第二十八話「ジギタリスのシナリオ」
「そういえば瑠璃ちゃん、クラブさんとカルネさんの契約が完了したってどういうことなの? 確か瑠璃ちゃんが自分の願いをあの二人の契約完了としてジギタリスさんにお願いしたっていう風に聞いたけど……?」
リリィはずっと疑問だったのか、他愛ない会話の合間に問いかけた。
あれから結人達は今日の事件には関係ない話を繰り返していた。なるべく今日の凄惨な事件を遠ざけ、楽しいことで気持ちを埋め尽くす。それがリリィにとっての特効薬であり、彼女自身も皆といる空気感に救われていた。
そして、そんな話題も少し尽き始めた時――リリィは敢えて今日の事件に触れたのだった。
結人は心配そうに彼女を見るも、リリィは微笑んで大丈夫だと頷いた。
「ジギタリスと交渉したのよ。あの魔女はクラブとカルネを重宝しながらも手を切りたいと思ってたみたいでね」
「そういえばあの二人も言ってたよね。ジギタリスさんは自分達から手を切ろうとしてるから、さっさと報酬を受け取って引退だって」
「あいつらにも自覚があったのね……。でね、あの二人はもう十分なマナを回収してたからどんな願い事だって叶えられた。だから退職金として大きな願い事へ変更される前に手を切ってマナを消費されたくなかったみたいなのよ」
「クラブとカルネの願い事ってのはおそらく『母親に復讐したい』ってのだよな? じゃあカルネは……?」
「あいつは『誰かに愛されたい』が願いだったそうよ。それを若返りたいだとか大きい願いにされるのをジギタリスは嫌ったみたい」
明確にクラブとカルネの願いを理解し、結人は考えれば考えるほど恐怖していた。
カルネのシナリオなど児戯に過ぎなかった。
あくまで劇中劇。
隅々までジギタリスの描いていたシナリオで進んでいたことに。
(高嶺と同じだ……! クラブにカルネの正体を教えるだけで三葉の願いはマナを使わず叶えられる。そして――クラブが勝手にカルネを始末するからマナは総取り。ジギタリスってやつはとにかくマナに強欲で、安上がりなやつばかりを魔法少女にしてるんだ!)
できればお近づきにはなりたくない、と結人は苦笑いを浮かべた。
「しかし、僕もまだ君達の事情を把握しきれてないんだけど――つまり、ジギタリスはクラブとカルネを重宝して切り捨ててなかったのに、高嶺さんがお願いしたらあっさりオーケーしたのかい?」
「何だか、奇妙な話だな……正直、それでオーケーなのかって思うけど」
「そう思うわよね? でも、それこそがジギタリスの狙い。私の願いは『クラブとカルネの願いを叶えて、契約を完了させて欲しい』だったんだけど……ジギタリスはそれを言わせたがってたのよ。この私に」
「瑠璃ちゃんに言わせたがってた……ってどういうこと?」
どこか瑠璃は問題の出題者の気分で悩んでいる三人を眺め、悦に浸っていた。しかし、答えは出ないと見るや――瑠璃はしたり顔で正解発表する。
「ジギタリスは私が願いを消費してくれるなら、クラブとカルネを切り捨てられた。つまり、願い事を叶えられる状態の魔法少女三人をマナ消費無しで解雇できる――それはジギタリスにとって一番得する状況だったのよ」
自信満々に明かされたジギタリスの狙いに三人は息を飲んで驚き――しかし次の瞬間には呆れかえる。
(それってつまりクラブとカルネをタダで切り捨てるのはもったいないから、どうせならローズまで巻き込みたかったってことだよな。――どんだけ強欲なんだよ!)
