よんわっ 「おうちに帰ろう」
「別に。ちょっと色々質問をしていたところですよ」
「……言っとくがな。僕はもうオマエらの上司でもないし、この世界に未練もない。あんまし好き勝手な事をすると、後先考えずマジ本気出してオマエらを消すよ?」
「――あ、い、いや。そんなつもりは無かったんですよ! どうぞ領府までの道中、お気をつけて。あとのことは我々にお任せください」
クルリと反転する副官と従者の逃げっぷりは実に鮮やかやった。
「……ゴメン。ハナヲちゃん」
「謝る理由無いって。帰ろう、コレット」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
厩舎番をしていた兵士は砦内で唯一コレット元隊長に別れの涙を流した。
コレット! 泣いてくれた人いたっ!
思わず貰い泣きしかけて理由を尋ねると、毎朝、馬の世話を焼いていた彼に欠かさず感謝の声をかけてくれたのがコレット隊長だけだったと、それがとても嬉しく励みになってたんだとゆう。いー話やぁ。
この人、荷台付きの馬2頭に幌までつけるサービスまでしてくれ、干し芋まで持たせてくれた。見送り際、彼はわたしらにこう忠告した。
「道々の背中には気をつけてくだせい。アステリア領府に良からぬ報告をされかねねえってビクビクしてる連中が、砦にはわんさといるんでさ。ほれ、あすこの窓から薄気味悪く覗き見してる連中がいるでしょう? アイツらですよ。きっとあの副官さまが発した不遜陰湿な命令を実行する気ですぜ?」
農家の出身だから尊敬語は勘弁してくだせいと歯の抜けたカオで笑った彼に、わたしは持ち金ぜんぶを渡す。
「身軽―。帰りの旅費はコレット持ちね」
「い、いーけど。大胆だなあ」
「お、お嬢さん、こ、これは?!」
「それで親コレット派を募って砦内を混乱させといて。その間に遠くに逃げるよ」
もちろん冗談だ。ただ情愛溢れる彼にお礼がしたかったんや。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハナヲちゃん」
「なに?」
「……なんでさ、こんなところにやって来たの? 学校があったでしょ?」
車輪がいちいち轍に乗ったりはまったりするたびにガタガタ揺れまくる荷台の乗り心地に閉口する。だって下手に口開けると舌噛み切っちゃうって。サスペンション開発者の偉業に心から尊敬と感謝の意を伝えたいと思いつつ、手荷物のリュックから紙切れを取り上げたわたし。
「春の遠足の案内。中学入っていっちゃん最初の行事やん? やから一緒に参加しなきゃなって思って」
「春の……遠足」
「そ。堺の方のハーブストの丘やって。まさにこーゆー牧歌的な景色が満喫できる公園みたいやで? ね? シルベニアのテーマパークもあるって! 気分転換になるし、一緒に行こう!」
のどかでなーんもない雑草生い茂る田舎の風景を見遣りながら、めいっぱい両手を広げてコレットをお誘いする。
「……でわざわざ? それを伝えるためだけに? こんな異世界の僻地まで? 僕を訪ねて?」
「うん。そーやで」
唖然としたコレットは、ややあって「有難う」と鼻を鳴らした。




