第二十五話「二人の裏で暗躍した者」
(――駄目だ! ここまで……ここまでやったってのに、結局はカルネの思うツボなのかよ! 政宗を守ることはできないのか!?)
結人は力なく政宗の方へと手を伸ばし――しかし、空を掴んでその手は地へがくりと落ちた。
結人と政宗がそれぞれ絶望に心を染め、育まれた恋心は穢される、そんな最高のシチュエーションにカルネは絶頂感を得る――はずだった。
しかし――、
「――な、何だ!? 何が起きたんだ? 変身が解けちまった――!?」
政宗に群がる男達の欲望を遮って振り返らせるほどの声、それはクラブの悲鳴。結人は声のする方――修司を地に伏し、踏みつけているはずのクラブを見た。
するとそこには――、
(クラブ……じゃない!? あいつ……見覚えがあるぞ。確か中学のクラスメイト――三葉だ!)
鬱蒼とした森のような緑色をした魔法少女ではなく、金髪の髪、耳下で輝くピアス、そしてパンクファッションに身を包んだ少女がいた。
――そう、何故かクラブは突然変身が解除されており、そして、
「な、何があったというのですか……? 何故――何故、私の変身が解けているんですか!」
カルネも例外ではなく、結人の体を踏む力は魔法少女のものではなくなっていた。
そして、そこにはマジカル☆カルネの面影はありながらも魔法少女とはとても言えない、三十代後半ほどの女性の姿があった。
突如として魔法少女二人が変身を解除され、その場にいた全員が静観して二人を見つめる。
そして、そんな時――政宗のスマホに着信が入り、握っていたカルネは少し戸惑いながら電話に応答する。電話は政宗にヒントを話させる際の設定を引きずってハンズフリーになっていた。
『お久しぶりね、カルネ。私が誰だか分かるかしら?』
「……ええ、政宗くんとのメッセージ履歴で特定してます。高嶺瑠璃、あなたがマジカル☆ローズでしょう?」
『大正解。でも元なのよね。もう願い事を叶えちゃったから』
「あら、そうですか。で、用件は一体何でしょ――」
世間話として瑠璃の言葉を流したつもりでいたが――しかし、今現在起きている奇妙な現象の理由と合致することに気付き、カルネの顔から血の気が引いていく。
『ピンと来たみたいね。で、あんたも今は魔法少女じゃないんでしょ?』
「その口ぶりからしてこの現象はあなたが? 一体、何を願い事として叶えたのですか!?」
『簡単なこと――あんた達の契約を完了させてもらったの。私の願いは――あんた達二人の願いを叶えてしまうことよ』
「へ、へぇ……? 余計なことをしてくれましたねぇ、本当に」
スマホを握りしめる手を震わせ、怒りに血走らせるカルネ。
突然のことで呆気に取られていた結人だったが、ふと我に返り――これが最後のチャンスだと感じ、行動を起こした。
魔法少女でなくなったカルネに対し、結人にはまだ身体強化がある。
(高嶺が作ってくれたチャンス――無駄にできるかよ!)
床に両手をついて無理矢理に体を持ち上げる。
すると動き出した結人に困惑してカルネは必死に踏む力を込める――も、魔法少女の力を失い、電話に気を取られていた彼女にできることなどもう何もない。
抑えつけていられなくなったカルネは足を離し、一方で身体の自由を取り戻した結人は政宗を助けるべく男達の方へ駆けて行こうとする。
「ま、待ちなさい! 私のシナリオを邪魔させま――」
結人の肩をカルネが掴み、静止。
しかし――、
「――うるせぇよ、邪魔なのはお前だ!」
結人はくるりと振り返り、遠心力に乗せた拳をカルネの頬へと叩きつけた。
「ぃぎぃ――! ぐがぁっ!」
魔法の力によって強化された拳の殴打。そのベクトルに沿ってカルネは情けない声を漏らしながらバタリと体勢を崩し、仰向けに床へ倒れた。
怨敵を蔑視する結人。
今まで散々、好き勝手やったことへの代償。そして政宗を弄んだことへの――鉄拳制裁が成立した瞬間だった。
一方、修司も変身を解除したクラブの拘束からあっさりと脱出。結人と修司は政宗の方へと歩んでいく。
再び動き出した魔法付与を受けた結人と修司に、四人の男達は怯えた表情を浮かべる――のだが。
その瞬間、結人と修司の体が纏っていた赤いオーラが消える。
――そう、魔法の効力が時間切れを迎えたのだ。
二人は自分の体から消えていく赤いオーラを見つめ、男達は目の前の敵がもう大した相手ではないと悟る。
そして、形成逆転にニヤリと笑む男達を前に。
結人と苦い表情で後ずさりする。
「……マズくないか、修司」
「逆転したかと思ったけど……またもやピンチみたいだね」
ゆっくりと後退する結人と修司に対し、先ほど痛い目をみせられたお礼をしようと男達四人はニヤニヤと笑いながら歩み寄ってくる。
(クラブとカルネが無力化されたとしてもこの男達が脅威になるのか……! せっかく高嶺がチャンスを作ってくれたのに……!)