とはいえジギタリスはそこまで欲を見せ、結局自分の思いどおりにしてみせた。
さらには三人の契約を完了することで瑠璃の本当の目的――工場跡で起きている事件の終息までやってのけたのだ。
その離れ業に三人は呆れながら――しかし、ジギタリスの確かな手腕を思い知らされていた。
――さて。一通りのネタバラシを受け、リリィは物悲しい表情で嘆息する。
「じゃあ、もう瑠璃ちゃんと一緒にマナ回収はできないんだね。ちょっと寂しいな」
「いずれ誰もが魔法少女じゃなくなる。私はそれが今日だっただけよ。……まぁ、でも寂しい気がするのは事実ね」
「今度からは一人でマナ回収するんだ。……前はそうだったはずなのに、何だか変な感覚」
「私がいなくなったらすぐにマナ回収も終わるんじゃないかしら? ……っていうか、一人じゃないでしょ。あんたは毎度背中にお荷物を乗っけてるじゃない」
小馬鹿にした笑みを浮かべて結人に視線を送る瑠璃。結人はムッとした表情で見返し、そんな視線のやり取りをリリィと修司が微笑ましく見つめる。
今回の事件で瑠璃はマジカル☆ローズの顔を捨てることになり、結人と政宗に引き合わせた魔法少女としての姿は失われた。
しかし、それでも瑠璃との関係は変わらず続いていく。
結人は一足先に卒業したマジカル☆ローズに心の中でこっそりとお疲れ様を呟いた。
○
「そういえばリリィさん、どうしてクラブとカルネに捕まったんだ? あのハロウィンの会場で二人に見つかったってことか?」
結人は少し躊躇いながら――しかし、今のリリィなら大丈夫だと予想して事件の始まりを問いかけた。
メリッサの家で他愛のないことを話して笑い、そして少し泣いてまた笑って……窓から飴色の斜光が差し込む時間帯になったことで四人は解散。
結人はリリィを家まで送り届けるべく同行するつもり――だったのだが、政宗の姿では衣服が損傷していて外を歩けない。
なのでリリィのまま結人を背中に乗せて街を跳んでいた。送り届ける人間が運ばれる奇妙な構図だった。
さて、そんなわけで今結人達がどこにいるのかと言えばビルとビルの間。そして空と表現する他ない。
「クラブさんがね、僕達の写真を撮ってたんだよ。文化祭でこっそりとその……キスしてるところの」
「クラブ……つまりは三葉が? そうか。名前と制服、その辺の情報で俺を特定したのか。で、文化祭の時に学校へ入ってきて俺の行動を観測してたって感じか」
「そうだと思う。それで、写真を使って脅されたんだ。ばら撒くって。そうしたらボクとの関係がバラされて、結人くんは困るんじゃないかってさ」
「困るって……そんなの!」
結人はそこまでを口にして、しかしその続きを言葉にできなかった。
(……確かに俺も、そして政宗もこの関係を隠して過ごしてきた。人の目に晒されたり、奇異な目で見られるのが嫌だったから。でも……それが引き金になるなんて)
今回の事件に自分の覚悟の至らなさが絡んでいるようで、結人は悔しくなった。しかし、そんな感情はリリィも同じで――、
「ボクが結人くんとの関係を隠さず堂々としてたらよかったんだ。結人くんはきっとボクとの関係がバレたとしても……恥ずかしいなんて言わない。それは分かってたのに」
「でも、きっと三葉が俺の過去を話したんだろ? 俺の過去とか、目立つのを嫌う理由……それを突きつけられたら、その脅しが有効になるのは仕方ないよ」
今回の事件は皮肉にも二人が付き合ったことによって発展した――それを結人は理解し、思わずため息が漏れてしまう。
つまり二人の間で通い合った恋心が事件を呼び、関係性の秘匿で事態は育ち――そして、相手を守ろうとする意志の衝突でややこしくなった。
起きてしまった事件を経て、そこから得るべき教訓とは何なのか――?
結人は光の下に晒されてしまった自分の過去を踏まえ、決意する。
「なぁ、リリィさん。家に戻ったら着替えとか色々と済ませてさ、ちょっと出てきてくれないか? 疲れてて休みたいならもちろん無理させるつもりはなんだけどさ」
「ボクは結人くんといたいから大歓迎だけど……どうしたの?」
「ちょっと散歩しよう。それで――話しておきたいこと、決めておきたいことがあるんだ」