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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第六話「そしてゼロへと帰結する」

「あぁ、よかった。心配していたんだ。お前のことだからきっとがむしゃらにマナ回収しているんじゃないかと思ってな」


 戻ってきた政宗をメリッサは安堵の表情で迎えた。


 十二月五日、朝六時――アパートへと戻ってきた政宗はメリッサが起きていることに驚く。昼間まで眠っておりインターホンの音で目覚めないメリッサがおおよそ三時間の睡眠で起床していたからだ。


(……もしかしたら結人くんやボクのことを心配して深く眠れなかったのかな? マナを抜いてるからきっと体は眠りを欲してるはずなのに)


 政宗は結人を助ける手段を胸に抱いているからか、少し表情にバリエーションが戻ってメリッサに微笑みを向けた。


「メリッサの予想どおりだよ。ついさっきまでマナ回収をしてたんだ。……でも、到底集まる感じはしなかった」


「やっぱりやってたのか。……気持ちは分かる。しかし、簡単に集まるものではないだろう」


「でも、じっとしてられないじゃない? まぁ、メリッサの言うとおり集まらなかったんだけどね」


 戻ってきたばかりで立ったままの政宗はベッドに腰掛けるメリッサと向き合うように床へ腰を下ろした。


「私もどうにかできないかと、ついさっきジギタリスのやつに公衆電話で連絡を取ったんだ。マナを借りようと思ってな」


「へぇ、マナって貸し借りができるだ?」


「あぁ、可能だ。あいつはクラブとカルネの件に関する監督責任があるからな。それをネタにして交渉しようと思ったんだが……」


「駄目だったんだね?」


 メリッサはがっくりと首を垂れて肯定した。


「申し訳ない……。返済能力のない魔女には貸せない。そして、ジギタリスはこの世で唯一私の交渉だけは効く耳を持たないと言って電話を切ったよ」


「メリッサとジギタリスさんって仲悪いの?」


「悪くはない。ただ、あいつは私をライバル視しているから塩を送るようなことをしたくないんだ。監督責任はこの際抜きにして、私に貸しを作れると言っても――果てには土下座をすると言っても駄目だった。寧ろ、言葉を重ねるほどジギタリスのノーは強くなっていく感じだった」


 メリッサは遠くの街にいるジギタリスを思って苛立ちを表情に浮かべ、拳を震わせる。そんな様を見つめて政宗はくすくすと笑い出し――メリッサはきょとんとした表情で彼女を見る。


「……どうしたんだ、政宗? 何だか随分と雰囲気がその……明るくなったといったら変だが、数時間前とは違う感じがするぞ?」


「そうかな? ……まぁ、そうなのかも。ボクね、結人くんの運命を変えるための方法を思いついたんだ。もしかしたらそれでちょっと安堵してるのかも」


「そんな方法を!? 私でも全く思いつかないというのに……どうやって?」


 メリッサは目を丸くし、そして顎を手で触れて思案顔を浮かべる。その疑問に政宗は胸に手を当てて一呼吸の間を置いて答える。


「自分からマナ回収して眠りに落ちる瞬間、メリッサ言ったよね。魔女なら悪意や怒り以外の感情からマナを作り出すことが可能だって」


「そういえば言った気がするなぁ。魔法の国の取り決めでこの世界の人間から自由に取り出せるのは確かに悪意や怒りだけだ。だからマジカロッドは他の感情を回収できないようになっているんだが……」


「魔女の手にかかればそれ以外の感情も可能ってことだよね。魔法の国が禁止してるから自由にはできないけど……回収される本人が許可すれば問題ないんじゃない?」


「ん? まぁ、それはそうだが……――もしかして政宗、お前が思っている結人くんを救う手段というのは、そういうことなのか?」


 辿り着いた思考のままに問いかけたメリッサへ、政宗は首肯する。


「ボクの感情を回収してマナにしてもらおうと思ってる。それで必要なマナが足りれば結人くんの運命を変える魔法が使えるはず。そうでしょう?」


「確かに理屈では可能だ。……だが、それは言葉ほど簡単じゃない。悪意や怒りといった感情は大抵一過性のものだからマナとしては微弱。だが、それ以外の感情なら膨大というわけではない。それに足りないマナ量はハンパじゃないんだからな。それを埋めるほどの感情なんてそうそうあるはずが――」


 メリッサはそこまでで言葉を切る。そして僅かに唇を震わせて硬直してしまう。じわじわと内に沸く嫌な予感に突き動かされ、政宗と視線を交わすとそこには無理な笑みがあって。


