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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第十四話「この手を取る資格」

「何だか恥ずかしいところを見せちゃったなぁ。なんか生まれたての小鹿みたいに震えてたよな、俺」


 車椅子を押されて院内を移動する結人は政宗を見上げて言った。


 一月十六日、日曜日――手術した頭からは抜糸が行われ、両手足の骨もギプスが外れたためリハビリが始まっていた。


 お見舞いにやってきた政宗は病室のベッドに結人がおらず、病院のスタッフに問い合わせるとリハビリステーションへと案内された。


 そこで歩く訓練をする結人を目の当たりにしたのだ。


 結人が自虐めいて語ったように生まれたての小鹿を思わせる震えようだったが、日常に向かって再生していく強い生命の意志を政宗は感じた。


「一月も自分の足で歩いてないとやっぱり簡単には歩けないんだね。ボク、骨折したことないからピンときてなかったけど大変そう」


「俺もこんな大怪我したことはなかったからビックリしてる。ずっと寝てたから体が自分のものじゃない感じもあるしな。上手く力が入らないっていうか」


「そうなんだ。でもそういう状態を克服するのがリハビリなんだもんね。頑張らないとっ!」


 ギュッと目を閉じて笑みを浮かべる政宗の励ましに釣られ、結人も同じ表情。


 会話をしながら政宗は結人の座る車椅子を押して院内を進み、共有スペースへと入る。


 この場所は入院患者とその家族が利用できる部屋となっており、テーブルを囲んで談笑するための場となっていた。


 テーブルを囲むように設置された椅子。その一つを取り除いて結人を車椅子のままテーブルに向かわせ、政宗は部屋の壁際に設置された給湯コーナーで温かいお茶を二人分用意して戻ってくる。


 それを二人そろって啜り、ホッと一息。


「リハビリも始まったし、俺もいよいよ退院間近なのかなって気がしてくるよ。もう怪我自体は治ったわけだし」


「そうだね。もう何度このセリフを口にしたか分からないけど、お医者さんが言うには奇跡的――というか医学的にちょっと説明がつかないくらいの回復速度らしいもんね」


「それは俺自身感じてるなぁ。何だか魔法にかかったみたいによくなってるもん」


「ま、魔法――!?」


 結人の一言に政宗は体をビクつかせ、その勢いで口をつけていた湯呑みから想定以上のお茶を口に運んでしまう。


「――熱っ!」


「おいおい、大丈夫かよ!?」


「……う、うん。ちょっとビックリしちゃって。口の中、火傷しちゃったかも」


「大丈夫じゃないじゃん! というか、何を驚くことがあるんだよ……」


 政宗は冷たい水を汲んできて口の中を冷やす。


(ボクが願い事を使って体を治したのがバレてるのかと思ったよ……。あくまで比喩としての魔法だよね)


 安堵で政宗は深く息を吐く。


「それにしても早く退院できるといいよね。瑠璃ちゃんなんか結人くんの退院祝いで春休みを使って旅行しようって言ってるんだよ」


「そうなのか? 旅行か……そいつは楽しみだけど瑠璃は何だか俺の退院を理由にして自分が行きたい欲求を曝け出してるだけな気がするな」


「あはは、修司くんも同じこと指摘してたよ」


「だろうな。そしたら瑠璃がどうせ『何よ、智田くんは行きたくないのかしら?』と言うんだろ?」


「そうそう! 当然、修司くんも旅行には行きたいって言って、しかも旅のしおりを作らなきゃってもの凄いノリノリなんだよね」


 快活に笑い合う二人の弾んだ会話。


 だが政宗は「嘘偽りなく会話を楽しめている自分」を意識してしまい、自然に振る舞えていたはずのやり取りが手動操作に切り変わるのを感じる。


 はしゃぐ自分を客観視して「何をやっているんだろう」と思う気持ちみたく興ざめしていく。


 ――しかし、そんな日々はもうすぐ終わりを迎えるのである。


(結人くんが退院した時、ボクは恋心を失ってる秘密を明かして……そして、彼に受け止めてもらう。そうすれば結人くんはボクに恋心をくれて、何もかもが元に戻る。……そのはずだよね?)


 政宗はそのように考えることで妙に冷めた自分に抗える気がしていた。告白することは心苦しいけれど希望に繋がり、現状を打破する一手となる。


 それは孤独を抱える政宗にとって唯一の救いだった。

 だが――、


(結人くんはもうリハビリを残すだけで体は回復してる。それに精神的にも随分と安定していつもどおりだよね。だったら――本当にボクが告白して救われるのなら……例えば今、この瞬間にでも秘密を明かしたらいいんじゃないのかな?)


