第二十三話「世界は相変わらず日常を描く」
「あらあら~、お二人さんひさびさにバカップルっぷりを見せつけててくれちゃって~! 朝から仲睦まじいわね!」
結人と政宗が手を繋いで登校してくると、校門前に停まった高級車から降りてきた瑠璃が口元に手を当ててニヤニヤとしながら言った。
二月十五日――退院の翌日から結人は学校に復帰。政宗と待ち合わせて一緒に登校してきたのだ。
「退院明けから容赦なくイジってくるなぁ。でも、なんか戻ってきたって感じがする」
「でも、退院おめでとうって素直に言わないところが瑠璃ちゃんっぽくてなんかいいね」
日常との再会に結人と政宗は顔を見合わせ、穏やかな笑みを揃えた。
そして――、
「高嶺さん、後ろからついてきてるオマケこと僕も忘れないで欲しいな」
いつもの涼しそうな表情のまま、しかし目の前のバカップルへの毒を忍ばせる修司。
電車通学であるため結人と修司は駅から学校までは必ず同じになる。そのため、人目をはばからない迷惑なバカップルを眺めながら登校する羽目になっていた。
「自分をオマケ呼ばわりするくらいなら時間をずらして登校したらいいんじゃないかしら……?」
「考えたことはあるけど、それをしたら負けかなって思うんだよね」
外国人風に肩をすくめる修司。それ以上返す言葉もなく瑠璃はジト目で彼を見つめた。
それから――久しぶりでありながら昨日まで一緒だったかのように四人での会話は弾み、下駄箱から校内、教室の前までを談笑しながら歩む。
そして政宗と修司が自分の教室に荷物を置き、ホームルームまでの時間を結人達のクラスで過ごす。そんな日常的な光景が自然と再現される。
結人は無事に退院して登校してきたことをクラスメイト達に祝福されながら自分の席に着いた。久しぶりに座った椅子の感覚にホッとしながら、周囲の視線を盗んで結人はソッと机の中へ手を差し入れてみる。
そして、手を振って中を探る――も、何かが触れる感触がなく嘆息した。
すると――、
「引き出しにチョコ入れてる女子なら一人もいなかったわよ」
「な、な、な、何がだよ――!?」
心の中を読んだような声がかかり、体をビクつかせる結人。瑠璃を見ると片肘をついてニヤニヤと笑っていた。
「あんなに可愛い彼女がいても期待しちゃうものなのね。やだやだ、男って不潔だわ~」
「そ、そんなんじゃないって。教科書とか置きっぱなしにしてなかったかなって……」
「座った途端、きょろきょろとしだしたじゃない。言い訳はできないわよ」
「お前、俺は病み上がりなんだぞ……? ちょっとは手加減してくれよ」
「あらあら、昨日はきっと政宗とバレンタインデートと洒落こんでイチャイチャしっぱなしだったんでしょ? だから、てっきり元気なのかと思ってたわ」
「お前が『あらあら』って言うとそこからロクなセリフが続かねぇな……」
瑠璃にジト目を向けながら、結人はなるべく平静を装って机から手を引き抜いた。
(政宗や修司も結構チョコ貰ったって聞いたから、もしかしたら不在だった俺の机の中にも一つくらいはと思ったけど……義理の一つもねぇのか)
無論、政宗からチョコをもらっているので結人に悔しい気持ちなどない。……ないのだが、二人のモテ具合にちょっと妬けてしまうのも事実。
(何を欲出してんだ、俺は。生涯、俺は政宗にだけモテればそれでいいんだからっ!)
