ごわっ 「わたしの元ダンナさま」
国境の砦からアステリア領府までほとんど曲がり角もない一本道。
軍道だからねえとコレットが解説してくれたが、砦からの追っ手を恐れて支道を探るルートを選んだ。
恐れて……ってゆうのはソイツらから受けるかも知れない暴力や非道を恐れてってゆーイミでは当然なく。いざ襲いか掛かられたときに、わたしらが過剰防衛してしまわんか? それを恐れての判断やった。
そしてその判断は別のイミでも正しかった。
おかげさまで鬱陶しい事件も特に起こらず、その日の晩は街道外れにあるジェーテェービーならぬエーティービー(アステリア・トラベル・ビューロー)厳選【極上優雅の3つ星お宿】に巡り合え、そこで美味しいお料理やおっきなお風呂が堪能できた。異世界なのに畳敷きフカフカお布団ですこぶる快適な眠りにつけたし、チョー大満足。
んでから、そんなこんなで翌日の昼にはあっさりとアステリア領府に帰り着けた。
そこからはこの世界でのわたしの家……とゆーべきか、――かいつまんで話すと近衛騎士団所属のリボルト卿なる男性の邸宅にご厄介になり、その日の晩を過ごす。
――リボルト卿……というのは、かつてわたしの旦那……だった青年だ。
んー?
待って待って?
少し語弊があるよ。やっぱここは少し丁寧に言い直しておこっと。
わたしがこの世界に初めて転生したときに【わたしの旦那に設定されていた】男の人だ。
婚姻関係は消滅しているハズ! なんやが、当の本人は今でもわたしをヨメと信じて疑わない。有難迷惑なんだけどねぇ。……けどま、イケメンさんでとっても優しいからな、悪い気せんでもないし。ちびっとだけだよ? でもこれって、まったく厄介千万なキモチでさぁ。
「ハナヲ、久しぶりに今夜……どうだ?」
「ギョッとするわ! 反応に困るセリフ吐かんといて!」
――とまぁこんな会話が日常茶飯事のサイテーな元旦那やけど、マジ容姿はかなり良い部類に入ると思うんだ。
背丈はわたしよか頭二個分はおっきい。なのでそばに寄られると、見上げすぎて首が痛くなるくらい。
野性味のある鋭い眼つきをしてるクセに、不意に向けてくる笑顔はとっても人懐っこくてビックリしたり。
「なぜだ、夫婦じゃないか? もっと素直になれよ?」
「もう黙ってて」
ほら、アンタの後ろ。
そのエロっちい誘いを真に受けたコレットが、この世のモノとは思えん面構えでアンタを睨んでんで?
「それよりリボルトセンセは日本には帰らへんの?」
名前の後ろに【センセ】と付けるのは彼が元わたしの先生でもあったから。照れ隠しでついゆっちゃう。
「……ああ? なかなか忙しくてな。そろそろ単身赴任も飽きたし、ハナヲもこっちに住まないか?」
どーゆー了見でそーゆー提案するのか……とはゆわんがね、ホイホイとは従えませんよ。だってわたしは日本の学校に通う中学生なのだからして。そのあたり理解してクダサイよ。
そう返事をする前に察しの良いリボルトはしょげかえって書斎に消えた。もしかしてわたしのカオに書いてあったのか? いやゼッタイ書いてあったな、そりゃもハッキリと。
憐れみの感情からか、コレットが目でわたしに合図した。
慰めてあげれば? と。
あなたもなかなか人情家やねぇ、ついさっきはアイツの後ろ取ってスナイパー真っ青の眼トバしてたのに?
りょおかーい、分かったよぉ。
やれやれ……、しょーがないオトコやなぁ。
書斎を訪ね、イスに沈み込んでいる彼の頭を後ろから抱っこし「ヨシヨシ」した。ドサクサに紛れてしがみついて来たのを仕方なし許した。
「またすぐ遊びに来るからさ」
「ホントだろーなぁ?! ウソついたら針万本飲んでもらうぞ! で、来るのは明日か? 明後日か?」
「なるべく毎日カオ出すよ」
「ホントだな? ホントにホントーだな?」
ウンウンとうなづく。
完全に子供やな。
フシギに優しい気分になる。ギュッを返してやりたくなった。
「――っ?! うわっと。アブナイアブナイ」
「何が危ないんだ?」
「いや、こっちの話や。センセにはカンケイない」
男に慕われんの、そんなにイヤな気がせんよ。この感情、ホントーにヤバい。
「……リボルトセンセーよ。そろそろハナヲちゃんを解放してやってよ。つーかこのお屋敷とハナヲちゃんの家、空間接続してんじゃん。ナニいちいち名残惜し気を装ってさ。……それセクハラしてんの?」
――そうなんだよね。
この屋敷とわたしんちはいつでも行き来できるようつながってるんだ。そうゆわれたら別れを惜しむなんて、まーったくおかしな話やな。
「うんうん、そーゆーコトやから。センセもカゼひかんようにして早めに寝るんやで。明日もお仕事早いんやろ?」
「ハナヲぉぉ」
「わわっ。鼻水つけんなぁっ」
キリリとしたオトコマエが台無しの号泣ですよ。ハー。




