にじゅうわっ 「姫さまの思し召し」
「ど、どうなさったんですか勇者さま?!」
ズタボロの惟人にスピアさまが狼狽。
まじまじ見詰められた惟人は消え入りたくなったのか、廊下の向こうに身体をはんぶん引っ込めた。
スピア姫が驚くのも当然。だって彼女の前に出るときはいっつも彼、持ってる服の中で一番立派なものを着るほど身なりを気にしてたし、髪型だって「ビシッ」と決めてたもん。
「姫さま。いまアイツに近付かない方がえーで? アイツ病原体の温床になってるから」
「えッ! ど、どういうことなのですか?! 惟人さまッ?!」
病原体の温床ってぇ、そりゃカワイソーや。せめて風邪ひいてるとか、ありきたりな言葉でゆってあげてよ、陽葵さん?
「スピア姫。惟人はちょっと風邪気味で体調崩してるんです。失礼してますが赦してやってください」
「赦すもなにも。本当に大丈夫なのですか! 申し訳ございません、このような時に。……わたし、出直して参ります」
「構いませんよ、姫。こんなナリでこちらこそ申し訳ないですが……ゴホッゴホッ。用件をお聞きしましょう。――ゲホッゲホッ!」
スピア姫はそれでも躊躇していたが、やがて話し始めた。
「それでは単刀直入にお願いします。コレットさま、どうかもう一度、アステリアのために働いて頂けませんか?」
「ど、どーゆーコト、それ?」
おっと! 当人が問う前に思わずフライングしちゃった。
「コレットさまが戦線を離れて直ぐ、パヤジャッタが再来襲し国境の砦が突破されました。領府レイシャルは大混乱に陥っています。このままだとアステリア全土が踏みにじられてしまうのではないかと……」
「そんなカンタンにアステリアは滅びませんよ」
惟人ではなくシータンがゆう。わたしもそう思う。アステリアはそんなにやわじゃない。そう励ましたいが確たる根拠はない。
「だからってまたバズスと契約なんてしちゃダメだからね? もう陽葵には魔軍の将としてアステリアには行かせないから」
そう口出ししたのはルリさま。
以前王都軍が攻めて来たとき、スピア姫はゴブリンマージのバズスを使って難を逃れた。そのとき彼女は陽葵を異世界に呼び戻して魔軍を再編したいバズスに、その手助けをするからって取引を持ち掛けたんだ。代わりに「王都軍を何とかして欲しい」ってね。
ルリさまは未だにそのことを根に持っている。わたしが陽葵を追い掛けて異世界に行き、惟人と殺し合いをすることになったコトにも腹立ちを覚えてくれてるし。
「それで今度はボクに目をつけた……というワケですか?」
みんなの視線が集まったスピア姫は力なくうなだれたが、質問に対しハッキリとした口調で答えた。
「砦の守備隊長の解任はわたしが認めた事実です。このままではコレットさまに良くない何かが起きる、そう思ったからです」
「良くないコト?」
「領府内でコレットさまに対する不穏な噂をお聞きしたのです。アステリアは建国当初より人族と魔族が共存しながらも、いつも対立をしておりました。人族の中に、魔族との融和を尊重する勇者さまに反感を抱く者がいる一方で、魔族の中にも、コレットさまの過去の仕打ちが許せないという者が多くいるのです」
「でも。それならなおさら、ボクに目……」
惟人が何か言いかけたのをさえぎるかのように、「シュッ!」 ……とシータンが手を挙げた。ジト目で陽葵を伺いながら。への字に口を曲げた陽葵は赤面しつつ自分も挙手に応じた。
「魔族に対する過去の行いか。うむ……たしかに許せんな」
――いやいや、おまいら! それ「わたしらも同感ー」ってアピールしたいワケなんかいっ。
そーゆーイミ合いでスピア姫がゆったんと、明らかにちゃうやろっ!
見ろ、姫が絶句してんぞ! ……わっ、惟人が半泣きになってんし、アホッ!
コラコラ、そこもっ! ルリさま! 手を挙げるべきかどーすっか、挙動に迷ってやないってば! もーっ!
「そ、それで……ボクに目をつけた……。あ……もーいーです。ゴホゲハ」
「すみません、すみませんっ」
この1分間ほどを無かったコトにしてテイク2に挑んだが、過ぎた空気は二度と戻らない。
てーかスピア姫、あなたが詫びる必要は一切ありませんから。




