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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第十八話「嵐は遠く過ぎ去った」

「はい、これ。バレンタインだし政宗には友チョコってやつ。智田くんには義理チョコを恵んであげるわ」


 二月十四日、ホームルーム前の時間――三人が結人のクラスにて揃うと、瑠璃は待ってましたとばかりにカバンからラッピングを施されたバレタインチョコを二人に手渡した。


 政宗は渡されたチョコを呆然と見つめ、少しの間言葉を失っていた。


「友チョコ……! あ、そっか! 友達同士でもそういうやり取りってするんだっけ!? しまったなぁ……瑠璃ちゃんにあげるチョコは用意してなかったや!」


「別に構わないわよ。あとホワイトデーにお返しをしてくれると政宗的に複雑だし、それも結構よ。でもチョコは受け取っておきなさい」


「う、うん、ありがとう! 来年はボクもきちんと友チョコ用意するからね!」


 政宗は目を閉じて笑み、瑠璃からの気持ちをありがたく受け取ることにした。しかし、一方で修司は女子からチョコをもらった割には淡々とした表情だった。


「あら、智田くん。嬉しそうじゃないわね?」


「ん? これは失礼。気持ちは嬉しいよ。でも、チョコは寧ろ恵んであげるほど貰っててね。増える一方でちょっと困り気味だよ」


 さらりと全男子生徒を敵に回しそうなことを言う修司。


 彼はこの学年では断トツ一位でモテる。すでに机の引き出しやカバンには入りきらないほどのチョコを渡され、放課後や昼休みも呼び出しで過密スケジュールとなっていたりするほどである。


「ふーん。つまりは私のチョコもその有象無象の一つってことね」


「でも、何だか瑠璃ちゃんのチョコは他の人とは一味違いそうな気がするよ」


「そりゃ当然でしょ。世界トップクラスのパティシエを呼んで作らせたんだから。クオリティはそんじょそこらのチョコとは段違いよ」


「ば、バレンタインのチョコ作るためにパティシエ呼んだんだ、瑠璃ちゃん……」


「手作りに変わりないだろうけど、高嶺さん作ではないんだね」


 ふんぞり返って得意げな瑠璃をジト目で見つめる政宗、そして表情には出さないものの呆れた口調の修司。だが二人は内心で世界レベルのチョコを食べるのが楽しみになっていた。


 本来ならばチョコの受け渡しが完了し、この話題は終了。

 そうなるはずだったのだが――、


「しかし、おそらくとは思ってたけど……政宗、あんたあっさりとボロを出したわね」


「え、え……? ボクが? どういうこと?」


 困惑する政宗に不敵な笑みを返す瑠璃。そして、謎の推理披露を始める。


「政宗……あんた私にはチョコ用意してないって言ってた。それってつまり――佐渡山くんには作ってあげたってことねっ!」


 探偵が犯人を看破するかのように政宗をビシッと指差した瑠璃。政宗もノリよく「犯人はお前だ!」と言われたかのように息を飲んで目を見開き、


「す、鋭い――! で、でも……証拠はないはずでしょ!?」


 と、最早語るに落ちているようなセリフを吐く。

 すると瑠璃は分かっていないとばかりに人差し指を振り、


「じゃあ、今から藤堂政宗くんの荷物検査を実施します」


「…………くぅ、言い逃れできない。参りました……!」


 政宗は絞り出すような言葉を吐き、ほぼ無抵抗で観念して一連のコントは終了。


 推理の正当性が認められて機嫌良さそうに笑む瑠璃。そして暴かれたことに苦悶する政宗と、三文芝居を無表情で鑑賞していた修司。


 瑠璃相手ならバレてもそれほど恥ずかしくないようで、政宗は慌てる様子を示さなかった。


 ――ちなみに、政宗のカバンにはクラスの女子より贈られた義理チョコが修司ほどではないが詰め込まれており、荷物検査をされてもカモフラージュは可能だった。


 政宗からすれば同性からチョコを贈られるのは中学時代のトラウマを想起させる出来事。だが、結人との仲が公になっているので本命を贈る者もおらず安心して受け取ることができた。


 ――さて、政宗は瑠璃から暴かれたように結人へのチョコを作っていた。


 しかし、それは結人への好意ではなく、嘘を形にしたもう一つの()()。もし、これからも嘘を吐き続けるなら――結人の知る藤堂政宗を演じ続けるなら、恋人として渡すのが普通。だから作った。


 告白か、嘘か。もう後戻りなどできない運命の日――二月十四日、政宗は今日答えを出す。


        ☆


「いやぁ、やっと出てこられたよ。やっぱり娑婆の空気ってのは美味しいもんだなぁ」


「まるで刑務所にいたみたいなこと言ってる……」


 放課後、駅で待っていた結人は政宗がやってくるなり軽いボケをかまし、完快したことを暗に示していた。


「とりあえず、まずは退院おめでとう。結人くん」


「ありがとう、政宗。こうしてピンピンしていられるのもお前のおかげだよ」


「え、ボクのおかげ……?」


「そうだとも。お見舞いに来てくれたおかげで俺がどれだけ支えられたか」


 結人は明るいトーンで語り、政宗は一瞬ドキッとした気持ちを落ち着かせながら愛想笑いをする。


(ボクが魔法で結人くんを助けたの、バレてるのかと思った……!)