 そして、メリッサは政宗が考えている全てを悟った。


「そんな――そんな選択があっていいはずがない! お前は結人くんを助けたら女の子として生きる未来を閉ざすんだ。それさえも苦渋の決断なのに――そんなものまで差し出すつもりなのか!? それじゃあお前には……何も残らないじゃないか!」


 結人と政宗が揃ってこの世界を生きるために残されていた運命――それはあまりにも残酷なもので。しかし、それしか道がないことをメリッサは理解してしまった。


 見えない力で強制され、政宗は不幸へと突き進んでいく。生きること以外の全てが認められていないかのように持ち物の全てを剥がされ、その身一つで歩んでいくことを運命づけられている。


 メリッサは頭を抱え、そして悔しさに呻きを漏らす。


「……政宗、その決断は確かに結人くんを救う。だが、それは希望じゃない。違う絶望に切り替わっただけだ。



 その――結人くんへの恋心をマナとして差し出すという選択は!」



 認められるわけがないと叫びのように吐露した言葉。


 ――それこそ、政宗の選択だった。


 今日まで重ねてきた想いは政宗の中で蓄積されてきたマナとなり、結人の運命を変える魔法を起動するには十分な大きさだとメリッサも直感していた。


 生まれながらに抱えた肉体を捨てるための努力と合わせ、全てを捧げれば――確かに結人は助けられる。


 しかし――、


「お前はそうまでして助けた男への想いを失うんだぞ? そうしたら……きっと何のために助けたのかも分からなくなる。言葉では分かっていても実感が伴わず、お前は全てを差し出した結果だけを抱えて生きるんだ。……それは、結人くんと出会う前より凄惨な現実だ」


 全てを無に帰す決断にメリッサは同意することができなかった。


 結人がいて、政宗がいる世界、ただそんな日常に戻るだけ。世界が色付くほどの恋も忘れて、ただの友達を助けた事実が残るだけ――。


 だが、政宗は表情に穏やかなものを浮かべ、首を横に振って「そうじゃないんだよ」と言って語り始める。


「ボクが結人くんを好きな気持ちは回収すれば失われる。……でもね、結人くんの気持ちはそのままなんだよ? だったら、きっと大丈夫だよ」


「何が大丈夫なんだ!? 政宗、お前は想像できてないんじゃないか? 結人くんの命は確かに大事だが……楽観的に捉えすぎていないか? 簡単に投げ出せるほど結人くんへの気持ちは軽くないはずだ。なのに……!」


 メリッサは目元を赤くし、政宗の絶望に突き進む決断を悲観していた。


 感情をむき出しにするメリッサ。彼女を見つめ、その優しさに触れて政宗はゆっくりと立ち上がり――そしてメリッサの隣、ベッドへと腰を下ろした。


「大丈夫だよ。メリッサも知ってるでしょ? 結人くんは想いが強い人だから……ボクが恋心を失ったってきっと諦めない。あの想いの強さにボクは惹かれたんだ。きっとまた好きになれるよ」


「……お前は、そんな不確定な未来を信じているのか? 気持ちを根こそぎ奪われたお前は、もう結人くんにどれだけ求められても……振り向かないかも知れないんだぞ?」


「そこは信じるしかないよ。……正直、この気持ちを失うのは怖い。でも、結人くんを助けられるっていう想いが突き動かしてるから今は不思議と穏やかでいられるんだ。それはきっと――失った先でまた取り戻せる、彼を好きになれるって信じてるからなんだ」


 政宗は一切の焦りも、揺らぎもなく静かに語り、メリッサはその決断の固さを悟る。


 優しく、他人の気持ちに共感して自身を犠牲にするどこかの誰か達によく似た魔女は今、その表情を隠すとんがり帽子を被っておらず、泣き顔を晒す。


 政宗はメリッサの手を握り、その震えから伝わる優しさを感じ取る。


「ボクの願いは決まった。それは――結人くんの死の運命を回避すること。今日まで集めてきたマナと、ボクの結人くんへの恋心を代償にして。……これで魔法少女の契約は終わりだね。メリッサ、叶えてくれる?」


 今まで何度も魔法少女と契約を交わし、そして完了させてきたメリッサにとってこれほど苦痛を伴う終わりはなかった。


 しかし、これまでと同じように――愛する魔法少女が望むのなら。


 悔しそうな表情を浮かべ、頬に涙を一滴滑らせて――ゆっくりとメリッサは首肯した。


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