06話 凶人バズス
アステリア北端のとある村はずれの山に身をひそめたオレら。シータンとルリさまは眼下の村を見下ろし、声を無くしていた。
「何かが見えんの? 魔女には?」
「見えなくて羨ましいです」
「見ない方が良い。オマエには毒過ぎる」
持参したリュックから双眼鏡を探り出し使った。そして忠告を聞かなかったことを後悔した。村の中央に集められた村民らが尽く惨殺されていた。
吐き気が止まらなくなった。
「ひどい……誰のしわざなの?」
「王都軍よ」
「その双眼鏡、わたしのでしょう? 勝手に持ち出したんですね? まったく」
「ナースの助手さんが貸してくれた。メイドインジャパンがなんで異世界にあったんだろ?」
「それ、持って来たのわたし。オマエの居た世界から珍しそうな物を見つけては、シンクハーフへのお土産にしてるんだ」
「あぁ、ナルホド。……いつもね。だからそのヌイグルミも持ち出したんだ」
「シッ! だまって。双眼鏡を少し右に向けてください。見えますか? 王都軍です」
アステリアの領府に続く軍道が、人の群れで埋め尽くされている。一瞬、息が止まりそうなくらいの緊張を覚えた。
「……何人くらいだろう。……あいつらが村を襲ったって言うの?! 険悪どころか、これじゃもう戦争やん!」
「そういうことです。ざっと2、3千人を動かしているでしょう。抜け抜けと和平パーティに参加しておきながら、彼らはすでにアステリアの領府に向けて進軍していたのです。……それよりも」
めずらしく怯えているシータンに代わり、ルリさまが言葉尻を取った。
「オマエ。ひとまず寿命を引き延ばしたいんなら、伏せろ」
オレは、彼女らが注視する方向に双眼鏡を振り向け、目を凝らした。
黒のフードとコートですっぽり全身を覆った大男が視認できた。とても遠すぎて細部がよく分からんが……。
「あの男、バズスです」
「バズス……? あ! 陽葵をさらったヤツかッ! アイツ……!」
「大声出さないで」
ルリさまの呻きに似た命令にも怯えが強く出ている。
「……強いの、アイツ?」
「ええ。昔、例のモノサシで測ったことがありますが、その時は103という数値でした」
「たしかわたしは111やったやんな。んじゃ、わたしの方が強いってことやん」
「単純に言えばそうなりますが。……でも、バズスはゴブリン魔力保持者です。無双の怪力の持ち主で名うての魔道士です。実戦ですと、ほぼ勝てません」
「何度も聞くけど、陽葵は本当に魔王魔女やったん?」
「はい。近隣諸国を震え上がらせた魔王魔女。魔物たちの親分でした」
「だったら、そのバズスってヤツも従えてたと?」
「彼は彼女のペット的な? 彼女にとても可愛がられていました。いろんなイミで」
「ほ、ほおぉ、ペット……」
ペットとな。意外なワードに引いたよ、マジで。
「ええと、まぁ……優秀な、……あ、そうそう。ボディガード的な?」
「もうわざわざ言い直さなくてもいいよ」
ルリさまがしがみついて来た。
「……あの人間ら、全滅するよ。どーしよ?」
そのバズスが、大軍の行く手に立ちはだかっているのだ。でも、ルリさまのささやきは、「バズスが殺される」じゃ無かった。人間らが全滅する。あきらかにそう言った。
「バズス! ダメですっ!!」
伏せていたシータンが突然悲鳴に似た声を上げたのでビクッとした。
だがオレが真に仰天したのはその次の瞬間だった。
オーケストラの指揮者のような仕草で両手を振り上げた男の頭上に青白い光の球が発現し、兵団の正面に流れ飛び衝突したのだ。地鳴り、激震が生じ、もうもうと噴煙が上がった。
しばたたせた目が捉えたのは、累々たる軍兵らの惨状だった。先頭集団の居た場所が地面ごとえぐり取られて消えていた。一糸乱れぬ行軍行動を示していたのに、生き残りたちは、やみくもに散り乱れきっている。
「……な、なんてことを……!」
頭に血が上ったオレは、ほんの一瞬だが記憶がとんだ。
「いけませんっ、ハ、ハナヲッ!!」
耳をかすめたシータンの悲鳴は既に遠くに消し飛んだ。
次に我に返った時には、目の前にバズスがそびえ立っていて、シータンとルリさまがオレをかばうように両側に寄り添っていた。
ヤツはチラッと、オレに目を遣ったものの、「興味がない」と言った態度で再度、両手をかざした。
王都軍にトドメを刺そうと言うのか。だが、相手は大混乱に陥っていて闘争意欲なんて皆無じゃないか! コイツがやろうとしていることは悪魔の所業以外、何物でもない。
どす黒い気流の渦を、頭上に招き寄せたバズスに対し、オレは躊躇なく、サラさんから貰った魔法の杖をふるった。
一瞬、こちらの動きの方が速かった。
炎火にまみれた球体が、ヤツに迫った。
――が、見えない防壁がそれを阻止した。数センチ手前で撃破されちまった攻撃は、ちっとも利かなかった。ひるまずにニ撃目を放とうとしたが、シータンに止められた。
「ムダですっ。もう勝負はついています」