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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第六章 とある小さな幸せ
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第三話「死の運命」

「病院はテレビでしか見たことがなかったんだが……不気味な場所だなぁ。ただでさえ病気で凹んでいるのだからもっと明るい場所にすべきなのでは?」


「今は閉院してる時間だから暗いのは仕方ないよ。……まぁ、昼間だとしてもそんなに明るい雰囲気のある場所じゃないけどね」


 薄暗い病院の中をきょろきょろと興味深そうに見回すメリッサと、前を歩くリリィ。


 深夜一時――非常灯がリノリウムを緑色に染める薄暗い院内。病院に入ってからリリィが時間停止を使用したため、人目を気にすることなく二人は堂々と集中治療室を目指すことができた。


「集中治療室の前に着いてからは扉が開くのを待たなきゃいけないから、そこで一旦時間停止を解除するね」


「結人くんのいる部屋は厳重に閉ざされているということか。誰かが出てくるのを待って時間を止めるんだな」


 二人は集中治療室の前に辿り着くと時間停止を解除。


 部屋の前にて待機し、通路を誰かが通りかかるようなら退避。それを繰り返していると集中治療室からスタッフが出てきたため、時間停止を行使して突入。リリィは小一時間ぶりに結人のところへと戻ってきた。


 人の生死、その最前線たる場所を――そして、あらゆる計器で命を管理される結人を見つめて、メリッサは辛さに耐えかねてギュッと目を閉じる。


 その隣で二度目とはいえ慣れることはなく、辛そうな表情で結人を見つめるリリィ。それでも一度目よりはマシになっているのか、リリィはそっと結人と手を重ねてみる。


 時間停止をしているため何の反応も帰ってくることはない、意味のない行為。


「さっきは逃げるように出て行ってごめんね」


 リリィは目に涙を溜め、生死の境を彷徨っているであろう結人を想った。


 今この時間停止させている瞬間だけは確実に結人の命が保証されている気がして、リリィは少し安心した。


(このまま時間が止まればいいのに、って言葉……本当はもっとロマンチックな場面で使うべきなのにね)


