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魔法少女は少女を目指した  作者: あさままさA
⬛第五章 嵐の予感
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第二十七話「その手を取る資格」

「高嶺もメリッサさんの家に向かうってメッセージがきた。魔法少女じゃなくなったから電車になるし、時間はかかるらしい。だけど、リリィさん……本当に大丈夫なのか?」


 バスの座席、隣に座って外の景色をボーっと見つめるリリィに対して結人は問いかけた。


 あれから――工場を出た結人達はバス停を目指した。流石に抱きかかえられたままはリリィが拒否し、そして結人的にも体力が続かなかったので歩くことに。


 リリィが二人を抱えて飛べば楽に街まで帰れる。しかし、リリィは心身共に疲労困憊しており、帰宅はバスに揺られることに。


 無論、リリィの恰好は一般人からすればただのコスプレなので目立つ。学生の下校時間ではないためバス内は高齢者が多く、あまり騒ぎにはならなかったが好奇の目は向けられる。


 しかし、それが気にならないほどにリリィは疲れていた。なので結人としてはメリッサの家で集合することはせず、自宅でゆっくりしてもいいと思ったのだが……、


「ううん、寧ろ一人で家にいる方がちょっと怖いかも。みんなの顔がみたいなって思うから、ボクもメリッサの家に行くよ」


 リリィは気丈に振る舞い、無理な笑みを作る。結人は表情をよく知っているので、並んで座る間で握られていた手の力をギュッと強める。


(つい最近、中学時代のトラウマと向き合えたところなのに……また新しい傷を抱えるのか? どうして――どうして、政宗ばかりがこうも辛い目に)


 彼女の悲しみに心が共振し、結人は目を強く閉じて涙を堪える。

 ――と、そんな時だった。


「見えてきたよ。運転手さんに事情を話してくるからさっさと回収しにいこう」


 後ろの席に座っていた修司が身を乗り出し、窓から見える光景を指す。


 窓から次停車するバス停が望む光景において、向かい側の歩道――つまり結人達が工場へ向かう際に利用したバス停には、大きく口を開けてだらしなく座って眠るメリッサの姿があった。


 娘のように――そして、妹のように可愛がる魔法少女のために尽力した結果。


 人目もはばからず眠る姿に――リリィは僅かだが、くすくすと笑った。窓に向けられたリリィの表情がガラスに映っていて、結人はそれを見て穏やかに笑む。


(今のリリィさんには悲しいことや、暗い話……そういうのはいらない。もっと楽しくて、明るいことだけで満たして――嫌なことは全部忘れよう)


 結人はこっそりと頷き、そしてリリィの手を引く。


「ほら、あのぐうたら魔女を拾いにいこうぜ。俺だけの力じゃ難しいからさ」


 リリィはきょとんとした表情を浮かべ、しかし――、


「うん、そうだね」


 微笑みを湛え、結人に続いて立ち上がった。


 その後――結人達三人は運転手に頼んで発車を待ってもらい、慌てて向かい側のバス停からメリッサを三人で担いで戻ってきた。


 バスに奇妙な恰好の人間がもう一人増え、車内の視線はずっと結人達に集まっていた。

 

        ○


「政宗! 本当によかった……! 心配したんだから!」


 メリッサ宅に遅れて到着した瑠璃はリリィの姿を見るなり慌てて部屋の中へと駆け寄り、その身を抱いて再会を喜んだ。


 結人達は瑠璃より先にメリッサ宅へ到着し、家主をベッドに放り込んだ。そして、瑠璃の合流を待っていたのだ。


 リリィは唐突に抱きしめられたことに驚きながらも、安堵の表情を浮かべ、


「瑠璃ちゃん……。ごめんね、心配かけちゃって」


 と返し――しかし、そこから続くリリィの表情はどこか曇っていた。

 瑠璃の体が離れるとリリィは俯き、


「……でも心配だけじゃなくて、迷惑だってかけたんだもんね。ごめん……みんな、ごめんね」


 ポツリと、謝罪の言葉を口にした。


 その言葉に瑠璃は不思議そうな表情を浮かべながら腰を下ろす。四人は輪を描いて座る形となり、リリィは結人に手が届く距離にいた。


「どうして謝るのよ? せっかく無事に帰って来られたんだから、ただいまって言えばいいのよ。それに悪いのはクラブとカルネでしょ?」


「そうだよ。政宗くんは明らかな被害者だった。それは間違いないはずだ」


「……あの二人が悪いのは間違いない。でもね、謝らないわけにはいかないよ。だって」


 リリィはそこから先を口にすることはできなかった。しかし、その躊躇いだけで三人には言わんとする全てが伝わっていた。


「もしかして私が魔法少女じゃなくなったことを言ってるのかしら? だとしたら気にしなくていいわよ」


「僕や佐渡山くんが喧嘩したことを指してるなら、気にしなくていい。結果的に僕達は怪我一つしてないんだからね」


「そうだぞ。それに、そこでイビキかいて眠ってるメリッサさんもリリィさんのためならって俺達に魔法をかけてくれたんだ。気にする必要は――」


「――どうしたって気にしちゃうよ! ボクなんかを助けるために……それだけのことをさせちゃったんだからっ! 謝らないわけにはいかないよ……ボク、どうやって償えばいいの?」


