第二話「魔法少女マジカル☆アイリス」
「背は結人くんのままだよねぇ? それでそれで……えーっと、胸はボクがリリィに変身した時よりちょっと大きいかも。何でなの……?」
恥ずかしそうに目線を泳がせる結人――というかアイリスの周囲をぐるぐると歩き回り、まるで検査するようにあちらこちらを観察する政宗。
そんな視線があまりにも耐え難いのかアイリスは顔を真っ赤して下唇を噛む。
「あ、その表情可愛いね。クールで格好いい女性なのに恥ずかしさに耐えてる感じで」
「政宗、お前って意外とSだったりするんじゃないか……?」
「どうだろう。っていうか、喋ってる声の高さは女性のものって感じだけど、声質はそのままかも。ちゃんと成長した男の子が魔法少女になるとこうなるんだ」
結人に恥じらいの表情を浮かべさせられる新鮮さと、魔法少女になっている面白さで政宗は好奇心のまま饒舌に語った。
(まさか引退したあとに後輩の魔法少女が出てくるとは思わなかったなぁ。しかもそれが結人くんだったなんて。なるほど……これのせいで放課後は早く帰ってたんだ)
疑問が解決したことによって政宗は心置きなくアイリスをいじることができた。
「っていうか、誰にも見られてないように警戒してたはずなのにどうして俺がここにいるって分かったんだよ?」
「それに関してはコレが鍵を握ってるんだよ。結人くん……じゃなくてアイリスちゃん」
「あ、俺の生徒手帳。落としてたのか――って、そこはとりあえず置いておいて普通に名前で呼んでくれよ! 俺は俺なんだからさ」
一人でこっそり活動していたためアイリスと呼ばれたことがなかった結人。違和感に身悶えし、まだ慣れないスカートの裾を掴んで俯く。
「分かったよ。それでアイリスちゃん」
「やっぱりお前Sだろ」
「ボクはこれを拾ってどこかで見た光景だなぁって思ったんだよ。結人くんもその辺は覚えてるでしょ?」
「え? ……あー、言われてみれば去年の今頃、俺が政宗の生徒手帳を拾ったんだっけ」
アイリスに変身したからといって失った魔法少女に関する記憶が戻るわけではない。
あくまで覚えているのは政宗の生徒手帳を拾った記憶。だが、それがきっかけでリリィの変身を目撃したことはいつぞやの会話で知っていた。
「そのシチュエーションでピンときたからボクは追いかけてきたわけだね。結人くん、記憶にないだろうけど……ここは魔法少女が何故かこぞって変身に使うスポットなんだよ」
「――そうなのか!? 確かにいざ変身するとなると自然とここへ体が――って、そうだ! 俺、早く助けに行かなきゃいけないんだった!」
アイリスは想起に体をビクつかせ、後ろ頭を掻く。
「あ、急いでたんだもんね。呼び止めてごめんごめん。……で、どこに行くの? もしかして銀行強盗?」
「何で分かったんだ!? そうなんだよ。駅前の銀行が襲われてるって聞いたから変身して駆けつけようと思ってな」
「あの銀行よく襲われるなぁ……。銀行自体に問題があるんじゃないかと思っちゃうよ。とりあえず早く行きなよ。アイリスちゃん」
「だから、普通に俺の名前で呼んでくれよ……。でもまぁ、とりあえずちょっくらピンチを救ってくるよ!」
そう言って路地を形成するビルの壁を蹴って昇り、屋上を足場に銀行の方へと駆けていくアイリス。
政宗はそんな姿を微笑ましそうに見つめ、その姿が見えなくなるとアイリスを追うようにして駅前へと駆け出した。
☆
「いつかのボクみたいに一回は犯人を諭してる……。意味ないんだけど、ドラマの影響なのかついついやっちゃうんだよね。分かる分かる」
政宗はいつかの結人と同じように銀行が見渡せる雑居ビルの屋上へ侵入し、待機する警察の群れも含めて事件の全貌を眺めていた。
魔法少女が介入した時点で解決は確実。なので政宗は平然と事態を観測していた。
銀行の中ではアイリスの説得によって犯人は激昂。持っていた銃を突如として現れた珍妙な恰好の少女に向ける――のだが気付けば背後を取られ、マジカロッドでマナ回収されて事件はあっさりと解決した。
それまで犯人が抱いていた犯罪の原動力たる悪意や憤りは回収され、隙を見つけた警察が突入を敢行――事件は解決となった。
緊迫した空気が流れる現場――のはずだが政宗は、
(やっぱりアレってアイリス☆マジカロッドって名前なのかな? でも、メリッサと契約してるとしたらボクが使ってたやつの流用だよね……?)
