第十九話「よく似た二人」
「そういえばスマホも新しいの買わないといけないよな。でも政宗と撮った写真は消えたまんまか。悲しいな」
結人は嘆息を混じらせて言った。
現在二人がいるのはショッピングモール内のCDショップ。結人と政宗がゴールデンウィークにやってきて、好きな音楽を教え合った時を思わせる光景がそこにあった。
「写真は残念だね。その瞬間でしか撮れないからもう取り戻せないもんね」
「そうなんだよな。まぁ、消えちまったら記憶に残すしかないよな。あとは新しい思い出をこれから作っていく。それだけだな!」
今日という日をネガティブに過ごしたくない結人はグッと拳を握って勇ましく語った。
一方で政宗はネガティブに抗いきれず悲しげな表情。それを悟られまいと必死に笑みで上書きする。
(結人くんの方も消えちゃったんだね。ボクのスマホにも結人くんとの写真は残ってない。カルネさんに消されちゃったから。あれ以来、ボクは写真を撮るのが怖い)
存在すれば消えるかも知れない。ならば残さなければいい――と政宗は写真に残す癖を失った。
これもクラブとカルネに刻まれた傷の一つ。
政宗は店の中でも人目をはばからず握っている結人の手を意識。握る手を少し強めて、結人から力を借りる。
二人は店内を回り、ランキング形式で並ぶ新譜コーナーへ。
「政宗に教えてもらってダウンロードした音楽も消えちゃったのか。それに関しては一度買ってるんだし、スマホを新しくしたらもう一回落とせたりしないかな?」
「こういう時はCDが強いよね。ボクは結人くんの聴いてるって言ってたアーティストのアルバム、今でも聞いてるよ」
「ゴールデンウィークだっけ? ここに来た時に買ったんだったよな。まだ聞いてくれてるのか」
「うん。寝る前によく聞いてるよ」
「寝る前に!? あんなやかましいロックで寝られるのか……?」
喜ばしくも共感はできないといった風な結人に対し、政宗は照れて笑いながらランキング一位となっている新譜を手に取り曲リストを見る。
政宗にとってあの時買ったCDは好きな人の趣味だった。
だから、彼の趣向を知りたいと聞いていたのだが、恋心を失ってからは意味が変わっていた。夜、恐怖心と孤独感に苛まれた時、結人という存在が染みついた音楽で気持ちを紛らせていた。だから、力強くやかましい音楽性が逆によかった。
そんな事情を知らない結人は首を傾げるのみ。
でも、政宗はそれでよかった。
(ボクがこっそりと励まされてること。陰で落ち込んでること……それらを知らせる必要はない。ただ、ボクはこうして手を繋いで安心する気持ちを彩りたい。きちんと取り戻して、不安から前に進みたい)
だからこそ、政宗は決心していた。
あの赤信号の横断歩道を越えたことみたいに――。
(ボクは今日、結人くんに秘密を告白する。傷付けることになっても……悲しませることになっても、取り戻したいんだ。沢山のものを失ったボクが唯一取り返せる――その気持ちを)
☆
「なんか、いつか遊んだコースをなぞるような感じで回ったなぁ。他にどこか遊びに行けるような場所あったっけ?」
結人と政宗はショッピングモールから少し歩いた場所にある喫茶店で一息ついていた。
「そういえば前に映画を見た時もここで感想を語り合ったんだよね。結人くん、もの凄く号泣しちゃってさ」
「あ、あの時は政宗も泣いてただろ……! まぁ、今日見た映画にまた二人そろって泣かされたんだけど」
政宗が笑い出し、結人も釣れられて声が重なる。
あれから――CDショップを出た二人はショッピングモール内で洋服をウインドウショッピングしながら過ごした。
可愛らしかったり綺麗だったり、あらゆる人へ向けた女性服が飾られていた。以前の政宗なら羨望の眼差しを向けながらもいつか届く夢として目を輝かせていたのだが――今は手の届かない別世界の代物に見えてしまう。
そんな気持ちに耐えるようにして政宗がまた強く結人の手を握る。すると、結人は察したようにその場から政宗を連れ出した。
二人はそれからショッピングモール内の映画館へ入り、結人が予約していた映画を見た。そして視聴を終え、あの日のように喫茶店へとやってきたのだった。
「もう駄目だって思った瞬間から一気にひっくり返してくる感じ? すごかったよねー」
「鮮やかな伏線回収だったよな。完全に騙されてて、やられたってなったよな」
感想を語れば興奮が再燃し、ついつい饒舌になってしまう二人。そこへ喫茶店の店員が注文の品を届けにやってくる。
