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2話「村娘、弟子をとる」

 木剣を持つ最低限の筋肉のみを使い、それ以外を脱力状態に置く。

 筋肉はただ力を入れるだけでは意味がないどころか逆効果である。腕を伸ばす動作が無駄な筋肉によって阻害されるからだ。今回の場合は木剣が仮想敵へ接触する瞬間押し出すように叩き込む。


「では……始めます」


「あ、ああ」


 私が木剣に意識を向けることで弛緩した雰囲気が一気に締めつけられる。グリームもそれが分かったのか生唾で喉を鳴らしている。

 体格に合わせた始点まで木剣を振り上げて停止。全身の筋肉の動きを脳で制御し、脱力状態を適宜変化させて鞭のようにしならせながら振り下ろす。

 仮想敵に接触する直前、力みを一瞬だけ極限まで入れる。



 風切り音が遅れて鳴る。



 木剣が振り下ろされ始めた次の瞬間にはすでに終わっていた。

 速かった。あまりにも速すぎた。音を置き去りにするほどに。

 自然力が介在しない純粋な技量による振り。武に関しては凡人程度の才能だが数百年にも及ぶ研鑽を積むことで普通の人間が到達し得ない領域へ足を踏み入れたのだ。


「どうでしょうか。私に教えられることはありそうですか?」


「俺は君を誤解していた。少女に剣術を学ぶことなどないもないのだと勝手にそう思っていた。どうか俺を弟子にして欲しい。いや、してください!」


 突然の大声に肩が跳ねる。長年静謐の中で生きてきた私にとって彼は少しばかり眩しい。

 とはいえ老いぼれた私にも今を生きる人に教えられることがあるのは嬉しいことだ。ただただ暇を潰すために積んできた研鑽がここにきて活かされることに少し浮かれてさえいる。


「師というほど偉い者ではありませんので気兼ねなく接していただいても……」


「いえ! 教えを請う立場であるならば師と仰ぐのは当然のことです」


(決意のこもった眼。明らかに一歩も引かないと言わんばかりですね)


「むぅ……はあ、分かりました」


「ありがとうございます! 師匠!」


「ところで傷は痛みませんか? 目に見える傷は癒やしたのですが」


「痛みは全然ありません! むしろ以前より調子が良いくらいです」


「それは良かった」


 やはり勇者と言うだけあって傷の治りも早いようだ。この様子なら修行内容も厳しくしても問題ないだろう。

 彼は仙人ではないのであまり時間をかけてもいられない。


「では早速明日から修行を開始するので疲れはしっかりとっておいてくださいね。傷は治せても疲れまでは治せませんから」


「はい!」





 ◆◆◆





 霊峰内部にある稽古場。

 ここは自然力が滞ることなく循環している空間なので岩壁がわずかに発光している。そのため内部は意外と明るいのだ。


「今日からこの稽古場で指導するので場所は覚えておいてくださいね」


「はい!」


「良い返事です。では最初にあなたの力量を測らせてもらいます」


「師匠は何も持たないのですか?」


「はい。私は徒手空拳のみで相手します」


「失礼ですがいくらなんでも……」


 口から空気を吐き出しながら瞼を閉じる。

 意識を"通常状態"から"戦闘状態"切り替え、瞼を開く。




「……黙ってきなさい」




 自然力と身体に内包している気による脅し。


 唾を飲み込み喉を鳴らすグリーム。あまりの気迫に一瞬だけ身体が硬直したのだ。


「行きますよ……!」


 先代勇者たちから脈々と受け継がれてきた剣を手に地を踏みしめトップスピードで迫る。


「ぜぇや!」


 捉えた。そう思ったグリームの視界はいつの間にか天井を見ていた。


「なっ、もう一度だ!」


(全身に魔力を巡らせて身体強化の魔術と刀身に付加魔術を施す!)


 グリームの全身から紅いオーラが発せられる。

 勇者の血統による特殊な魔力性質によって現れる変化。

 もちろんそんなこと美心は知らない。だが、分かる。


「これは凄い」


 漏らした声は純粋な感嘆。

 よくぞその歳で練り上げたものだという称賛である。

 自然力や気とは異なる力であっても感じ取ることはできる。特に武の研鑽を積んできた者ほど顕著に。


 先ほどとは比較にならない力で地を蹴り上げ、迫る。

 白銀であった刀身は真紅へ。


「ですが」


 コンマ秒にも満たない時間で自然力と気を練り上げ手刀を形成。


「――まだまだ足りていない」


 柔の手刀によって真紅の刀身は地面へ叩きつけられ、返す動作で首元に添えられる。


 静寂が訪れる。


「完敗です。師匠」


 汗を垂らしながら仰向けに倒れるグリーム。その顔は悔しさよりも清々しさを表すように良い笑顔であった。


「私の知り得ぬ未知の力。しかし確かな研鑽によって磨き、積み上げてきたであろうことは分かります」


「師匠……」


「私は好きですよ。そういう真っ直ぐな太刀筋は」


 ふっ、と微笑みかける顔は見る者を魅了した。

 今まで欲や下心がある褒め言葉しかかけられたことがないグリームは美心の純粋な言葉に心を打たれた。心なしか頬を赤みを帯びている。


「が、まだまだ甘いです。特に力を引き出すのに時間がかかりすぎている点と粗さの目立つ振り。これに関してはしっかりと教えていきますのでそのつもりで」


「は、はい」


 優しげな微笑みから気迫のこもった笑みへ変わった美心に思わず恐怖を抱いたのはグリームだけの秘密である。

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