第二十六話「叶えられた願い」
「じゃあ、あなたが三葉だっていうの……? あの人との間に生まれた、私の娘の……?」
「そうだよ。アタシがアンタの娘の三葉だよ。あんなクソみてぇな親父を押しつけて出て行った裏切りもんの母親、テメェから生まれた娘なんだよ――!」
怯えた声と表情のカルネ――いや、実の母親に馬乗りとなって三葉は力任せに頬を殴った。
結人からもらった一撃によって口の中を切っていたカルネは、その殴打によってさらに傷を広げ、まとまった血を吹き出して地面を汚した。
(……なんだ、この状況? 一体、何が起こってるんだ……?)
結人と修司、そして政宗が蚊帳の外にされるというまさかの状況。最早、これはカルネのシナリオではなくなっていた。
だが、これは言うまでもなく――好機。
三葉はカルネにひたすら拳を振るい続け、そんな光景を男達が囲んで見下ろしている。言ってみれば――隙だらけ。
「……今がチャンスだ。政宗を連れてここを出よう」
結人は修司と顔を見合わせ頷く。
床にぺたんと座り込み、呆然と目の前の光景を瞳に映す政宗。先ほどまで男達四人に囲まれて揉みくちゃにされていたが、特別何かをされたというわけではなかったらしく、上半身の衣服が剥ぎ取られた状態から目立った変化はなかった。
もう少し男達が欲望のまま政宗に襲い掛かっていればただでは済まなかっただろうが、おそらくはカルネの指揮でじっくりと楽しむよう言われていたのだろう。
結人は政宗へと駆け寄り、素肌が露わになっている上半身を隠すべく着ていたブレザーを脱いで肩からかける。
そして、表情に貼りついた不安を溶かしてやるべく、政宗の頭を自分の胸へと抱き寄せた。
「お待たせ。やっと助けられたな」
「結人くん……? ……ボク、助かったの?」
「あぁ、そうだ。」
結人の胸に頭を預ける政宗は体を震わせていた。しかし、ようやく絶望から抜け出せたことの安堵もあってか、瞳に希望を取り戻して結人を見る。
「ほんと、来ちゃ駄目って言ったのに……」
「ごめんな。でも、助けないわけにはいかなかったんだ」
「……だよね。結人くんはいつだってボクを助けてくれるもん。……嬉しかった。ありがとね、結人くん」
随分と消耗しているようで声には活力がなく――しかし、必死に言葉を紡ぎ、ギュッと目を閉じて笑う。
その表情に結人自身も安堵していた時、彼女が背中で手を縛られていることに気付く。
しかし、縄を切断する道具を持ち合わせていなかった。なので、不自由から解放するべく、回収していたマジカロッドを握らせた。
政宗は結人と顔を見合わせ、頷き――マジカル☆リリィへと変身。
魔法少女は変身する直前に持っていたものや衣服など一切を引き継がない。なので彼女を拘束していた縄も同様に消失し、リリィは一切の束縛から解放された。
つまり、この状況――唯一となる魔法少女であるリリィが存在することによって、結人達の身の安全は確定的に保証された。
一方で修司は床に転がっていた政宗のスマホを回収。取り返すべき全てを回収しきったため脱出の準備は整った。
そして結人達は出口の方を向く。その付近では口汚く母親を罵る三葉、そして男達四人の存在があった。
「テメェが……あの父親をアタシに押しつけたせいで、どれだけ酷い目に遭ったと思ってんだ! あの男は実の娘だろうと容赦なく殴るよう人間だ。今、アタシがお前にやってるみたいになぁ!」
今までの恨み辛みを吐き出しながらカルネの顔面を殴打し、叫ぶ三葉。
男達が立ち尽くす隙間から見えたカルネの顔は腫れぼったく、元がどんな容姿だったかは徐々に分からなくなっていた。
「きっとお前はアイツに暴力を振るわれたから出て行った……頭は回るくせに暴力の前には何もできなかったんだ。でもなぁ、それに同情はしねぇ! お前はアタシを囮にしたんだ。……絶対に許さねぇ。あの男にされたことは全部お前にしてやる。だから――」
