


「夜九時……! 休憩挟んでたとはいえ放課後からこの時間まで……ボクが魔法少女やってた時はこんな時間まで活動してなかったよ!」


 うーんと伸びをして活動終了を告げたアイリスに対し、政宗は時計台で時間を確認して唖然としながら言った。


 場所はかつてリリィとローズがマナ回収を終えると決まって集合していた公園。特に政宗が教えたわけではなかったが、活動終了を決めたアイリスは自ずとこの場所を訪れていた。


 もしかすると夜、この場所にいる自分のイメージがアイリスの中に残っていたのかも知れない。


 さて、この時間までマナ回収に同行していた政宗。いつぞやの結人のようにただ一緒にいただけではあるが、経験者の立場から懐かしい感覚を楽しんだ。


「それにしても一人じゃないってのはいいもんだなぁ。マナの反応を探している間、喋ってられるのは退屈じゃなくていいよ」


「あ、それはボクも魔法少女やってた時に思ったかなぁ。……でも、アイリスちゃんはマナのセンサーどうなってるんだろうと思ったけど、そういう風になってるんだね」


「アホ毛がアンテナみたいに出てるんだよな。もっと格好いい感じでマナを探れればいいのにとは思う」


 アイリスは見上げながらぴょんと飛び出したアホ毛を掴む。


「それにしても毎回犯罪に立ち会うってのは結構気が滅入るもんだ。普段からあんな銀行強盗とかデカい事件と関わるわけじゃないけどさ、万引きとかは毎日結構な数だ」


「そうだね。ボクもそれに関しては最後まで慣れなかったよ。でも、結人くんがマナ回収に同行してくれたから助かったけどね」


「俺、毎日のようについていってたんだよな。迷惑じゃなかったのか?」


「アイリスちゃんはどうだと思う? ボクが毎日ついていきたら迷惑?」


「あー、それほど心強くて楽しいことはないかな。……いや、でもこの恰好を毎日見られるのはちょっと抵抗あるかも」


「あはは。なるほど、そこはボクと違ったね」


 現時点で数時間を一緒に過ごすも未だに自分の恰好を見られることには慣れないようだった。


 互いに話し足りなさもあったのか、園内のベンチへ腰を下ろす。


「ねぇ、アイリスちゃん。魔法少女になってるってどんな感覚なの?」


「……ん? 政宗だって魔法少女をやってたわけだろ?」


「それはそうなんだけど、似てるようでボクとは事情が違うみたいじゃない?」


 政宗の問いかけにアイリスはピンとこない表情を浮かべる――も、すぐに意図を理解し腕組みをして思案顔。


「実は俺が魔法少女をやってる理由の中には、身も心も男の俺が女の子の体になるとどうなるのかって疑問を解消するのもあったんだよ」


「それってつまり、性同一性障害の疑似体験だよね?」


「そういうことだ。……ただ、実際には疑似体験できてないよ。嫌だと思えば変身を解除して正しい性別に戻れちゃうからさ、俺は政宗の気持ちを理解したなんて言えない。だから、お前の気持ちを探れるんじゃないかって目的は正直達成できなかった」


 アイリスは自分の手の平を見つめ、落ち込んだトーンで語った。そんな手を政宗は握り、慈しむように笑みを浮かべる。


「でも、理解しようとしてくれただけでボクは嬉しいけどね」


「気持ちだけならいくらでもあげられるよ。でも、俺はお前が抱えてきたものにもっと近くで寄り添いたかった。そして、それが魔法少女になったくらいでできると思ったのは……ナメてるよな」


「そんなことないって。それにさっきからずっとマジカル☆アイリスである姿を慣れなさそうにしてたり、見られることを恥ずかしがってる。もしかしたら通じる部分があるのかも知れないよね」


「確かに違和感は半端じゃないな。まさか人生でスカートを履くことになるとは思わなかったし、体を動かした時に触れる胸の感覚や喉から高さの違う声が出ること……全部自分の持ち物じゃないみたいだ」


