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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第二十四話「とある魔女の幸せ」

「私も多少は責任を感じてるのよぉ? その証拠に警察に捕まった八波からマナ回収したわ。あの子の根幹にある嫉妬心――それが生み出す悪意は取り除いたから、刑務所から出てきても再犯の可能性は低いと思うわぁ」


 退屈そうに語ったジギタリスはキセルを口に含み、そしてふぅっと紫煙を吐き出す。


 ジギタリス宅の応接間にて彼女と向き合うようにソファーへ腰掛けているメリッサは漂う煙をうっとうしそうに手でそれを払う。


「よく責任なんて言葉が出てくるな。そもそも回収するつもりだったマナだろう。それを予定どおり魔法少女から引っこ抜いただけじゃないか」


 怒りを通り越して呆れたメリッサは力ない声で言った。


 瑠璃が素直になれない性格のせいでマナの素になる感情を蓄えていたように――クラブとカルネもそういったものを抱えていたからこそ魔法少女として選ばれた。


 なので、ジギタリスは最初から契約完了の際にはクラブから復讐心、カルネからは嫉妬心を回収する予定になっていた。それを恩着せがましくジギタリスは語ったのだ。


「それでも事実、八波はもうあなたの可愛がってる子達に手を出すことはないと思うわよぉ。なら、別に細かいことはいいんじゃないかしらぁ?」


「いやいや、そういうわけにいくか。それに八波からマナを回収するなら、もっと早くにやってくれればよかっただろう。そうすれば八波が事故を起こすことはなかった」


「それは無理よぉ。私も八波の消息が掴めない日々が続いてた。クラブ――というか三葉が過激にやったみたいでねぇ。八波は簡単に行方を掴めない生活をしてたみたいなのよぉ」


 娘からかなり惨い仕打ちを受けたから八つ当たりとして政宗の背中を押し、その事件で逮捕されたことでジギタリスも消息を掴めた――そういうことなのだと理解しメリッサは渋々納得した。


 ちなみにこの奇妙な魔女の会話は二月十五日――結人が学校に復帰した日に行われている。


 メリッサの要件は八波が起こした事件に関して、ジギタリスにも責任があるのではないかと追及すること。あとはマナの融資を断ったことに関しての文句。


 そしてこの日付を選んだ理由は魔女にとって偶数月の十五日が魔法の国から活動資金が振り込まれる日だからである。


 まるで年金暮らしをする爺さん婆さんのような魔女の生活。そこに関してジギタリスは思うことがあったようで、話題を変える。


「そういえばメリッサ、あなた相変わらず随分魔女としての道を踏み外しているみたいだけど……大丈夫なのかしらぁ?」


「……どういう意味だ? 道を踏み外しているのはジギタリス、お前の方だろう」


「人道的にはそうでしょうね。でも、魔法の国はそう解釈しない。あなた、魔法を人間に与えて喧嘩させたり、魔法少女の集めたマナを全部その子のために使ったり……長い付き合いとしてちょっと心配だわぁ」


「ふん。お前に心配されるようなことではない。放っておけ」


 メリッサは腕組みをして背もたれにドカッと体重を預ける――も、反論しないあたり図星だった。


 実はメリッサ、結人と修司の喧嘩を魔法で応援した件でしばらく活動資金を減額。そしてリリィの願いを叶える際にマナを全て使い切ったことにより、魔法の国にマナを上納する功績が得られず――活動資金の設定金額自体が下げられる可能性もあった。


 ただでさえ一人しか魔法少女を抱えていないメリッサは回収効率が悪かったのに、今回はまさかの上納無し。魔女としての評価にも関わるため、ジギタリスの心配は割と真剣なものだった。


「私達魔女はマナを回収して魔法の国に流す。そして功績に応じて活動資金のランクを上がることでこっちでの生活を潤沢なものにする。そういうシステムのはず。あなた、こっちの世界の言葉で言えばニートってやつよぉ?」


「かも知れんな。そして、お前は沢山の魔法少女を抱える働き者だ。結果として多額の金が転がり込んで人間世界でいい暮らしができているようだしな」


 メリッサは語りながら紫煙が漂う室内を見回す。今使っている応接間一つでメリッサのアパートと同じくらいの面積。


 それだけでもメリッサからすれば驚くべきことだが、ソファーやテーブルに飾られた調度品、その全てにお金がかかっておりジギタリスがどれだけ金を手にしているかは一目瞭然だった。


「豊かな暮らしはいいものよぉ? こっちの世界は魔法の国と違って時間を楽しみで埋められる。捻りっぱなしの蛇口みたいに時間を捨てることがないのは何よりの幸福だわぁ」


「お前の言っていることも分からないではないんだがな。……しかし、私はそういう価値観でこっちの世界に来てるわけじゃないんだ」


「また魔法は困ってる人間のために使われるべきだ、とかぬるいことを言うつもりぃ? 馬鹿馬鹿しいとは思わないのかしらぁ?」


「馬鹿馬鹿しい……お前、本気で言っているのか?」


「もちろん本気よぉ?」


 ジギタリスの返事を受け、メリッサはこれ以上口にすることはないと理解して立ち上がる。だが、そんなメリッサの表情はどこか――満足げだった。


「あらぁ~? もっと苛烈に責めてくると思ったけど……意外とあっさり引くのねぇ。八波の事件も元を辿れば私がクラブとカルネをけしかけたことが原因だって。そう指摘することも出来るのよぉ?」