政宗には顔が隠れるほど大きなチョコレートパフェ、そして結人にはホットココアとチーズケーキが置かれた。
「結人くん、パフェを注文するハードルはもう乗り越えたのかと思ってたけど……そうでもないの?」
「四人でファミレスにいた時の話をしてるんだな。あの時は数に紛れて何とかなってたというか……。やっぱりまだちょっと抵抗はあるかな」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっとあげよっか?」
「ん? あぁ、それなら少しもらおうかな」
政宗がパフェからスプーンで一すくいして差し出すと、結人はそこへ顔を持っていってパクリと口に含む。
いつぞやと同じシチュエーション――しかし、関係性の変化によって結人は特に動じない。俗に言う「あーん」を受け入れ、政宗は恋心の喪失によってただ淡々と恋人の真似事を慣れた風にこなす。
(いつかのボクだったら付き合ってるくせにドキドキしてたはず。その感覚がない寂しさに阻まれて、今は何も感じない。あの気持ちもやっぱり取り戻したいな……)
決断に寄り添う気持ちが強まっていく政宗。
それからしばらくはスイーツを楽しみつつ、他愛のない話を繰り返す。病院で何度も会っているはずなのに久しぶりな気がして話題は尽きず、笑い声が絶えなかった。
そして、提供されたパフェやケーキの皿が空いた頃、結人が語る。
「このままここでゆっくりして解散ってのも味気ないし、もう少しどこかで遊びたい感じはあるな」
「確かにもうちょっと時間はあるよね。でも、どこかいい場所あるかな?」
提案しておきながら、そう問い返されると困ってしまう結人。悩みながら片肘をついて窓の外を眺める――と、閃きを得たのかすぐに政宗の方を向く。
「あの展望塔、そういえば一緒に行ったことないよな? 何で今まで行かなかったのか不思議だけど……この際だし、どうだろう?」
窓の外を指差し、結人が誘ったその場所――街のシンボルというべき展望塔。夜の闇にそびえるその建物は電飾によって輪郭を露わにし、その存在を主張していた。
リリィとビルの屋上を駆けた二人にとって、街を見下ろした夜景は珍しいものではなかった。だからこそいかなかった場所が真実を告げる舞台になると覚悟し、
「そうだね、行ってみよっか!」
政宗は決心を胸に頷いた。
☆
「すごい眺めだなぁ……。自分の住んでる街が夜になったらこんな顔をしてるなんて思いもしなかったよ」
エレベーターで一気に展望塔の頂上へと移動し、開いた扉の向こう。
広がっていたのは地上に星空を零したように暗闇の中で光が瞬く夜景。結人はガラス越しに一望する風景に感嘆の声を上げた。
一方で政宗は魔法少女だった頃を思い出して少し懐かしい気持ちになるものの、新鮮さや感動は得られなかった。
窓ガラスまで歩み寄って夜景を見下ろす結人の瞳は感動でキラキラと輝いていた。
「夜だからかな、思ったより高い所だっていうのに怖くないな」
「怖くないのはマナ回収の時に散々高い所を移動してたからじゃないの? 確かにあの頃跳んでた場所より高いけど、それでも怖がるほどじゃないよ」
ちょっと大げさだと感じさせる感想を口にする結人に呆れを交えて返した政宗。結人は照れたように後ろ頭を掻いて、それを政宗が笑う。
そんな光景があるはずだった。
しかし、不思議そうな表情で結人は政宗を見つめ――、
「…………マナ回収? 何の話をしてるんだ?」
冗談めかすこともなく首を傾げるのだった。
逆に政宗の方が理解が及ばず、困惑の表情を浮かべる状況。しかし、政宗は重なる光景を知っており心に不安の影が落とされる。
「ぼ、ボクがリリィに変身してた時にやってたことだけど……普段からマナ回収って表現してるんじゃなかったっけ?」
懇切丁寧に説明する政宗。結人の腑に落ちた反応を祈るが、懐疑的な表情が解けることはない。
「おいおい、知らない言葉が増えたぞ!? マナとかリリィに変身って……何のことを言ってるんだよ?」
ふざけている様子もなく純粋な疑問を携える結人を見つめて、政宗は瞳を恐怖と絶望に震わせる。忍びよっていた予感が確信に変わっていく。
「……う、嘘でしょ? 嘘……だよね!?」
信じられないとばかりに口元を手で覆う政宗。
彼女は結人の身に起きた現象を知っていた。
政宗は智田修司から、何度もその反応を受けていたからだ。
だから確信に至り、戦慄する。
――そう、佐渡山結人は魔法少女に関する一切の記憶を失っていたのだ。