第十七話「あの姿でいられたなら」
「おぉ~! 俺が入院してる間にこんなライトノベルが発売されてたのか……! ありがとう、政宗! まさかお前から新しい魔法少女ものの作品を教えられる日が来るとは!」
政宗の差し入れたライトノベル、そのブックカバーを捲って表紙のイラストに目を輝かせながら結人は言った。
一月三十日、日曜日。病室へやってきた政宗は結人を微笑ましく見つめていた。
(まるで玩具を買ってもらった子供みたいな反応……。そんなに嬉しいんだ!)
照れる気持ちもあったのか、政宗は頬を掻く。
「僕が見つけたわけじゃないんだけどね。書店で修司くんとばったり会ったんだよ。で、修司くんが買おうとしてた本を見て差し入れにどうかなって」
「なるほど、じゃあそれは政宗の手柄だ! 修司が見つけたとか関係ない!」
「そうなるの!? ボク、ただ買ってきただけだよ……?」
「なら、やっぱり政宗のおかげだ。……というか、同じ魔法少女フリークとして修司に教えられるのはちょっと許せない」
「そ、そうなんだ……。まぁ、とりあえず喜んでくれたみたいでよかったよ」
引き攣った表情で言葉を返す政宗。一方で結人はブックカバーを元に戻し、パラパラとページを捲って挿し絵の流し見していた。
「あれ、ブックカバーつけるんだ? 本屋さんがくれるからつけてもらったけど、てっきり結人くんのことだから外すのかと思ってたよ」
「自分の部屋ならそうする。でも、ここは病院だ。看護師さんや俺の母親が出入りするから可愛すぎるこの表紙は恥ずかしい」
「そうなんだ。じゃあブックカバーつけてもらって正解だったんだね」
「ちなみに修司は俺と真逆で他人に見られることは厭わない派だ。俺もその部分ではあいつを認めてたりする」
結人は文庫本の最後数ページを流し読みしながら言った。ライトノベル読みに一定数存在する、あとがきから読む派だった。
「結人くんと修司くんは本当に魔法少女好きだよね」
「まぁ、魔法少女抜きで俺という人間は語れないからな。ずっとこの先も魔法少女を愛し続けるに違いないよ」
「そっか。結人くんは……そうだよね」
政宗は嬉しそうに――そして、どこか悲しそうに呟いた。
(結人くんの口にする魔法少女って言葉にはどうしてもリリィが代入される。でも、もうボクは魔法少女じゃなくて……なら、結人くんがリリィに抱いていた気持ちってどうなってるんだろう?)
結人はリリィに抱いていた想いを政宗に傾けるのではなく、藤堂政宗を別個として見ることで彼女を好きになっていった経緯があるわけだが――、
(でも、二人に百ずつの気持ちを向けることなんて可能なのかな? 実際は百ある気持ちを分けてたんじゃないのかな?)
リリィと同じくらい政宗を好きになれそうだと語ったあの日の結人。そこから彼が政宗に対して積み重ねた想いとはどれほどなのか――?
(魔法少女マジカル☆リリィがいなくなったことで結人くんの気持ち、その内訳が明らかになるのかも。まぁ、どっちにどう配分されてても……今のボクの取り分はゼロなわけだけど)
リリィという肩書きを捨て、女の子になる未来も失った政宗。その現状を知った時、結人の気持ちはどう動き、どこへ寄せられるのか。
結人の記憶にある誰でもない今の政宗には愛される自信がなくて――愛されたいという強い願望も持てなくて、しかし途方もない不安だけが押し寄せる。
――あの気持ちを取り戻せなかったら、どうなってしまうのか?