 リリィは感情的に叫ぶと、折った膝を抱いて合わせる顔がないとばかりにうずくまってすすり泣く。


 ――それはまるで、藤堂政宗という人間の幸福に似ていた。


 マイナスからスタートして、ゼロに至ることが喜びであるように――今回の事件を終息するために払われた犠牲で得られたものは、ただ元に戻っただけ。彼女の身一つが無事、日常へと帰ってきただけ。


 天災とも言うべきカルネの所業によって瑠璃とメリッサは明確な損失を抱え、そして結人と修司も多少痛い目には遭った。


 必要経費の請求書を突きつけられた心境にリリィは責任を感じるのだ。


 無論、政宗には深い傷が刻まれた。だが、彼女からしてみれば周囲が傷付いて自分だけが助かったような――そんな気がして、それだけの価値が自分にあるのか問えば、リリィは起きてしまった全てに謝らずにはいられない。


「正直、ボクは助けに来てくれた時……嬉しかったんだ。本心ではそれを望んでた。でもね、やっぱりボクが犠牲になった方がよかった。ボク一人の犠牲で終わるならその方がよかったんだ……助けて欲しいなんて思うのが、ワガママなんだ!」


 リリィが涙ながらに語り出したこと、結人はそれを耳にしてまだカルネが彼女を苛んでいるようで怒りが湧き、そして――同時にどうしようもなく寂しくなった。


 彼女の口から、そんな言葉が出てしまうことが――。


 隣に座るリリィの手を取り、結人は握りしめてゆっくりと語り始める。


「そんな悲しいことを言わないでくれ。俺達はリリィさんのために納得して動いたんだ。リリィさんが自分を大事にしてくれないと……俺達の頑張りが意味を失っちまうよ」


「そうよ。私はあんたが無事でいてくれることが何よりも叶えたい願いだった。あんたの無事はお金じゃ買えない価値があるのよ」


「僕は正直、君を助けた理由を明確に答えられない。はっきりしない感情に突き動かされてバカをやったと思う。でも、無駄じゃなかった――意味があったとはっきり言えるよ」


 三人の言葉を受けてリリィはゆっくりと顔を上げ、そしてそれぞれの顔を見回す。


 結人は心配そうに視線を送り、瑠璃は下唇を噛んで泣きそうになるのを堪え、そして修司はいつもの涼しそうな表情を少し崩し穏やかに笑んでいた。


「リリィさん、俺達は確かに代償を払ったのかも知れないけどさ。それは言ってみればリリィさんへの気持ちなんだ」


「確かにそうね。私達、何だかんだでリリィに助けられてるもの。だから、これは恩返しなのよ」


「みんな君が大切ってことだよね。君が一人で犠牲になるくらいなら、みんなで傷を背負う。つまりは痛み分け。だから、大切にされてる自分をもっと――大切にしてみたらどうかな?」


 リリィは三人から寄せられた言葉、そして想いに戸惑いの表情を見せる。


 リリィは――政宗は誰かと深く関わることを避けて過ごしてきた。そのせいで彼女の自尊心は今日まで育つことなくきてしまった。


 秘密を抱え、本当の自分を曝け出さないせいで誰かに大切にされたという実感がなく、彼女はどうしたって自分の価値を低く見積もってしまう。だから、簡単に自分を犠牲にしてしまうし、他人の好意にさえ責任を感じる。


 誰かに迷惑をかけず、ワガママを言わず、とにかく優しくする。


 そんな風に誰かと接してきたリリィだが――ここにきて、そろそろそういった殻を破るべきだという想いが彼女の中に芽生え始める。


 クラブとカルネの策略に苦しんだ今日。しかし、こうして皆の想いで助け出されたことはある意味――成功体験だったと言えるのかも知れない。


 他人に愛される自分を、もう少し好きになっていいのかも知れない――そんな風に感じられて、リリィは少しだけ気持ちを切り替えられた。


「……みんなの力で助け出されたこと、それは喜んでいいことなのかな?」


「当たり前じゃない! 悲しむ必要がどこにあるのよ!」


「ボクのせいでみんなが傷付いたんじゃなくて――ボクのために動いてくれたって、そう受けとめていいのかな?」


「そうだよ。僕らはみんな政宗くんのために行動したと思ってるさ」


「そっか。みんながボクの苦しみを少しずつ背負ってくれた……そう考えてもいいんだね」


「あぁ。だからさ、ごめんなんて悲しいこと言うなよ」


 結人の言葉にリリィは何度も頷き、そして目に浮かぶ涙を手で拭い、


「そうだよね。言わなきゃいけないのはありがとう――そして、ただいまだよね!」


 政宗はみんなから寄せられる言葉と想いに温められ、ギュッと目を閉じ笑んで一つ壁を乗り越えた。

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