しかし、事態はまたもや逆転する――!
『佐渡山くん、聞こえる? なんかジギタリスが言ってるんだけど……クラブとカルネが魔法少女じゃなくなれば全部何とかなるんだって。そこにいる男達もきっと――大丈夫らしいわよ?』
カルネが殴られ、地に伏したせいで床に転がっていたスマホから聞こえる瑠璃の声。今まさに男達が迫ってくる状況を大丈夫だと語る瑠璃の言葉を結人は信じられなかった。
(……こんな状況がどうやって覆るっていうんだ?)
額に汗を流し、絶体絶命の状況に鼓動が高鳴る――も、
「――おい、お前ら。敵はそいつらじゃねぇ。やるなら、あっちだ」
突如として響き渡ったのはクラブ――いや、変身を解いたため今は三葉と呼ぶべき少女の声。
そして、三葉は男達に狙うべき敵を指で指して示す。
その方向にいたのは――カルネだった。
彼女は結人に殴られたが意識は保っており、床の上で仰向けから半身を起こすところだった。そして、突如として自分が攻撃対象になったことに驚き、慌てふためく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! く、クラブ……あなた、何を言って!?」
理解が追いつかない様子で三葉の方を見るカルネ。すると三葉は歯を見せてニヤリと笑い、ゆっくりとカルネの方へ歩み始めていた。
――状況の一変。
結人と修司は困惑で言葉を失っていた。
さらに奇妙なことに、男達四人は結人と修司へ歩み寄り――そして、特に何をするでもなくすれ違ってカルネの方へ進んでいく。
「あなた達も何をしているのです! 攻撃すべきはあの男二人でしょう!」
カルネは結人に殴られたせいで歯が折れているのか、口から血を流しながら叫ぶ。しかし、男の一人は申し訳なさそうに後ろ頭を掻き、
「悪いッスね。俺達はクラブの姉さんに従ってるんであって――あんたの部下じゃあねぇんスわ」
と突き放す言葉を浴びせ、カルネの表情はみるみる絶望に侵食されていく。そして彼女は訴えられる相手が一人しかいないと理解し、懇願するように震える口を開く。
「どうして――どうしてです、クラブ! 何があって私を攻撃するような真似を!? 今日まであなたは魔法少女の先輩として私を慕っていたはずでは――!?」
今日までの日々を思い返し、必死に訴えたカルネ。三葉はカルネへと歩み寄り、吐息がかかる距離でその顔を覗き込む。
目を震わせ恐怖に慄くカルネの瞳に映っていたのは――他者を弄んで悦に浸るどこぞの女によく似た顔だった。
「……ジギタリスも嫌な性格してるよなぁ。こんな近くにアタシの敵がいたのを黙ってたんだから。でもアイツらしいのかな? だって、こうしてお前の変身を解くだけで――アタシの願いが叶っちまうんだから」
「く、クラブ……? あなた、何を言って……?」
至近距離で舐めるように見つめてくる三葉、そして背後では屈強な男達四人が先ほど政宗にしたように囲んでカルネへと影を落とす。
そんな状況に置かれて目に涙さえ浮かべ、しかし依然としてカルネは状況が掴めない。そして、彼女が状況を理解できないことこそ――三葉が抱く願いの根源だった。
「これだけ至近距離で見てもピンとこねーか。やっぱりお前はただじゃすまさねぇ」
「ど、どういうことですか……? もしかして、私達……会ったことがあるのでしょうか……?」
心底分からないといった表情で問いかけるカルネに、三葉が向けていた嫌みったらしい笑みは瞬間消え去り、そして呆れ返ったように嘆息。
そして三葉が突如として敵になった理由が――明かされる。
「あぁ、会ったことあるとも。だってアタシは――お前の実の娘なんだからな。……ここまで言えば分かるだろ?
アタシの願いは――自分を捨てた母親に復讐することなんだよ」