第十三話「傷だらけの心が疼く」
「お、今日は三人揃って来てくれたのか! そういえば今日は始業式だもんな。いやぁ、学校に行けるのが羨ましくて仕方ないよ」
「その割には顔がニヤけてるじゃない。さては冬休み延長戦の優越感に浸ってるわね!」
病室へ入るや否や、学校で繰り広げられていたような何気ない会話を交わす結人と瑠璃。
始業式ということで早めに放課後となり、結人の病室へやってきた。会話を微笑ましく聞いている修司、学校で突然泣き出してしまった余韻で浮かない表情の政宗が瑠璃に続いて病室に入る。
「今日はクラスの皆から佐渡山くんのことを聞かれたわ。みんな心配してるみたいだわ」
「そうなのか? 意外と俺もクラスのみんなに愛されてるんだなぁ」
「あはは、何言ってんのよ。彼氏が入院して傷心してる政宗の心配をしてんの。あんたじゃないわよ」
「俺じゃねぇのかよ! そうだよなぁ、クラスの人間は誰もお見舞いに来ないもんなぁ」
怪我人にも容赦ない物言いに楽しげな結人。だが、瑠璃と対面していながらもやはり視線は政宗をの方へ吸い寄せられる。
政宗は修司に諭されているようで、その表情には不安そうなものが浮かぶ。
「……なぁ、政宗なんかあったのか? 元気なさそうだけど」
小声で問いかけた結人に対して、瑠璃は口元に手を寄せ耳打ちをする。
「どうも例のトラウマがまた顔を出したみたいでね。何気ない話をしてたはずなんだけど、突然泣き出しちゃったのよ。ちょっと前によくあったでしょ? アレよ」
政宗に気付かれぬよう警戒しながら語った瑠璃の言葉。結人は一瞬、顔をしかめて――しかし、すぐに「あぁ」と呟き、頷いた。
「やっぱり乗り越えたってわけじゃなかったか」
「流石にそうみたいね。それにあんたが意識不明の間に積み重なった心労ってのもあるんじゃない?」
「そういう側面もありそうだな。しかし、困ったことになったなぁ」
結人は顎に手を触れさせ思案顔。瑠璃は頭上に疑問符を浮かべる。
「……困ったことになったってどういう意味よ?」
「ん、逆にその質問がどういう意味なんだ? ……まぁ、いいや。とりあえず相手はどんなやつなんだ?」
「あ、相手……? あんた何の話してんの?」
何故か噛み合わない会話。しかめっ面で結人の言動を追求しようとした瑠璃だったが――、
「こらこら、高嶺さん。政宗くんと結人くんが一緒にいられる貴重な時間だというのに何を独り占めしてるんだい」
修司が会話に割って入り、政宗の背中をポンと押す。修司はパイプ椅子を一つ掴んで結人の傍らに置き、瑠璃と立ち位置を入れ替えた政宗がそこに座った。
どこか気まずそうな表情を浮かべる政宗。結人の方も落ち込んでいると聞かされたため強張った表情で言葉を待つ。
少しの間、静寂が続き――結人の方から咳払いをして口を開くことに。
「えーっと、その……いい天気だな」
「う、うん……。まぁ、曇ってるけどね」
「学校はどうだった? ……楽しかったか?」
「ま、まぁね。……今日は始業式だけだから、特に何かあったわけじゃないけど」
「……あんた達、なんでそんなぎこちない会話してんのよ?」
何故か関係の冷え切った父子のような会話を交わす二人。瑠璃は肩を落として嘆息する。
瑠璃と修司はどこか政宗は結人に会えばすぐに明るくなると思っていたので、この反応は意外だったらしく驚いた表情を揃える。
「政宗、何だか浮かない表情してるなって思ってたんだけど……大丈夫なのか?」
「え! あ、うん……心配させちゃったね。大丈夫だよ」
「まぁ、心配かけてるのは俺の方なんだろうけどな。何か悩んでることとかあったら隠さず言ってくれよ? 相談に乗るから」
「うん、ありがとう。……でも、大丈夫」
無理に笑みを作った政宗に結人は落ち着かない気持ちを抱く。
しかし、皆がいる前で踏み込んで全てを暴くのも酷な話。結人は追求したさを表情に滲ませる、それに留めた。
そこから――数ラリーの会話を経て少しずつ気持ちが切り替わってきたのか、政宗は溶け込むようにいつもの調子へと戻り、落ち込んでいたことを忘れるほど明るくなっていた。
☆
(暗い気持ちを引き連れてお見舞いしちゃった。……あんまりよくなかったな。みんなに迷惑かけちゃった)
病院からの帰り道、瑠璃と修司の会話に笑い声を重ねながら政宗はさきほどを振り返っていた。
誰にも秘密を理解されない寂しさを引き連れて病院へ行き――しかし、結果として藤堂政宗の顔をして皆の輪の中にいることで温かさを感じて癒された。
偽る辛さは、嘘で溶け込んだ輪の中で解けていく。
