表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
127/135

第二十二話「普通の少女と普通の少年」

「ボクがやってた魔法少女はね、その職務を全うすることで一つだけ願い事を叶えてもらえるんだ。だからね、願いが叶う時は魔法少女じゃなくなる時なんだ」


「魔法少女を終える時に願い事が叶う……。つまり、すでに何かが叶ったあとってことだよな。それってもしかして……?」


 結人の恐る恐るといった風な質問に、政宗は困った笑みを浮かべて首肯する。


「うん、そう。そもそもボクの願いはこの体を女の子にすることだったんだけどね。でも、そんな夢を捨ててボクは君が生きる未来を願ったんだ」


「嘘だろ……? お前にとってその夢は……その夢は!」


 一度は手に入りかけた()()を諦める苦渋。それが容易く理解できるからこそ、結人は思いに押し潰されてそれ以上何も言えなくなる。


 そんな彼を見て、物悲しそうに――しかし、どこか穏やかに政宗は笑む。


「しかも、それだけじゃないんだ。結人くんの死の運命を救うためにはボクの魔法少女としての働きじゃ足りなかった。だから、足りない分を埋めるために……ボクは結人くんを好きだっていう気持ちも差し出したんだ」


「そう……なのか? じゃあ、俺が目覚めた時には?」


「うん。ボクは君にときめく気持ちも持たず、ずっと傷付けまいと恋人のフリをしてたんだ」


 結人は瞬きをすることも忘れて瞳を震わせる。その視線が耐え難くて、政宗は申し訳なさそうに目を伏せた。


 リリィのことを忘却していた結人に対して、政宗は恋心を失っていた。互いに喪失を抱え、しかしいつもどおりの日常を送っていた偽りは剥がされ、凄惨な現実が明らかになる。


「政宗、お前は俺のために――俺の命のために……何もかもを差し出したのか? 俺はお前に手に入ったはずの普通さえも……消費させちまったのか?」


「ごめんね。責めるつもりで言ってるんじゃないんだ。ただ、ボクが今日までに失ったものを理解した上で話を聞いて欲しいんだ」


 結人は自分が政宗の何もかもを壊してしまったように事実を受け止めた。そのせいで表情は錯乱の一歩手前を堪え、自責の念に押し潰されそうになっていた。


 政宗はそんな結人の手を取って両手で包み、まっすぐな眼差しで彼を見る。


「ボクにはね……もう何もないんだよ。もう、ずっとこの男の子の体で生きていかなきゃいけない。魔法少女になって女の子のフリをすることだってできない。もう――この藤堂政宗の姿で一生を過ごさなくちゃならないんだ」


 火傷するほどの熱を持つ現実へ敢えて触れて。口に出した政宗は向き合った事実の辛さで涙をぽろぽろと零し、重ねた手の上に落とす。


 まるでシーソーのように、結人は冷静な気持ちを取り戻していく。目の前で自分の好きな人が泣いていることに、心配を携えて――。


「でも、ボクが失くしたものの中で一つだけ……一つだけ、取り戻すことができた。あの時と同じものを手にしたわけじゃないけど、でも――ボクは欠けた場所にピッタリはまるピースを手にしたと思ってるんだ」


 決心した表情を浮かべ、顔を上げた政宗。夜景の輝きを受けてキラキラと宝石のように輝く雫が頬を流れた。


 感情の放流は政宗が過ごした日々を物語る。

 苦悩と絶望が報われていくような美しい涙だった。


 そして、政宗は抱えてきた孤独が導いた気持ちを告白する――。


「結人くん――ボクは君が好き。初めて君と気持ちが通った夏祭りの日、あの時と同じ恋心じゃないかも知れないけど……ボクはもう一度、君に恋をしたんだ。そして、今日までの思い出がまた色付いたんだ。本当によかったって……心から思えた」


 政宗の幸福にはどうしても不幸の影があって。だから、幸せを語る声は涙に濡れ、耐え難いほどの苦悩が背景を彩る。


 それでも――こうして今に至れたのなら、その全てを愛せる。

 政宗は憧れ、渇望していた幸福を全身で享受していた。


 だから――、


「こんなボクでよかったら、好きなままでいてくれないかな? ずっと変わらないボクを、変わらず好きでいてくれないかな? もう何にもなれないボクを――君のものにしかなれないボクを、受け入れてくれないかな?」


