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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第五話「とある小さな幸せ」

(長年マナ回収をしてきたから手に取るように分かる。今まで貯めてきたマナの半分を回収するなんて簡単じゃない。……これじゃあ、足りない)


 酔って喧嘩をしていた二人の男が戦意を失って崩れながら地面に横たわる。リリィはそれに目もくれず、深刻な表情で少しずつ明けていく夜空を見上げていた。


 早朝五時――月明かりしか光源のない路地の闇は、少しずつ顔を出し始めた朝日によって暴かれる。


(こんな少ないマナじゃ駄目。チマチマ貯めるなんて、結人くんの運命が待ってくれるとは思えない。ほんと、ボクって嫌な人間……平穏なこの街を恨めしく思ってる。ボクと同等に不幸を抱え、憤る人に溢れればって思ってる)


 群青色の空を見つめ、リリィはマナ回収を切り上げることを決めた。


 目的なく街を駆けていくリリィ。暗闇に溶け込んでいた風景が陽の光を受け、影絵のように輪郭だけを露わにしていく。


 ビルの屋上、建物の屋根を踏んで跳躍を繰り返していくと、見えてきたのはメリッサの家から数駅分離れた住宅街――そして、結人の家だった。


 無意識に辿り着いていた佐渡山宅の屋根へと着地し、二階に位置する結人の部屋を覗き込む。当然、電気は点いておらず、本人もいない。


(一階のリビングかな。電気が点いてる。きっと結人くんの両親が眠れないまま朝を迎えたのか、それとも疲れて寝落ちてるのかな)


 自分と同じ悲しみに暮れる人を見つけて少し安堵するような――しかし、同情して感情がさらに膨らむような。


 混沌とした気持ちを携え、リリィは嘆息で冷たい大気を白く染めてその場から去ろうとする――も、ふと何気なく結人の部屋へ通じる窓に手をかける。すると鍵がかかっておらず開いてしまった。


(……不用心だなぁ。でも、魔法少女でもないとこんな窓から侵入するなんてできないか。もしかしたら、それを期待してたりして?)


 不意に佐渡山結人という人間を感じ、リリィは困ったように笑う。


 そして、物音を立てないようにゆっくりと部屋の中へ侵入し、変身を解除した。


 部屋の持ち主が長く不在であったため外気と変わらない寒さが内包されており、政宗は身を抱いて震える。しかし、部屋に入って感じたのは室温だけではなかった。


(……結人くんの匂いがする。隣にいる時、ギュッと抱きしめられた時、キスする時に接近して感じるあの匂いだ。……ちょっと落ち着く)


 まるで結人に抱きしめられているような感覚になって、政宗は自制が効かないまま目元に涙を滲ませる。


 結人の部屋の中、本棚にはびっしりと魔法少女もののアニメのDVDや書籍が並ぶ。それは彼がずっとリリィを想ってきた証明。


(結人くんはリリィを求める心を紛らせるため、この趣味に辿り着いたんだよね。結人くんの想いが形になってるみたいで嬉しいなぁ)


 政宗の視線は続いて部屋の中央に置かれたテーブルに吸い寄せられる。


(何を見たって思い出が溢れてきちゃう。テストの度にここで勉強をして、結人くんに教えてもらってた。そういえば、一学期の中間テストで結人くんはボロボロになってまで勉強してた。あれって何だったんだろう?)


 結人は修司との戦いに関して、一切を政宗に語ることはなかった。


 政宗の方も中間テストが終わるとクラブとカルネの襲撃があってバタバタとし、意識が他のことに逸れて疑問に思うこともなくなっていた。


 慈しむように笑みを浮かべ、政宗はそこから歩んでクローゼットの前に立つ。何気なく開くと中には結人の服がずらりと並ぶ。


(結人くんがどんな時に着てたのか思い出せる。こんなところにまで思い出って染みついてるんだね。色鮮やかに、はっきりと)


 結人の部屋でこうして思い出に浸る行為、それは抗えない運命を前にする自分にとって自傷行為ではないかと政宗は思い始めていた。


 別れの足音が聞こえているのなら、思い出さないほうがいい。

 ――ならば、それは毒だとも言えた。


 しかし、辛いことがある時こそ人は毒に頼って生きる。大人が酒や煙草の力を借りて辛い現実に立ち向かうように、政宗も思い出によって束の間の幸福を取り戻していた。


 そんな政宗、ふとクローゼットの下へ視線を送る。すると紙袋が置かれており、中には折りたたまれた衣服が収められているようだった。


 政宗はそれを取り出して中身を確認してみる。

 すると、出てきたのは夏のあの日、結人が着せてくれた浴衣だった。


 紫色の布地にひらひらと舞う蝶の絵柄。

 そこから引き出されるのは、政宗にとって一番大事な思い出。


 瞬間的にでも自分を本当の女の子にしてくれた結人の優しさ、そして告げられた想い――それらもひっくるめて政宗は浴衣をギュッと抱いて、キラキラと輝くあの夏の日に想いを馳せる。


(未来のボクは未来の結人くんが好きになるから、今の藤堂政宗でいいって……結人くんは言ってくれたんだよね。ボクがこんな姿をしてても好きになってくれた。常に今を選んでくれた。それは結人くんの中で――変わらないよね?)


 溢れ出す想い、政宗は一つの予感を抱く。

 それは政宗という人間らしい、破滅的な一つの解決方法。


 少しずつ浮かび上がっていた究極の一手を政宗はもしかすると無意識で考えないようにしていて……今、やっと決意することができたのかも知れない。


 クローゼットに浴衣をしまい、政宗はベッドの上に腰掛けて窓から外の景色を見る。


 深い青に少しずつ陽の光が入り混じってコントラストを描いた空。夜の闇を少しずつ駆逐していく輝きを瞳に宿す。


(この世界はボクに幸せを許さないのかな? ゼロから少し前に踏み出して、小さな幸せを手に入れられたらボクはそれでいいのに……結局、そうはならないんだね。回り回って、全部を壊して――ゼロに戻っちゃうんだ)


 でも、それでいい――と、政宗は自分の決断を疑わなかった。



 ――政宗は、この残酷な運命を回避する方法を思いついていた。



 もしかするとメリッサも気付いていて、しかし提案することはできなかったのかも知れない。あまりに残酷で、そして本末転倒とも言える選択。


 しかし、それ以外にどうにかする術を思いつかない。

 政宗はリリィに変身し、結人の部屋から出て行く。


 その間際――ぽつりと呟きを残して。


「――大丈夫。ボクがまた、君を守るから」

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