だからこれは、プラスマイナスゼロ。
ならば案外成立しているようにも思えた。
(みんなといると一人じゃない温かさを感じて安心する。……なのに、今日の朝みたいに一人じゃないのに全く逆の寂しさを感じることもある。不思議だなぁ)
代役を全うすれば日常は崩れない。平穏が正しさの代弁者だと信じているから、政宗はいつまでもその影を追う。
(……不思議じゃないよね。今のボクがこうして他愛ない会話に笑ったりするのは。そして、どうしようもない寂しさを感じるのは――)
後ろめたい気持ちで政宗は瑠璃と修司を見る。
「だからね、僕は最近の魔法少女アニメの残虐志向に意を唱えたいんだよ。過激がインフレして生ぬるい物語が許容されなくなってきている状況を憂いているんだ」
「あーもう、うるさいわねぇ。アニメの話なんて分からないわよ。お得意様が入院してるからって、その衝動を私にぶつけないでくれる?」
心底めんどうくさそうな表情で修司の熱弁を受ける瑠璃。それは他愛のない――だけど楽しく、かけがえのない光景で。
政宗は自分が浮かべる笑顔の理由を考えるのはやめにした。
(……魔法少女といえば、ボクも瑠璃ちゃんも契約を完了して放課後の過ごし方が変わったなぁ。こうして自由に時間を使えるようになったんだもんね)
魔法少女でなくなった放課後はマナ回収のような充実こそないものの、ゆったりとした時間が流れていて政宗にとって新鮮だった。
ちなみに瑠璃から一度、放課後の付き合いが良過ぎるため「マナ回収をしているのか?」と指摘されたことがあった。魔法少女の契約を完了したと言えば女の子の体になっていない政宗が何を叶えたのか問われてしまうため、現在は休止中という風に瑠璃には伝えている。
結人の事故に関する心労という理由で納得しているようだった。
(魔法少女の契約が完了してるのはいずれ話さなくちゃならないよね……)
ふとそんなことを思う政宗だったが、それはもっと先の段階。あらゆる問題を解決しきってからの話となる。
さて、笑い声の絶えない会話を繰り返して三人は駅へと辿り着く。ここで修司は電車の時刻を待ち、瑠璃も自宅からの迎えを呼ぶ。
政宗は自宅の場所的に駅までやってくる理由はないのだが、二人と雑談するためギリギリまで一緒にいる。それは結人を失ってからの政宗にとって当たり前になった光景だった。
誰かの話題を膨らませ、それを語り尽すとまた他の誰かが話題を出す。そんな連鎖に政宗は安心していて――しかし、同時に別れの時間が迫ることを常に気にしている。
修司が乗る電車がやってきて、そして瑠璃には迎えの車が到着して。その時がくれば「また明日」を口にし、政宗は寂しさを胸に手を振るのだ。
(そういえばカルネさんの一件で深い傷を負って誰かと一緒じゃなくちゃ不安な日々で、ボクの無理に引き延ばした話に結人くんが付き合ってくれたんだよね。……この場所で)
空から舞い降りてきた花びらのような雪を見つめ、政宗はいつかの光景を思い出し――逃げるように帰路を歩み出した。
☆
(……ボク、何やってるんだろう。気付いたら勝手に手が動いてた)
その日の夜――ベッドの上で眠るべく真っ暗な部屋の中で身を横たえる政宗を、スマホの冷たい光が照らしていた。
暗い部屋の中で一人目を閉じていると意識は自然と自分の内へと向かい、考えたくもないあらゆることが政宗を苛む。
フラッシュバックするのは十一月一日。
身も心も痛めつけられた、あの記憶。
愛する者と手を繋いで乗り越えてきたその傷は治癒したのではなく、強力な麻酔によってごまかされていただけと知り――政宗は痺れの切れた傷の脈動に苦しんでいた。
(あの時のようにボクを助けてくれるヒーローはいない。今の結人くんじゃボクは守れない。そんな事実が不安感を強く呼び起こすんだ)
もし今、あの時と同じようなことが起きたら助けてくれる人はいない。
結人という力強い存在と、胸に宿した幸福な気持ちによって痛みは麻痺していたのだ。それが取り除かれれば疼きだすのは当然と言えた。
だから――助けを求めるようにして、政宗は気付けばスマホを手に取っていた。
あの事件から恋心を失うまでの日々――恐怖心に苛まれた時はそうやって結人に電話し、耐えられない夜を一緒に越えてもらった。
それを思い出して反射的に電話をかけるも――事故でスマホを破壊された結人が応答するはずもなく、救いは与えられない。
結人を救う代償に何もかもを失ったと思っていた。
しかし――政宗を支えていた全てが失われた一方で彼女に深々と刻まれた傷だけは残り、孤独を意識すればするほど疼くのだった。