 メリッサは涙を結人の手の平に零すリリィを見つめ、とんがり帽子のつばを掴んで深々と被った。


 それから少しの間、リリィは前来た時にはショックで向き合えなかった結人との対面に時間を使った。


「……そろそろ治癒に必要な魔力を測るとしようか」


 傍からリリィを見ていたメリッサは一歩前に出て語った。


「どういう風に調べるの?」


「今から微弱な治癒魔法を使う。正直、かすり傷の血を止める力もないような治癒魔法なんだが、それでも使用することで感覚的に完治のために必要なマナ量が掴めるんだ」


 メリッサはそう説明し、手の平に頼りなく明滅する橙色の光球を作りだした。メリッサはそれを結人に押し当てる。


 ちなみにここへ来る前にメリッサはリリィのマジカロッドを確認し、どれくらいマナが貯まっているのかを確認していた。


 その量は四月から瑠璃と二人でマナ回収していたのを考えれば思った以上に集まっていて、女の子になるための魔法は完成目前だった。


 集中しているのか目を閉じて魔法を行使するメリッサの顔をリリィは隣から覗く。


「……どうだったの?」


「大体は把握した。……とりあえず、私の家へ戻ろう。話はそれからだ」


「今ここで――すぐに聞くわけにはいかないの? もしかして、ボクが集めたマナじゃ足りなかったとか?」


 何故か即答しないメリッサに嫌な予感は膨らみ、焦りが言葉に乗るリリィ。もし治癒のためのマナが足りているならリリィは今すぐ魔法を行使して欲しかったからだ。


 医学の知識もないリリィからしてみれば最悪の事態も想定される結人の身は、時間停止を解除した一秒後にも悪化するのではないかと思えてしまうのだ。


 しかし、メリッサは首を横に振る。


「家で話す、これは揺るがない。……すまんが言うことを聞いてくれ」


 いつになく強い口調で言い放ったメリッサ。リリィは「でも」と唇だけを動かし――しかし、無理に納得して首肯した。


 ――時間が停止した世界。集中治療室を出るリリィに続いて結人に背を向けたメリッサは数歩歩んでふと――彼の方を振り返り、とんがり帽子を深く被った。


         ☆


「――で、メリッサ。結人くんはどうだったの? ボクの持ってるマナで足りるのかな?」


 メリッサの自宅へ戻るや否や、変身を解除した政宗は問いかけた。


「そうだな……どこから話せばいいのかちょっと思考がまとまらないんだが」


「できるできないの二択じゃないの? そんな複雑な話なのかな……?」


「複雑というわけではない。何というか、そもそもの前提が違うというか……」


 メリッサはとんがり帽子を脱ぐと乱雑に床へ投げ捨て、ベッドに腰を下ろして深く息を吐いた。


 向き合うよう床に座り、言葉を待つ政宗。メリッサは無言の催促に迷いながら、暫しの間をもって口を開く。


「結人くんを治癒するためにマナがどれくらいいるのか……それを調べにいったわけだが、問題はそういう次元じゃなかった。足りる、足りないではなかった」


「それってどういうこと?」


「……正直に言えば、彼の命はもう――死の運命を歩み始めている」


「え?」


 ぽつりと言葉を漏らし、呆然とする政宗。メリッサは間を埋めるように続ける。


「我々、魔女の使う治癒魔法というのは運命の先取りなんだ。治る未来があるならそれを早める時間魔法の一種と言えるだろう。だから……死の運命へ歩み出した者を()()()()()()はできない」


 全身から力が抜け、メリッサの宣告に絶望する政宗。


 しかし、ならば――と、政宗は衝動的にメリッサに迫り、


「だったら――だったら、その死の運命を回避することはできないの? 治癒魔法じゃなくて、少しでも結人くんの向かう先を変えることはできないの?」


 震える瞳で懇願するように問いかけた。そんな視線が辛くてメリッサは政宗から顔を背けそうになり――しかし、それをグッと堪える。


「……運命を回避することは不可能じゃない。そういう魔法も存在する」


「じゃあ、ボクの願いはそれでいい! 今すぐ結人くんのところへ行って――」


「……いや、駄目なんだ」


「何が駄目なの?」


「マナが足りていない。人の運命を変える魔法は、魔女が扱える術の中でも最高位に位置する。私なら行使自体はできるが……起動するマナが足りていないんだ」


 メリッサの絞り出すような言葉を受けて、政宗は視界がぐにゃりと曲がるような感覚を得る。


(……え、何を言ってるの? ボクは今日まで数年間、マナ回収をしてきたのに――それでも足りないの?)


 最高位の魔法だけにそれは政宗を女の子の体にする術よりもマナを擁する。それは理屈として理解できる政宗だったが、しかし彼女には今日まで活動してきた記憶がある。


 あれだけの時間で足りないのなら――、


「じゃあ、どれだけあればその魔法が使えるの……? あと、どれくらい足りないの?」


「運命を変える魔法を使用するためには必要なマナ量、それを政宗のマジカロッドは三分の二ほど達成している。そう表現すればあと三分の一と言えてしまうが……」


「今日まで稼いできたマナの半分を、さらに捻出しないといけないってこと――? しかも時間なんて絶対に残されていないこの状況で――?」


 政宗は足りないマナの量がどれほどに大きいのかを明確に理解できた――いや、できてしまった。


 結人を救う魔法を行使できない。

 そんな最悪の結論が具現した。


 死の運命へと歩き出す結人を引き留めることはできず、失うしかないという事実が刃のように政宗の心に突き刺さる。


 ――希望は断たれた。


 まるで、揺れる陽の光へ手を伸ばしながら深海へ沈んでいくように。意識がすーっと消え――政宗は信じたくない一切の現実から逃れるように気を失った。

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