「その感覚を持ってくれただけでボクは理解者を得られた気分だよ」


 報われる言葉をもらってアイリスはきょとんとした表情で政宗を見る。

 すると瞬間――政宗はアイリスへと身を寄せ、唇を重ねた。


 予想していない行動を受けてアイリスは終始、目を見開いたままで……やがて唇を離した政宗のはにかんだ表情をボーっと見つめるしかできなかった。


「……いやいや、政宗! 確かに俺は結人だけど、今はマジカル☆アイリスだ。これだとお前は同性間でキスしたことになると思うけど……それでいいのか?」


 狼狽して語る結人だが、政宗は触れていた感覚を確かめるように唇をなぞり、ふふっと笑う。


「お、おい、政宗!?」


「キスした感覚もちょっと結人くんとは違うかも知れないね。……へぇ、これが女の子とキスする感覚なんだ」


「いやいや、そういうことじゃなくてだな……」


「アイリスちゃんの疑問は分かるよ。でもさ、結人くんだっていつもボクにキスをしてくれる時は男の子相手にやってるんだよ? それと同じことじゃないかな」


「同じかぁ? 俺は男相手にキスしてる感覚じゃないんだけど……」


「ボクもそんな感じ。結人くんという存在を感じるから別にアイリスちゃんの姿でもいけるかなと思ってね。問題なくできちゃった」


 楽しげに笑う政宗を見つめ、アイリスは引き攣った表情で言葉を失うのみ。付き合いたての頃はキスをする度、耳の先まで赤くしていた政宗も随分と慣れた感じだった。


「……お前、すごいなぁ。俺がどんな姿でも構わないってことかよ」


「だとしたらすごいのは結人くんの方だよ。これはきっと結人くんの持ち物だし」


 アイリスはピンときていない表情で政宗の言葉を何となく受け止めるしかなかった。


 当然だ。今のアイリスにはリリィと出会った記憶がない。魔法少女の正体が政宗という男の子の体だったと知り、それでも構わず愛せるかという自問自答を行った経歴――それ自体が存在しないのだ。


 最初から性同一性障害の少女、藤堂政宗を選んだ記憶しかないのだから。


「なぁ、政宗。去年の今頃に俺はリリィ先輩と出会って……そして告白した。そこから一緒にマナ回収をするような関係になったんだよな?」


「そうだね。今とは真逆の立場で放課後を過ごしてたよ」


「でも、もっと前に……リリィ先輩は身を挺して俺をトラックから守ってくれた。それが本当のファーストコンタクトだったってメリッサから聞いたんだ」


「うん。ボク自身は色々とやってきた人助けの一つだとしか思ってなかったけど、結人くんはその時の記憶をずっと覚えてた。だから、ボクと出会えたんだよね」


 アイリスは政宗の言葉を聞く度に沈んでいく心模様が表情に現れる。


 ――リリィとの記憶を手放したこと。


 それは政宗への想いの証明として彼女にもう一度恋心を抱かせるきっかけとなったが……しかし、共有していた思い出を失くしてしまったのは事実。


 だから、覚えていないということが悔しくてアイリスは握った拳を震わせる。それを一瞥し、政宗は穏やかに微笑む。


「そういえばさ、ボクが結人くんを助けたことってマナ回収とはまったく関係ないんだよね」


「……そうなのか?」


「うん。だって、トラックの運転手は急病で車のコントロールができなくなってただけだから、マナは発生しない。魔法少女によってはそういうのわざわざ助けたりしない子もいるんだって」


「助けられる力があるのに……見捨てるやつがいるのか?」


 信じられないとばかりに瞳を揺らすアイリスに、政宗は懐かしさを感じて嬉しくなる。


「そうなんだよ。でも、ボクは見捨てられなくて助けてた。それを結人くんは素敵だって言ってくれたんだ。それが何よりも嬉しくて……そして、同じ価値観を持ってる結人くんが素敵だなって思った。今の結人くん――いや、アイリスちゃんはどうなのかな?」


 政宗は祈るような気持ちを携え、問いかけた。

 

 身を挺して誰かを助けるリリィの姿勢に憧れた結人はいない。その憧れがないなら、クラブとの戦いで自分の身を投げ出すような真似がまたできるかと言われれば分からなかった。


 でも、アイリスは語ったのだ。

 話に伝え聞くリリィに、憧れる気持ちがあると――。


「今の俺にその時の記憶はないけどさ……でも、やっぱりそういう高潔な精神には憧れる。誰かを助ける力があるなら――それは困ってる人にこそ与えられるべきだ。なら、やっぱりリリィ先輩は素敵だと思う」


「……そう思ってくれる? そっか、やっぱり結人くんは結人くんなんだね」


 安心した表情を浮かべる政宗。

 それを見てアイリスは決心した表情で頷く。


「魔法少女をやってマナを集めるだけじゃない。リリィ先輩がこの街で魔法少女として誰かのために力を尽くしたような精神を俺も引き継ぎたいよ。記憶にはないけど、聞くだけでも憧れる。マジカル☆リリィみたいな魔法少女を――俺は目指すよ」


 アイリスは立ち上がるとグッと拳を握って決意を露わにする。


 瞬間、政宗は眼前の魔法少女に――リリィの面影を見た気がした。


 記憶には残らずとも引き継がれる想い、それが結人に宿ったことで政宗は失っていたものを少し違った形で手に入れた。


 そして結人もまたマジカル☆アイリスとしてかつてこの街を駆けた少女の背中を追うことで、心の中で彷徨っていた憧れを取り戻す。


 さて、一年前と二人はどれくらい変わっただろうか――?


 関係性が変わり、失ったものもあり、代替するように手に入れたものもある。何歩戻り、どれだけ進んだのか分からないが、それでも二人は歩むことをやめていなかった。



 そして、二人の歩みは重なり――時は二年後、高校三年生の卒業式へと至る。

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