07話 再会の陽葵
コイツだ。ゴブリンマージのバズス。
陽葵を連れて行ったヤツに違いなかった。
「もーヤメロ! これ以上、人間を痛めつけんな!」
シータンの魔力測定器よると、コイツの魔力は103。
一方、オレは111だ。……8も上だ。本気で戦えば勝てる!
オレは詠唱無しで魔力発動できる希少な限定解除らしかったが、強烈な一撃を喰らわせるべく、あえて詠唱付きをお見舞いしてやる!
オレは強いんだ!
そう思い詰めながら潜在意識の底に沈む古い文句を滔々と念じる。
「――アウラルデペンス。我の求めに応じ、我の能力を高めよ。スラゲテンスド・コントルトピュート・アソシオシオーデ。我に存在する力のすべてを費やし、解放する。その崇高で熾烈なる黒の恩寵を以て、仇敵を討ち滅ぼせ。――天の怒り、地の嘆きとともに!」
地鳴のうずきと同時に地下水が噴出、呼応した落雷が一体となって、その男――、ゴブリン・マージのバズスに噛みついた。
これにはさすがに目を剥いたバズスが杖を取り出す。防戦一方だ!
しかるに杖は、……ブスブス……と焦げた煙を上げたが、どうにか許容しやがった。
許容した、だと?!
「な……」
せめて杖は破壊したかった。が、ものの見事に失敗。
ズタズタに裂けた上着が剥がれ落ち、ヤツの全容が明らかになった。
茶褐色の肌。隆々たる筋肉。肉食獣をも噛み殺しそうな、鋭くて大きな牙。
そして、なんと言ってもガタイ。バカデカイ。
オレを見下ろす、獲物を見詰めるような漆黒の隻眼に「ゾッ」とした。
シータンとルリさまがビビっているワケが分かった気がした。……コイツがゴブリンか。
「バズス。初めましてや無いな? いっかい家で会ったやろ? ……お前、娘の陽葵をさらって何処に連れてった?」
精一杯の余裕かまし。
――ところが。
「アラおひさー。シンクハーフちゃんに、ココロクルリちゃーん。相変わらずおいしそうなホッペでゲスな、ベロベロ嘗め回したいでしー。でさでさ、このやたらキャワイくて、小っちゃな、ニャーニャー泣いてる子はダレだぽ?」
「……相変わらずキモチワルイ人ですね、バズス」
ぬう……。やはり別の意味でもビビってたか。
ルリさまなんて、半泣きになって、頬っぺたを両腕で隠してる。そういうオレも怖気が倍増だぜ。
オレにくっついて来たシータンが、ドテラの背を震わせたのが伝わった。
「わたしとココロクルリは魔女なので、少々のダメージは平気です。でもあなたはそうはいかない。人間だから」
だから逃げろって言ってるのか。バカ言え。
「わっ、わたしはニャアニャアなんて泣いてないっ。わたしはハナヲって名前やっ。ちゃんと会話しろっ、コノオ」
「ニャアニャアじゃなくってニャーニャーですがな。陽葵なんて子はボクチン、知らねーよ? それよりさお嬢ちゃん、どーしたの? 鼻血がドバドバって垂れてるよ? とんでもない量だよお? ボクチャン心配いー」
ウルセー、分れよ。さっきの乾坤一擲の攻撃の影響だよ。
コイツの魔力レベルは103って言ってたが、とんでもない。オレより20から30は上だろう。勝ち目無しなのは重々承知した。……けどよ、目の前で行われてる大量殺人をムシできるか?
「人殺しはヤメロ。それとも、もっかい喰らうか? 今度こそ本気のホンキやからな」
「ニャーニャー言っちゃってぇ、ほんとキャッワイイ。……けどね、オレね、人間大っキライなのよ。だから死んぢゃってほすぅーい。でもね、ニャーちゃんはキャワイイから、赦るーす」
ゴッ! と、空気が啼いた。
野球のバットを何本も束ねたくらい太っとい鉄棒が、なんの前触れもなく襲い掛かったのだ!