 以前も同じ勘違いに陥った政宗。何気ない彼の一言へ過敏な反応を示していた。


 ちなみに結人が今日退院することは瑠璃と修司も知っている。


 だが、瑠璃は恋人同士水入らずのため気を遣ってこの場にはやってこず、修司は本命チョコを受け取るタイムスケジュールを今も分刻みでこなしている。


 そんなわけで今日は結人が望んだとおり政宗と二人きり。

 そこには結人なりの想いもあり……、


「俺さ、ちょっと気にしてたんだよな。政宗の誕生日を一緒に過ごせなかったこと。大事なイベントだったはずなのに、俺ってば眠ってたから……」


「そ、そのことなら気にしないでよ! それに結人くんが目覚めたのってボクの誕生日なんだよ? それが最高のプレゼントだったんだから気にすることないよ!」


 無理な笑みを作り、せわしない身振り手振りを交えて語った政宗。

 十二月二十五日の自分を思い出し、チクリと胸が痛むのを感じた。


「そんな日に目を覚ましたんだっけ? ……あ、そういえば瑠璃がサンタを自称しながら病室に入ってきたような。あの時は意識がクリアじゃなかったから、あんまり覚えてないんだよな」


「まだ人工呼吸器がついてて、会話もできない状態だったからね」


「そんな状態から元通りになるって……人間は凄いなぁ。何だか他人事のように感じるよ。自分のことなのにな」


「……そ、そうだね。何だかその気持ちは分からなくないかも」


 痛い所を突かれているような気がして、政宗は反射的に後ろ頭を掻く。


「――さてと。とりあえず、移動するか。まぁ、もう夕方が近いような時間だから特別なことはできないんだけど、そういうイベントっぽいのは瑠璃提案の旅行に託すってことで」


「そうだね。今日はいつもどおり街をぶらぶらしたりする感じでいいよね」


「それじゃあ、まずはショッピングモールの方へ行ってみるか」


 結人はその言葉を合図とするように歩き出し、そのあとを政宗が追う。


 肩からかけたカバン、その中にある結人に渡すためのチョコが常に意識を引っ張り、政宗は結人の目を盗んで深刻な表情を浮かべる。


 ――並んで駅通りを歩く二人。重なりそうに揺れる二人の手は結ばれておらず、どちらからも求めることはなかった。


 そして、二人は歩き連ね――あの場所へと至る。


 結人が轢かれた道。信号は赤を示しており、あの時と同じように立ち止まらなければならない。


 シチュエーションをフラッシュバックさせるように降り始めた雪を見つめ、政宗は湧き上がる恐怖心で人々が信号待ちをする群れから少し距離を取った場所で立ち止まる。


 政宗は目の前で結人が轢かれ、流れ広がる血の上で横たわっていた光景を連想してしまい体が震える。隣にある手を掴み、心を落ち着かせようとする。


 ――だが、それができない。



 あの時、手を繋いでいたから結人は自分を守って轢かれた。



 状況再現への恐怖で政宗は手を握ることができず、俯いて雪が触れては消える地面へ視線を落とす。


 しかし――そんな躊躇いと恐怖、不安感に震える手を結人は優しく握りしめる。かじかんだ手が持ち寄った体温を重ね、温かさが混じり合っていく。


「ごめんな、こんな道は通るべきじゃなかった」


「……結人くん?」


 ぽつりと語り出した声に政宗が顔を上げると、結人は事件の現場となった場所を神妙な面持ちで見つめていた。


 そして――、


「うっかりしてたよ。……でも、大丈夫だ。俺はこうして今、無事でいるし、あの時みたいにはもうならないよ。だから、怖がらなくていい」


 笑みを向ける結人に、政宗はホッとして表情を柔らかくする。


 そして、信号は青になり――二人は手を繋いだまま、歩み出す。あの事件があった、悲しみの染みついた道路を越えて向こう側へと。


 雪が舞い降りる空。

 重苦しい雲に一筋の亀裂が生じ、そこから陽光が漏れ出す。


 あの凄惨な事件は終わり、新しい日々が始まるのだと予感させる輝きに――政宗は自ずと、自分の気持ちが固まっていくのを感じた。

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