そう言って最後に一発、カルネの鼻っ柱を砕く拳を見舞って三葉は立ち上がる。そして――カルネに背を向け、男達とすれ違う最中に命令する。
「――好きにしていいぞ。代わりになるか知らねーけど、こいつで遊べ」
三つ葉の下した命令で男達は歓喜の声を上げ、政宗に迫った時と同じ欲望剥き出しの笑みを浮かべ――四人の男達はカルネへと迫っていく。
ハイエナが死骸に群がる様を思わせる光景。それをバックに三葉は結人達を前までやってきて立ち止まり、親指で出口を指す。
「……さっさと帰れよ。アタシらにお前達を傷付ける理由はもうない。願いが叶ったんだ、魔法少女でなくなったことだってもうどうだっていいし」
いつもの意地の悪い笑みは浮かべず、無表情で吐き捨てるように語った三葉。
結人は一瞬、偉そうにしている三葉に対して怒りを覚えた――が、妙に眼前の少女へ物悲しい感情を抱いてしまい、湧き上がる感情が冷めてしまった。
(……こいつは結局、カルネの傀儡だっただけなんだろうな。本質は怒りに任せて気に入らないものを叩くだけの、復讐の権化。正直、今まで「カル姉ぇ」だなんて慕っていたやつが母親だったってのは……どんな気分なんだろうな)
――もしかしたら同情していたのかも知れない。
だが優しい言葉をかけてやるほど結人は彼女を許したわけではない。
ただ、湧き上がる思いが冷めて中和されただけ。
その落差で同情したというのなら、そこから至る道はただ一つ。
――無関心だ。
結人はもうマジカル☆カルネ――そして、三葉のことがどうでもよくなっていた。
(こいつのことが恨めしいと思う。少し可哀想だとも思う。……でも、そんな全部がどうでもいい。もう関わりたくはない。無関心が一番いい)
結人は三葉の言葉に返事をすることはなく、リリィの膝裏と腰に手を回し、彼女を抱き上げて――何事もなかったかのように出口の方へ歩き出す。
三葉は結人達に一切危害を加えることなく、その場でじっとしていた。当然、リリィは抱きかかえられたことに困惑の表情を浮かべ、近くなった結人の顔を見る。
「――ど、どうしたの結人くん!?」
「リリィさんは消耗してるだろうから抱きかかえてるだけ。大したことじゃないよ」
「そうなの? でも、ボクが逆に二人を抱えればあっという間にここから出られると思うけど……」
「まぁ、確かにそうなんだけどな。でも、逃げるようにここを出るのは駄目だ。堂々としてなくちゃならない。勝ったのは――俺達なんだから」
意思を秘めた強い瞳と、揺るがない信念を感じさせる声。
抱かれる腕の中でリリィは彼に感じる英雄然とした一面を見た。
俗に言うお姫様だっこでリリィを抱え上げる結人。
その光景は、いつかと立場が逆になっていた。
そして出口付近――男達が群がり、自分の欲望をカルネへとぶつける醜悪な光景。衣服が引き裂かれる音、そして男達の荒い息遣いが生々しく響く。
修司は顔をしかめ、そして結人は悲しそうな表情で一瞥した。抱きかかえられた政宗には死角となっており、それは結人の意図だった。
そして結人が一瞬だけ捉えたカルネの姿。それは最早抵抗する気力もなく、ただ男達の情欲の捌け口に使われるだけの人形だった。
光を失った虚ろな瞳で。
己の血で唇を赤く染めて。
縋るように空へ手を差し伸べて。
しかし――自暴自棄気味に口角を上げて、
「愛されたい……ただ、愛されたい……。私を……愛して」
隙間風のように頼りない声で呟いていた。
――愛されたい。
それはきっとカルネの願いだと結人は感じ、
(……三葉が復讐を果たしたように、カルネもその願いを成就させたのだろうか?)
などと思ったが、結人はそんな一切がどうでもよくなり――考えるのをやめた。