うわっコイツ!
言ってる事と行動がマッチしてねぇ!
殺される! と思ったが、それがなんと、一本のほそーい魔法の杖で受け止められた。
しかもガクン! と、バズスがひざを地面につき、四つん這いになった。ついでに、首にずっしりとした鎖を何重にも巻き付けられ、力任せに引きずられて横倒しにされてしまった!
この、憎たらしくってバカ強の怪物ヤローが!?
いったいダレが?
「ぐおおおっ! いってえ!」
「なに油を売ってんの、バズス。とっとと仕事しなさい」
「陽葵ッ?!」
かすれ声が出た。
陽葵か! 陽葵なのか?!
だがせっかく再会した娘は、姿かたちを変えてしまったオレに、一片の関心も示さなかった。
大混乱を続けている王都軍の隊列を眺めているのみだった。
娘の脚にしがみつくオレ。やっと会えたんだぜ? オレはもう必死だった。
「陽葵ぁ、お父さんやっ。……こんな成りやけど、お前を迎えに来てん! ……ケガしてへんか? ヒドイことされてへんか? さっさと家に帰ろーや?」
「キショ、ナニ? この娘。……お父さんやて?」
「そうよ陽葵。ソレ、あなたのお父さんの成れの果てよ」
ルリさま?! なれの果てとおっしゃいますか?!
「ええ、陽葵。間違いなくあなたのお父さんです。受け入れなさい、この有様を」
有様と来ましたか?! シータンさんッ?!
「お父さん……転生したの? よりによってそんな見てくれに? キモロリエロ男の末路やな」
よく口が動くな、我が娘!
「とにかく帰っておいで。お父さんはちっとも怒ってへんし、心配いらん。……な? 陽葵」
バズスが高笑いし吼えた。
王都軍の騎士たちが密集しているあたりで二度、三度、火柱が上がった。同時に悲鳴が起る。
「くっくっくー。嘆かわしいバカ親だこと! 黒姫さま。契約は履行されたでありまするー」
「……うむ。ご苦労」
上空に大きくツバサを広げる恐竜モドキが旋回している。その数20匹以上。ファンタジーとかでよく聞く、ドラゴンというやつか?
「飛竜種の火竜たちです」
シータンの解説。
「見ろ! バズス。かつての同志が続々と集まっている! 決めたぞ。わたしはこの地に新たな街を創る。……ほら、あの丘も、あの森も、みんな新しい街、魔物たちの住処になる! なんて素敵なコトや! アハハハ!」
「陽葵……!」
掛けるべき言葉が見つからない。
「シンクハーフ。ココロクルリ。お前たちの心情は理解した。けれどもアステリアのこの惨状はどうだ? 魔族らの未来はどうなっている? 不手際だとしか言いようがないぞ」
「……は。申し開きもございません。魔族どもの不遇はわたしの力の無さでございます」
「し、シータン……」
「わ、わたしも……。自分勝手な行動を続けていました。すみません」
「ルリさまも……!」
陽葵がようやくわたしの方を向いた。
「ここまで育ててくれてありがとう、お父さん」
「え、ちょっ……、陽葵!」
「さよなら。ただの元同居人さん」
「な、何ゆって……!」
「行くで、バズス。さっそく測量や」
「ガッテンだ、マム!」
……消えた。
最後まで、親の言うコトにいっさい耳も貸さずに。
取り残されたルリさまとシータン。うなだれて互いのカオを見合わせる。
「……怒られちゃったね」
「ええ……」
こんなに落ち込むなんて。
オレが同期の上司に人前で怒鳴られた時くらいの消沈ぶりだな。
「ホラ、ふたりとも。行くよ」
「行ってどこによ?」
「どこって……陽葵のところにだよ。グズグズしてたら勇者が現れるんでしょ? 見つかる前に連れて帰んなきゃ」
「呼んだ? 勇者のコト?」
ひょっこりと少年が岩間の陰からカオをのぞかせた。