 政宗は身を投げるような思いで結人へと問いかけた。


 自分が願いを失い、一度目の恋心を失ったことは明かした。もう何もないと――全てを吐き出して、それでも自分を選んでほしいと。


 それは、自身を篩にかける行為。政宗の当たって砕けるような告白を受けて――結人は眼前の少女と同じく涙を流し、表情は何かを堪える。


「……どうして結人くんが泣いてるの?」


「だってさ、政宗が苦しんで、悩んできたことの全てを知らずに今日まできたんだ。俺のために全てを捧げて――そして失ったことに寄り添ってやれなかったのが悔しいんだ。お前が悲しんでいたこと全部が――自分のことのように悲しい」


「……やっぱり結人くんは優しいね。相変わらずだよ」


「優しいのはお前の方だよ。何もかも差し出して俺の命を守ってくれたんだろ? 誰かのためになりふり構わないその姿を、俺は心の底から尊敬するよ」


 結人の言葉があの人重なり、政宗は胸の中がカッと熱くなるのを感じた。


(やっぱり結人君は誰かの優しさを素直に素敵だって言えるんだね。君がそう言ってくれるから、ボクの自己犠牲は安易な等価交換に留まらないんだ)


 政宗の中で失われていた自尊心が回復していく。

 人の輪で生きる政宗なりの普通を取り戻していく。


 そして――、


「……何もないなんて言うな。俺を好きだって言ってくれる政宗がいるだけで十分だ。お前が魔法少女じゃなくなったとして、女の子になる未来がなくなったとして――それだけのことじゃないか。俺の記憶にあるのは政宗、お前だけなんだから」


「それだけのことって……また言ってくれるんだ。初めて告白してくれた日みたいに」


「ああ、それだけのことだよ。俺は政宗――お前がいいんだ。どうなろうと俺は今の政宗を選ぶ。だからさ、これからも俺のものでいてくれよ」


 結人の言葉に政宗は抱いていた不安感の一切が取り除かれ、幸福に導かれて目をギュッと閉じて笑む。


 そんな表情を真似するようにして結人は笑い、そしてぶつけ合った想いの高ぶりが行き着く先として二人は身を寄せ、キスをした。


 瞬く星屑のような夜景をバックに、重なり合うシルエット。


 政宗はいつぞやの義務的な口付けとは全く質の違う、気持ちの高ぶりをぶつけ合い、羞恥心に身をどっぷりと浸けるような体の火照る、甘い幸福感に包まれる感覚を伴って永遠のような刹那を過ごした。


 そしてゆっくりと離れる唇。

 恥ずかしそうに逸らしながらもぶつかる視線。


 政宗は疑う気持ちの一切もなく、確信した。


(……ボクは恋してるんだ。結人くんのことが好きで好きで仕方ない。嬉しくなっちゃうな。こんなにも幸せな気持ちをボクは好きな人と重ねてるんだ)


 偽りを越えて、手にした真実を胸に。

 政宗はカバンからあるものを取り出す。


 それは本来であれば政宗にとって逃げの一手。

 しかし、気持ちを通わせたことで意味を変えた――政宗の本命。


 二月十四日、バレンタインのために用意した手作りのチョコを政宗は躊躇いがちに視線を泳がせながら――しかし、最後には愛しそうに結人を見つめて手渡す。


「……これ、ボクの気持ちだよ。受け取ってくれないかな?」


 目を丸くして結人はチョコを受け取り、気恥ずかしそうに頬を掻きながら、


「そういえば今日ってバレンタインか。俺には縁がなさ過ぎて忘れてたよ」


「あはは。ボクにとっても今まで縁のない日だったよ」


「でも、生まれて初めて俺にとって大事な日になった。女の子からこうしてチョコ貰うのなんて初めてだったからさ。ありがとな」


 結人は白い歯を見せて快活に笑い、政宗は呼応して穏やかな表情を返す。


 二人がこうして元の関係に戻れたこと、それはマイナスをぐるっと回ってゼロへ帰結しただけに過ぎないのかも知れない。


 不幸な物語だけを描いて、結局同じ場所へと戻ってくる。以前より失くしたものがあるのであれば、収支はマイナスで終わっているのかも知れない。


 だが、それでも最終的にこうして元の形に戻って新しい一歩を踏み出そうとする。


 政宗の気持ち――溶かしたチョコレートのように心を表すハートの形をして再び固まって。何も変わっていないと他人は言うかも知れないが、本人達だけに見出せる意味がある。


 奇跡も魔法もない道を、今度は二人で歩いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