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6話「そして伝説へ」

 勇者グリーム、後に救世の英雄と呼ばれる者の名である。


 彼は霊峰での修行をを終えた後に国へ戻ることなく魔王の城へ向かった。

 道中の魔物たちはグリームが身に纏う尋常ではない覇気を感じて一切近づくことはなく、ただただ彼が素通りしていくのを眺めるだけであった。

 鍛え、練り上げられた気。周囲から少しずつ身に纏う自然力の粒子こそ霊峰で会得した努力の結晶であることは言うまでもない。





「……なんだこの凄まじい力の気配は」


 魔王はその並外れた感知能力で強大な存在を感じていた。今までにない荒れ狂う暴風、大瀑布の如き力の奔流を。

 すぐさま座から立ち上がり、全兵力を遠ざけた。


 何故か?


 魔王は気づいていたのだ。自分以外の者では相手にすらならないと。であるならば兵力を無闇矢鱈と消耗することはない。魔王はそう考えた。


「……きたか」


 誰もいなくなった城へ正面から侵入する者がいた。

 座を汚すわけにはいかない。

 そう考えて魔王は自ら大広間へ出迎えることにした。

 転移魔術を行使して移動した先にいた人物に思わず瞼を大きく開く。


「貴様、勇者か?」


「勇者は一度滅びた……俺はただのグリーム。お前を滅ぼす者だ」


 その言葉を聞いた魔王は笑った。

 嘲笑ではない。心の底から称賛と畏敬の念を込めた正直な気持ちである。


「そうか! そうか! 勇者が滅びた先にいたのは戦士であったか! ……よい、よいぞ。貴様の故郷を滅ぼした我を滅ぼしにきたか。以前戦った者と同一人物とは思えんほど腕を上げたようだな」


「ああ、既成概念を全て壊して到達した力だ」


「ククク、貴様を生かしておいてよかったわ。ようやく念願の対等な戦いができるというもの……くるがよい。先手は貴様に譲ってやろう」


「言ったな?」




 ――後悔するなよ?




 気の噴出。

 助走なしの最高速。

 煌めく一閃。



「ヌゥ……!?」



 魔王の右腕が床へ鈍い音を立てながら落ちた。

 驚愕に目を見開く魔王は二撃目を魔力によって具現化した剣で防ぐ。

 三合の打ち合いをした後、両者は距離を取る。


「まさか腕を落とされるとはな」


 魔王は落ちた腕を拾い上げ、断面にくっつける。


「それで治るのか。やはり魔王は化物だな」


「なあに、今度は落とされんよ」


 魔王の姿がかき消える。


「!」


 グリームは即座に背後から迫る剣に反応し、弾き返す。


 避け、弾き、突き、避け、弾き、鍔迫り合う。


 互いの技量は拮抗し、幾度となくぶつかる。

 剣術、格闘術、魔術を超高度に身に着けた者同士の戦いは熾烈を極め、大広間を数多の傷が刻まれた戦場へ変えていく。

 階段は崩れ、絨毯は焼けて凍る。柱は心許ないほど削られて今にも折れてしまいそうだ。


「フハハハ!! ここまで心躍る戦いは最初で最後やもしれぬなあ! 今より全身全霊、本気の力を出すとしよう!」


 魔王から紫炎の如き魔力が溢れ出し、練り上げられ、身に纏っていく。

 濃密かつ超硬度になった魔力は一切の攻撃を許さぬ鎧となり、剣と化す。


 "鎧神の魔王"と呼ばれる男の代名詞とも言える姿。

 かつて神々を相手取って勝利した最強の魔族の真なる姿である。


「凄まじいな……だが、師よりは"弱い"」


「何?」


 今度はグリームが少しずつ纏っていた自然力が内なる気と結合し、翠炎の覇気を纏い始める。数多の命から分けてもらった力と修行により遥かに増大した魔力と異なる気を緻密に操作して作りだす生命の鎧。受けた傷は癒え、感覚は研ぎ澄まされ、あらゆる身体能力が比較にならないほど上昇する。