絡みつく不安が呼んだのか、政宗はぽつりと問いかけを零す。
「結人くんは……ボクのこと今でも好きでいてくれてる?」
「ど、どうしたんだよ? 当たり前だろ。俺は政宗のことが好きだよ」
不意に刺すような言葉が向けられ、体をビクつかせる結人。
「ボクが君の望む姿じゃなくなっても? あるはずだった未来を失っても?」
「何を言ってるんだ……? でも、お前がどうあろうと俺は好きになれる自信があるよ。どうしたんだ……もしかして俺、不安にさせるようなことしてたか?」
「ううん。そうじゃないよ。ただ、ちょっと言葉として聞きたかっただけ。ごめんね」
ごまかす笑みでそれ以上の言葉を拒否。結人の不思議そうな表情を置き去りに、政宗は自己嫌悪する。
(結人くんはそう答えるって分かってた。分かってて言わせた。……それを聞いたら安心できるとでも? それが確証になるとでも? 安心したなら……秘密を明かせばいいのに。でも、何もかも失ったボクがもしも結人くんに愛されなかったら――)
――自分にはあと何が残っているのか?
それは心の声にはしなかった。
告白せず、過去の自分を演じて記憶のロールプレイングに生きる道もある。そんな甘えた可能性に背を預け、しかし政宗は迷い続けていた。
☆
(迷える時間はどんどんなくなっていく。ボクはそれまでに覚悟を決められるのかな? もしくは迷いを引き連れたまま、その日を迎えるの――?)
お見舞いの帰り、政宗は駅通りを一人歩いていた。
ふと政宗は空を見上げる。そこに広がるどんよりとした雲は連日陽の光を閉ざしており、見つめているだけで鬱屈とした感情が重なっていく。
(最近はあの日のトラウマを思い出しても何とかなってる。結人くんにこうして会いにくれば充電するみたいに勇気が注がれるから)
借り物のルーティンによって傷口は麻痺し、それが政宗の気持ちを揺さぶっている。誰にも話せない秘密が自分を孤独にしても、結人から伝わる温かさで支えられれば何とかやっていけるからだ。
それどころか、もしかしたら――こうして結人に縋って辛い過去と抗う気持ち、それに恋心という名前をつけたらそれは案外間違っていないのではないか?
政宗は好都合な解釈に甘えたくなる。
しかし――、
(きっと違うんだ。不幸を埋めてマイナスからゼロに戻る気持ちを恋心なんて言わない。その先へ――プラスに変えていくような気持ちじゃなきゃ、ボクは失ったものを取り戻したとは言えない)
そして、政宗は何となく理解していた。
(ボクはきっと、二月十四日の当日――結人くんと会っているその時にもまだ悩んでいると思う。なら、その時の空気で自ずと選ばされる……それに期待するしかないのかな?)
政宗は奇妙な運命の収束に選択を委ねようとしていた。
決められないから考えることを放棄する弱さもあったが、しかし――そういった状況に身を置き、自身の心を篩にかけなければ見えないものがあるとも思ったのだ。
自分を追い込み、決断させるという選択。
政宗の望む風景には背の高いビルが並ぶ。とある一軒のビル、その屋上に政宗は想いを馳せる。
(もうこの街に魔法少女はいない。あの屋上から街を見下ろすこともなく、そしてボクはこうして地を踏んで歩いてる。空を駆けて街を行くこともない)
かつてあったはずの存在を心のどこかで求め、探す。
政宗にとって魔法少女は、虚栄心の望む先だった。
そして、そんな視線はふと――ある場所に吸い寄せられる。
この街のシンボルとも言うべき展望塔。魔法少女だった頃にはわざわざ利用する必要のない、街並みを見下ろせる施設。その高さと、存在を政宗は改めて理解した。
(奇跡なんてない。魔法も変身も――もうない。ボク自身が決めて、ボクの手で望んだものを手に入れなくちゃいけない。それが、ボクにできるの――?)
手の平を見つめ、それをギュッと握る政宗。
表情は浮かないまま。
いよいよ政宗は決断の日を迎える。
二月十四日――好きな者へ気持ちを示すその日、政宗は迫られた選択に答えを出す。
読んでいただいてありがとうございます!
あまりお話が動いてなくてすみません。
そろそろ動き出します。