5話「村娘、旅立たせる」
「今日から実戦形式の修行に切り替えます。聞くところによると魔王という者は人型かつ剛の剣術を使うそうですね」
「はい! 奴は腕力を利用した凄まじい剣術を駆使して俺を圧倒しました……悔しいですが奴の強さは俺より遥かに上です」
「であるならば魔王と同型の相手と戦うのが効率的でしょう」
「それはそうですが。そんな相手がどこに……」
「ここにいるじゃないですか」
「へ?」
グリームは周囲を見回すもののそれらしき人影は見当たらない。
「ここですよ」
ぷにっとグリームの頬に白魚のような指が沈み込む。
美心は頬を膨らませて睨む。
その様子は誰が見たとしても怖さなど微塵もなく、ただ可愛らしいとしか思えないものであった。
「し、師匠がですか?」
「何か不満でもあるんですか」
「イエゴザイマセン」
「よろしい」
「さ、始めましょうか。少しずつ調整するので魔王と同じくらいの力だなと感じたら教えてくださいね」
「はい!」
地鳴り。
抉れる大地。
重圧。
それぞれが一度に起きたかのような感覚をグリームは覚える。
接近に気づいた瞬間、頑丈な霊樹から削り出した木剣同士が鈍い音をたてながらぶつかる。
「ぐぁ!」
鍔迫り合いに発展することもなくグリームは一方的に弾き飛ばされた。
「……少し緩めますか」
グリームが立ち上がったところを見て再び踏み込む美心。
今度は先程より遅く、踏み込みもかなり抑えている。
「ぐぅ、ううう! こ、このくらいです!」
「そうですか。ではこのくらいの強さで打ち込んでいきますから耐えて、できれば反撃もしてみましょう」
(こんなに重い一撃を涼しい顔で繰り出すなんて……! なんてお方なんだ)
圧倒的脱力から放たれる振り。一撃ごとに体力を持っていかれる感覚さえ覚えるほどだ。
美心はわざと反撃のチャンスを作っているもののグリームの身体と技術が付いていってないのか一向に反撃へ移れない。しかしここで手を止めてしまえばせっかく脳を戦闘状態にしたのが無駄になってしまう。
「ふっ! はっ! ぐぁ!」
木剣を受け止めた衝撃で柄が鳩尾に食い込む。
「しっかりと衝撃を流しなさい。毎回まともに受け止めていては反撃すらできませんよ」
グリームは次々と襲いくる刃を今まで見てきた美心の動きを思い出しながら少しずつ再現していく。できるだけ躱し、いなし、よく見る。
(感覚で詰めるな。理詰めで組み立てていけ)
自分へと暗示をかけながら今度は少しずつ脱力し、腕を柔軟に動かす。
「……これは」
――早い
美心はそう思った。
ちょっとした助言をしただけで体重移動から腕の使い方まで修正してくるのだ。それもわずかな時間で、だ。
(見えた!)
グリームはその隙を見逃さなかった。今まで見えていなかった剣撃の穴がついに見えるようになったのだ。
「せぇや!」
刺突。
単純ながらも捌くのが難しい剣術の一つ。
切っ先は美心の心臓部へと吸い込まれていく。
「見事っ!」
美心は笑みを浮かべた。
嗚呼、やっと反撃してきたと。
――そして
「が、甘い」
全身を回転させながら刺突を紙一重で回避し、木剣を左手に持ち替えて喉元へ突きつける。
刺突の体勢のまま硬直するグリーム。
「……ま、参りました」
「地に足が付いている状態の相手に刺突をするとこうなります。特に相手の体重移動には気を配りましょう」
「はい……」
「ですが、上出来ですよ。反撃をするまで一度も直接刃を受けずに耐え続けること。それこそが勝利への重要な鍵となることは間違いありません」
「し、師匠!」
「では」
美心は構えをとる。
グリームはぎょっとする。
「し、師匠?」
「再開しますよ」
にっこりと優しく微笑んだ後に熾烈な剣戟が始まる。
段階的に疾く、強く、狡くなっていく木剣の動きにグリームは打ちのめされながらもそんな鬼のような修行。
それを1ヶ月の間、毎日やるのであった。
◆◆◆
「そろそろいいでしょう」
美心は木剣を振る手を止める。
「そろそろ、とは?」
「あなたの修行についてです」
「それはもう修行をするなということ「違います」」
美心は溜息をつきながらグリームへ切り株に座るよう促す。
「当初、修行の目的は魔王との再戦に備えてでしたね。それから自然力と剣術の修行で2ヶ月。本来は数年はかかる予定でしたがあなたの成長速度が予想を遥かに超えるほどに早かった」
自然力を練り上げて圧縮した弾を作り上げながら話を続ける。
「自然力を練り上げ、力へ変える技。圧縮し、このように撃ち出す弾を作る高等技まで習得したあなたはすでに魔王を倒せる実力を身につけていると推測します。まああなたから聞いた話であって魔王本人を知っているわけではありませんけどね」
フッと弾を消して立ち上がる。
「免許皆伝です。グリーム。あなたへこれ以上私から教えられることはありません。あったとしてもそれは今を生きる人間にはあまりに過ぎた力。おめでとうグリーム」
グリームの頬に涙が伝う。
言われた言葉を噛みしめるように瞼を強く閉じる。
嗚呼、認められた。嗚呼、強くなれた。けれど、何故悲しいのだろうか。
「師匠、俺は……!」
「行きなさい。あなたの行くべき場所、そして帰るべき場所へ」
「しかし!」
「いけません」
「なら俺も仙人になれば……」
瞬間、凄まじい自然力と気が爆発的に吹き出す。
圧倒的質量。
圧倒的重圧。
「いい加減になさい! …………あなたには共に生きる仲間が、待っている恋人がいると以前聞きました。その者たちと異なる時間を生きるということがどれだけ辛いのか。あなたに分かりますか? 分からないでしょう。分からないほうがいいのです」
美心から発せられる圧力が弱まる。
「すみませんでした! 師匠! 強さを求める余りについ、傲慢な言動をしたことをお許しください!」
土下座をするグリーム。その頭を美心は優しくなでた。
「良いのです。あなたはまだ若い。傲慢な考えも欲望もあるでしょう。それを諭すのが我々のような長く生きた大人の役目です。いつかあなたも諭す側に回る時がきます」
「さあ行きなさい。霊峰を出て、新たな道を歩んで行くのです」
グリームは立ち上がり、今度は清々しい表情で堂々と返事をし、霊峰を後にした。
「ずいぶんと気落ちしてるけど、原因はあの子かしら」
「……深雪さん」
「可愛い初弟子だものね」
「はい、できれば私としてももう少し教えていたかったです。けれどあの子も悪いんですよ! あんなに飲み込みが早いなんて知りませんでしたし!」
頬を膨らませながらつんとそっぽを向く美心。
それを見た深雪はぽんと頭に手を乗せてからかった。
「これだと弟子というより息子みたいな感じみたいね~」
「……!? ち、違います! 私はただ!」
「はいはい後でゆっくり聞くからお家に帰りましょうねー」
「な! 子供扱いしないでください!」
数百年の時を生きる美心も深雪には形無しである。
そして仙人集う霊峰は今日も平和であった。