「当初の目的はネチネチとお前をいじり倒すことだったんだが……それはもうよくなった。お前という魔女がこの人間世界において強欲の限りを尽くし、その利己的な性格を増長させていると思ってたのだが……どうやらそうでもないらしいからな」


「……何を言ってるのかしらぁ?」


 メリッサはジギタリスの訝しむような表情と言葉を無視して応接間から廊下への扉を開き、その敷居をまたぎながら振り返って語る。


「ウチの魔法少女の願いにマジカロッドのマナ全てを使ったとは一言も教えていない。おそらくお前は私の電話を受けて気になったんだろう。時間停止の中でも魔女は動ける――つまり、お前はあの病院で全てを見ていた。そうだろう?」


 自分はボロを出したのだと、理解が深まっていくにつれて見開いた瞳を震わせていくジギタリス。そんな彼女を見てメリッサは嫌味っぽく笑む。


「いざとなれば足りない分のマナを分けてくれるつもりだったのかな?」


「ち、違うわよ! 私はメリッサ、あなたに――」


「まだまだ欲の皮は張っているが、しかし――お優しいことじゃないか」


「待ちなさいっ! 話を――」


「――それじゃあな」


 メリッサはひらひらと手を振ってジギタリスの言葉を遮るように扉をバタンと閉じる。


 常に優位な立場にあって余裕たっぷりなジギタリスだが、いつもメリッサにマウントを取るべく悪手を打ち、結局――こうして最後に詰めの甘い部分を突かれるのがジギタリス。


 扉の向こうへと去って行ったメリッサを思ってぐぬぬと表情を歪め、キセルをへし折らんばかりに力強く握りしめていた。


 ――彼女らの腐れ縁において、珍しい光景ではなかった。


        ◎


(……確かに今回は赤字だな。政宗の願いを叶えても結局あの子は幸せになれなかった。それどころか何もかもを失って……このまま終われば、私の尽力も虚しく大損だ)


 自嘲気味に笑いながら持ち前の体力のなさで駅からアパートへへとへとになりながら歩むメリッサ。


 真っ昼間にも関わらず、とんがり帽子に真っ黒な夜のようなローブを身に纏っているためすれ違う人達の視線を一身に浴びていた。


 しかし、彼女は自分が正装していると思っているし、そういった視線にも慣れているため気にした風ではなかった。


 幸い連日続いていた曇り空も今日は晴れ渡っており、温かくはないものの外出にはピッタリの天気。魔法で温度調節を行っているため寒さを感じることなく、メリッサは上がった息で帰路を歩んでアパートは目前となった。


「……や、やっとゴールか。あの程度の話をするためにわざわざヤツを訪ねるものではないな」


 ただ疲れに行っただけのような今日を振り返り、嘆息する。


 ちなみに電話で文句を言わなかったのはメリッサが公衆電話で連絡してくるのを知っているジギタリスが話を引き延ばしてお金を使わせてくるからである。


(は、早く暖房のガンガン効いた部屋で喉をカラカラにしてビールが飲みたい!)


 想像するだけで涎が出そうな光景を思い浮かべ、自分を奮い立たせるメリッサ。アパートの外階段を手すりに掴まりながら一段ずつ昇り、自分の部屋の前へと辿り着く。



 ――そんな時、だった。


 

 メリッサはここまで戻ってくるまでの疲れだとか、ビールを美味しく飲むための屈折した手段だとか――そんな一切が頭から吹き飛び、眼前の光景に瞳を揺らす。


「――あ、メリッサ! どこかへ行ってたの? 鍵がかかってるからビックリしたよ!」


「いや、きちんと戸締りするのが普通じゃないのかよ……?」


「メリッサは普段カギをかけないから外出する時も開けっ放しなのかと思ってたんだよね。ちゃんと戸締まりしてるなんてビックリだよ」


 自分の帰りを待っていたであろう政宗の隣に――結人がいて、そして二人が手を繋いでいたことにメリッサは言葉を失っていた。


 報われたような気持ちが溢れ、メリッサはとんがり帽子を深く被ってその顔を二人から隠す。


 しかし、それでも隠し切れない涙が床に零れ、メリッサはとうとう掴んでいたツバを離して泣き顔を晒す。


 そして、安心したように柔和な笑みを浮かべて――、


「おかえり、二人共――よく帰ってきてくれたな」


 と涙に濡れた声を厭わず口にした。


「メリッサが帰ってきたのにおかえりってどういうことなの?」


「……細かいことはいいだろう。それよりも今日は飲むぞ! こんなにめでたいことがあったんだ。飲まずにはいられないな!」


 メリッサは政宗が取り戻した幸せを自分のことのように喜び、人間の世界へやってきたことの意味を噛みしめていた。


 魔女メリッサにとっての幸福とは――この人間世界で美味い酒を飲むことなのである。


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