「ほう、素晴らしい力だ」


 魔王は瞼を閉じ、これが最後の戦いであると再認識した。



「――力を極め、無窮の鍛錬により至った技。その総てを我に見せるがいい」




 ――言われるまでもない




 瞬間、床は抉れ、壁が割れる。


 凄まじい剣戟の音。

 砕き、砕かれ、再生し、また砕かれる。

 紫炎と翠炎の彗星が幾度となく激突する度に城が揺れる。

 城から遠ざけられた兵士たちは固唾をのんで城が震える様をただただ見守っていた。


 そこに在るのは互いの信念と意地のみ。

 瞳に宿る闘志は衰えるどころかますます滾っていく。

 一手一手に魂という薪をくべ、敵の命を断たんと斬撃を刻む。

 火花を散らし、闘志を燃やし、夢幻を具現し力と成す。

 此処に在るのは人でも魔族でもなく、正義や悪でもない。

 敵の存在全てを断ち斬る。その一点のみである。




「「――――」」




 言葉はなく、ぴたりと音が止む。

 戦場と化した大広間に静寂が訪れる。


 魔王とグリームは同時に一振りの剣を創った。


 魔王は紫炎の無骨な大剣を。


 グリームは翠炎の華奢な長剣を。




 空間が、歪む。




「神撃屠る万物を超越する魔神の炎。全ての命は畏怖と絶望を抱いて仰ぐのみ。天地鳴動する魔神の咆哮――――」




 大剣を中心に空間が歪み、黒き深淵の穴を開く。

 "魔王"、"鎧神の魔王"そして"魔神"の名を持つ究極の存在に総ての魔がかしずく。

 魔王は最大の敬意を込めて、此れを振り下ろす。




「魂魄肉体を灰燼とす。



 ――――魔神審判・終焉ノ凶星!!」




 深淵穴からいづるは真紅の焔気を纏いし黒星。

 世界を崩壊させる超抜級の魔力が内包された神域の御業。


 絶対的終焉。

 圧倒的絶望。


 黒星が迫る。


 グリームは諦めるか、否である!


 その華奢な剣に乗せるのは想い。

 家族。

 恋人。

 群衆。


 そして――師への憧憬と感謝の想い。


 ならばもう迷うことはない。




「内なる気。生命の気。魔性の気。総べるは極彩の心魂――――」




 静と動を内包させ、練り上げ、創る。

 正真正銘。全身全霊を賭け、守りを捨てた究極の一振り。




「現世の希望、幽世の鼓舞、創世の喝采。生きとし生けるもの、死したもの総てをのせて究極を超える一撃」




 生者、死者の後押しを受けて踏み出す。




「――――極閃ごくせん五蘊皆空ごうんかいくう




 本気の一閃。

 なんてことはない。ただ横に振っただけの棒振り。

 魔神の黒星と比べれば矮小の一言で片付けられてしまうほどに弱々しい攻撃。

 だが、それは総ての想いを一身に受けた究極の刃。

 力無き生命の叫び。

 神を冠する存在への報復の一手。


 故に強い。故に覆る。


 さあ、神無き地上の生命の世を始めよう。




「がふっ……な、にぃ?」




 極大の黒星は上下に断たれた。

 絶望、終焉を希望と想いが斬り捨てたのだ。




 敗北の可能性など万に一つもないと確信していた魔王の表情が歪んでいる。

 斬ったのは黒星だけではない。後ろにいた魔王の体ごと上下に裂いたのだ。


 グリームの手元からこぼれ落ちる感触。

 剣が役目を終えて砕け、霧散する。




「俺の、勝ちだ」




「く、クッハッハ……認めざるを得まい。我の敗北だ。この命、今に消えることだろう」




 黒星が消える。魔王の体が消えていく。

 世界を覆っていた悪の気が晴れていく。


「よくぞ……人の身で至ったものだ……魔王、いや、魔神として讃えよう。貴様が世界最強だ」


「いや、それは違う」


「違う……?」


「ああ、世界最強は俺の師だ」


 それを聞いた魔王は笑みを深めて言った。


「貴様より強き者がいるのか……消える前に、戦っ、て、みたかった、なあ……」


 魔王が体が完全に消滅する。

 だが、その最期はとても穏やかで、晴れやかであった。




 かくしてグリームは世界を救った。

 国へ戻ったグリームは勇者の名を捨て、戦士グリームと名乗ることとなる。

 そして彼の死後、戦士グリームは"救世の英雄グリーム"と呼ばれ、伝説となった。


 勇者の物語はここで終わる。

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