 自分で固めた決心。その粗探しの巧手はやはり自分自身で。


 その告白は結人を傷付けることが確定している。あれほどまでに政宗を好いた彼だからこそ、もう一度関係を取り戻すため動いてくれる可能性は大いにあった。だが、それほど想っているからこそ――ダメージも大きいのではないか?


 そう考えると政宗は結人の心を抉るようなことなどできなかった。

 彼への気遣い以上に――自分が耐えられなかった。


(もしかしたら、ボクはそうやって結人くんを傷付けるくらいなら今の方がマシだって……そう思ってるのかも。……ボクは、結人くんを傷付けるために代償を支払ったわけじゃないんだから)


 リハビリを経て再生の一歩を踏み出す結人に対して――政宗は秘密を抱いたまま先行く彼の背中を見つめていた。

 

         ☆


「そういえばさ、ちょっと前に警察の人が来たんだよ。俺が話せるくらい回復したから事件のことを聞きたいってさ。なんか刑事ドラマみたいでビックリしたよ」


 病室へ戻るとベッドの上に身を横たえた結人はふとそんなことを口にした。


「ボクのところにも話を聞きたいってやってきたよ。結人くんが眠ってる間のことだからずっと前だけどね」


 政宗はベッドの傍らに置かれた椅子に腰を下ろしながら言った。


「なんか悪いことしてないのに警察の人がくると緊張するよなぁ。ドキドキしながら話してたよ」


「あー、分かるかも。話してみると良い人だったけどね」


「たしかに人当たりはよかったな。やっぱり緊張したけど。でも聞かれたって満足に答えられないからすぐに話は終わったなぁ。犯人の八波について聞かれても話せることなんかないしな」


「だよね。八波さんのことに関してはボクもほとんど答えられなかったよ」


 八波は魔法少女マジカル☆カルネの変身者であり、その姿の時に生じた因縁が今回の事件に繋がった――わけだが、それを正直に警察へ話すことは当然できない。


 もし真面目なトーンで魔法少女のことを話したとすれば、それほど事件がショックだったのかと精神状態を心配されるかも知れなかった。


(八波さんは逮捕された。日常の風景には現れることはない。……そして、魔法少女マジカル☆カルネはもうこの世に存在しない。それは……間違いないんだよね?)


 トラウマに最も深く絡みつくカルネのことを思えば脈動を取り戻した心の傷は政宗を苦しめる。心拍数を上昇させ、呼吸をかさ増しする。


 最近でも瑠璃や修司の前で突然フラッシュバックで泣きだしたり、過呼吸になることは度々あって。


 政宗はどんどん心の傷へ抗えなくなっている――のだが。無意識に政宗は結人の手を握り、そして瞬間――苦しみの一切が解けるように消えていくのを感じた。


 呼吸が安定し、鼓動が平常運転に戻る。


 普通ではない力で手を握ってくる政宗に驚く結人。そんな彼を見つめ、不安に瞳を揺らしながら政宗は、


「……ごめんね、結人くん。ちょっとこうしていい?」


 どこか力なく語り、胸に手を当てて呼吸を整えていく。


「もちろん構わないけど……大丈夫か?」


「うん、問題ないよ。……こうしてたら安心するから」


 政宗の言葉を額面通り受け取れるはずもなく、心配そうに政宗を見る結人。一方で政宗は自分の恐怖心を意図も容易く払拭する温かさに、涙が溢れそうになっていた。


(ボクの中に刻まれてるんだ。こうして結人くんに触れることで気持ちが落ち着くことが。今の気持ちを揺らしたり傾けたら結人くんのこと、案外好きになれたりするんじゃないかな……?)


 みんなのために――自分のためにも。不純かもしれないけれど、結人を好きになりたいと政宗は思う。


 ただ、望んでいないのはこの心だけ。

 そのことがどうしようもなく悔しくて、目頭が熱くなる。


(……もし、こっそりとボクが結人くんを好きになれたら、傷付けることなく元の鞘に収まるんだよね? だとしたら瑠璃ちゃんや修司くんに黙ってるみたいにして――結人くんにも秘密で、ボクがこの安らぎに溶けて恋心を探していければ、みんなが幸せだよね?)


 過去の自分をなぞり、繰り返す政宗。皆から咎められた自己犠牲へと邁進し、秘密を告白する辛さから逃れる愚行さえ再現しようとしていた。


 政宗は自分の価値を低く見積もる。

 だから、すぐに自分を手放して何かを得ようとするのだ。


 あの日芽生えた自尊心も、水を失った大地で枯れた。


(時々この手の温かさがあれば耐えられるから。これがまたボクのものになったら、その時は――)


 政宗は過去の自分に憧れめいたものさえ抱くようになっていた。


 ――誰も傷つかない方法。政宗はただ、みんなのために――自分のためにも幸せになりたかったのだ。

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