邪念を振り払うように首を振る結人。するとそこに――、
「うわぁ、結人くんと瑠璃ちゃんが並んで座ってる! この光景を見るのも本当にひさしぶりだよね!」
「僕としては席が空いてて都合がよかったんだけどね。まぁ、無事退院したことが何よりもおめでたいよね。ようやく日常が戻ってきた感じだ」
自分達の教室で荷物を置いてきた政宗と修司が合流し、いつもの四人が一堂に介した。おおよそ二カ月ぶり、四人にとっての日常的な風景がそこにはあった。
「何の話をしてたの? なんか盛り上がってるように見えたけど」
「政宗にはあれが盛り上がってるように見えるのか……」
「何の話をしてたかですって? それはねぇ、バレンタインに密かな期待を抱いている誰かさんが――」
「――やめろっ! そんなことバラしてお前に何の得があるんだよ!」
「えらく焦っちゃって……。ふふ、困るようなことをするのが悪いのよ」
身を乗り出して抗議する結人を瑠璃はしたり顔を浮かべ、あしらうように手を払う。
「瑠璃ちゃん、結人くんはどうしてこんなに取り乱してるの?」
「佐渡山くんはね、政宗っていう可愛い彼女からチョコを貰っておきながら、誰かから義理でもチョコが入ってないかなぁ~、なんて期待をしながら机に手を入れてたのよ」
「えぇ!? ……そうなの、結人くん?」
不安そうな表情を浮かべる政宗に、結人は落ち着かない身振り手振りをしながら弁解を始める。
「あ、いや、その……少し期待しちゃっただけだぞ? 変な意味はないからな? ホント、俺にとっては政宗のチョコが世界一っていうか? でも、男として……そう、お前の彼氏としてのステータスを示すべくチョコが入ってるかを確認したまでで!」
「なんだい、佐渡山くん。チョコレートが欲しいなら分けてあげようか? 昨日、山のようにもらってしまってね。まだ家に持ち帰れていないチョコがダンボール一箱分ほどあるんだよ」
「嫌味かお前は――って言おうと思ったけど、純粋な好意が伝わってくる爽やかな表情だな!」
涼しい顔でさらりととんでもないことを語った修司に、結人はちょっと妬けるものを感じながらもホッとしていた。
(学校に復帰した初日から手加減なくいつもどおりだなぁ……。正直、平穏な病院のベッドがちょっと恋しいかも)
そんなことを考える結人だが、久しぶりの感覚に身を置いて表情は緩んでいた。
一度は死の運命を歩み、大事な記憶も自覚がないまま失い、そして政宗との関係も知らぬうちに危うくなっていた。
しかし、結局は元の日常にスッと溶け込むよう戻ってくれたことに結人は幸福を感じ、穏やかに笑むのだった。
「――で、結人くん。ボク以外からもチョコが欲しかったっていうのは本当なの?」
「むっ! その話は何だかんだで流れたわけじゃなかったのか!?」
☆
(ボク達の日常に戻ったって感じ。……でも、ボクはまだ今回の一件でやり残したことがある。それをきちんと消化してやっと終わったって言えるよね)
昨日、結人にきちんと秘密を告白し――そして、恋心を取り戻したことで政宗は精神面を大きく回復させていた。
だからこそ、瑠璃に対して隠していることも明かしておこうと思ったのだ。
(ボクが魔法少女じゃなくなってること。そして、本来の願いを捨てて結人くん運命を変えたこと……それを瑠璃ちゃんにはちゃんと伝えておきたい)
そう思い、政宗は授業合間の休憩時間になると瑠璃を教室から連れ出し、屋上へとやってきた。
二月の外気は身震いするほど冷え込んでおり会話をするには向かない場所だった。だが、それが逆に人気のなさを作っていて好都合だった。
そして――政宗は自分がもう魔法少女でないことを告白。そして、そこからの葛藤や不安定だった自分のエピソード、話せる全てを瑠璃に伝えた。
――ただし、自分の恋心を代償にしたことだけは除いて。
すると瑠璃は政宗が予想したとおり――、
「――はぁ!? アンタは本当に……どうしてそう自分が犠牲になればって考えるのよ? 佐渡山くんのことは急を要したのかも知れないけど……それでも相談しなさいよ!」
――と、怒りを携えて問い詰め、政宗はたっぷりと叱られた。しかし、最後には苦労を思って一緒に泣き、ギュッと抱擁してその苦悩をねぎらった。
高嶺瑠璃は他人のために怒ることができる人間である。だから政宗は彼女と親友になれて、今もその関係は継続していた。
こうして――政宗と結人の大事なものを失くし、最後には同じ形へと戻った破壊と再生の二カ月、その物語は幕を降ろす。
ただ、一つだけ瑠璃には語らなかった秘密――代償に捧げた恋心は、結果として苦悩さえも愛しく思えて宝物と言える思い出としてピリオドを打てた。
だから、結人と二人だけの秘密として――大事にしまっておくことにした。
読んでいただいてありがとうございます!
明日で第六章完結となります!