先輩魔法少女として事件とは関係ないことが気になっていた。そして、経験者であるため――、
「えらいところから観察してるんだな。見られてるとは思わなかったよ」
と、時間停止で突如として背後に現れたアイリスに驚くこともなく、
「結人くんも昔、ここからボクが銀行強盗と対峙したのを見てたんだよ」
振り返って事もなさげに語った。
「前は俺がここで見てたのか。なんか、因果なもんだなぁ」
「確かにね。そして、銀行強盗への対応があの時のボクまんまでビックリしたよ。本当は記憶があるんじゃないかって思ったくらい」
「記憶はないけど、メリッサからリリィ先輩がどんな魔法少女だったかは聞かされてるからな。もしかしたらその影響かな?」
「へぇ……先輩って呼んでくれるんだ? 悪くない心がけだね」
アイリスの殊勝な態度に気をよくしたのか、ふんぞり返って満足げな政宗。
「まぁ、ちょっと面白がって呼んでる部分はあるけど」
「面白がってるの!? それはちょっと聞きたくなかったなぁ……」
「でも、聞いてる限りリリィ先輩は俺が知ってる魔法少女アニメに出てくるような正義の魔法少女だった。だから、尊敬が籠ってるのは確かかな」
「そっか。まぁ、リリィとして直接先輩面することができないのはちょっと残念だけど……でも、なんか後輩できたのは嬉しいな」
政宗は自分が失ったもの一つであると言えるマジカル☆リリィを受け継いでもらえたように感じ、嬉しそうに微笑んだ。
「――で、アイリスちゃんはどうして魔法少女をやってるのかな?」
「むぐっ! そりゃあ、その質問になるよな……答えなきゃダメか?」
気まずそうに視線を逸らすアイリス。
「そりゃ当然だよ。恥ずかしかったんだろうけど、ボクに黙って魔法少女やってたんだから……そこはきちんと説明してもらわないとっ!」
問い詰めてくる政宗に押され、ぐぬぬと表情を歪めるアイリス。
「長い期間魔法少女やってなきゃいけないだろうから、いつかバレるとは思ってた……思ってたけど、願いは言えないっ!」
「――えぇ!? なんで!?」
「当初の予定はサプライズだったからさ……やっぱり秘密だ! 察してくれ」
「サプライズって宣言したらもう何の意味もないよ、アイリスちゃん!」
手を合わせ、軽く頭を下げて懇願するアイリス。そこまでの態度を見せられては秘密のままを受け入れるしかないと、政宗は腑に落ちない気持ちのまま追求をやめるしかなくなった。
だが――ふとサプライズの言葉に引っかかりを感じる。
(……つまり、ボクのために結人くんは魔法少女になったってこと? だとしたら、もしかして――ボクの願いを叶えるために?)
政宗の願い――性別を転換させる魔法。
それがマジカル☆アイリスの目的だとしたら――?
政宗はそれがどれほど大変な作業かよく知っている。膨大な魔力が必要であり、政宗も何年とマナを貯めて結局叶えるほどの量は回収できていなかった。
やるとなれば膨大な時間を魔法少女の活動に捧げなければならない。ならば、そんな量の回収作業を他人のためにやろうとしているからこそ、アイリスは恩着せがましくならないようバレバレでも秘密にしたかったのだろうと――。
結人の優しさと想いに政宗は聞き出そうと追求したことが恥ずかしくなる。
(そっか……そんな方法でボクは失くしたと思ってた夢を取り戻せるんだ。しかも、それを結人くんが叶えてくれるんだね)
色んな嬉しさがこみ上げて政宗は目頭が熱くなり、涙脆い自分を笑いそうになる。
誰かのために頑張れて、そして体を張る――それはリリィに宿っていた精神。記憶は失くしていてもアイリスへと、叶えるべき願いと共に引き継がれているのだった。