41話 新設! 魔法学校
巫リンとふたりで闇館を訪ねた。
正門を入ってすぐの花壇に女の子、――魔女界の最高位に座する正冠さまなる姫御前さま――がポツンとたたずんでいた。
まるでわたしらを待ってた……みたいにさ。
だからわたし、
「わざわざお出迎えですか、有難うございます。正冠さん、ごきげんいかがですか?」
とまぁ、位階でなく、ちゃんと名前で、礼儀正しく、「良かれ」と思って挨拶した。
……だけなのに!
たちまち巫リンが目くじら立てて騒ぎだした。
「ハナヲ先輩ッ、とてつもなくぞんざいすぎます! ただちに、今スグに、全力で、お詫びしてくださいっ。全身全霊で謝罪してくださいっ! 正冠さまぁ、ご無礼をお許しくださいませぇっ!」
あーやっかましいー。耳がジンジンする。
田中、コンマ何秒足らずでみせた瞬発力で地面がへこむくらいアタマをめり込ませて土下座。
ソレ……詫びやな? とりあえずわたしの身代わりやとばかりに?
アハハ、もうすっかりアンタの得意技やねぇ。
とにかくひたすらに感心しか出てこーへんくなったよ。
でも、わたしはせーへんもんねー。
「誰かと思えば、【お姉ちゃんのしもべ】か。また来たんかいな。性懲りもないやっちゃなぁ」
正冠さんが眉毛を寄せ、途方もなく大きなタメ息をつく。
相変わらずの調子の乗りよう。
魔館に来るのも今日ですでに五回目。この子の人となりも大凡分かって来たことやし、いい加減懲らしめてやりたい気持ちに駆られるのはしようのないことでしょう?
だからどーしても田中のように敬意が払えない。
反抗的でしょうか?
その正冠ちゃん、屋敷の方に踵を返し、手にしていたジョウロを投げた。
さっきまで持ってなかった気もする。
ホントに水やりしてたのか? それともただのパフォーマンスなんか?
『わたしは忙しいの』的な?
宙に舞うジョウロの落下点に滑り込み、田中がナイスキャッチする。恭しく捧げ持ち直すと、去り行く正冠ちゃんに追従する。わたしもついてった。
背中を向けたままの正冠ちゃん、
「外観のイメージ図ならもう貰ったで?」
「あ、陽葵ですね? 持って来たんですか?」
「そうや。……でもな。おンなじ話を何度してくれても、出さんもんは出さん。びた一文もな。以上や」
……お? 今日は蝶々、居ないんだ?
代わりにトンボが飛んでるなぁ。
あーきの夕べを飛び回るぅ~、あー美しきトンボのメガネぇ。……みずいろー。
「聞いとるか!? 人の話!」
「聞いとります、です。はい」
――さて、わたしらが何をゴチャゴチャ話してるかってゆーと、【魔法学校】を新設したいって話。
約一ヶ月前、アステリアの領主スピア姫さんと魔女っ子シータンが共同で発案書を作り、黒姫陽葵に打診した。
現在、黒姫魔軍とアステリア領間で結ばれている【共戦協定】を領民により強く意識づけるため、施策のひとつとして魔物らの学びの場を創るのはどーかとゆー案だった。
当初これにそっぽを向いていた陽葵も、ルリさまを始め、大勢の魔物仲間らが一斉に賛同の意を示したと知り、また、実際に彼らの熱い要望を受けたりもし、とうとう賛同の意を表わすに至った。
今じゃ当プロジェクトのリーダー的役割を担うまでになっている。
もちろんバズス、そしてリボルトも、積極的に関わりだしている。
さらには、かつて敵対していたはずの勇者コレット、現在の暗闇姫惟人くんも、そのプロジェクトの輪に入ったことも大きい。
魔軍に手を貸すなんて、当然難色を示すだろうって想像したんだけど、案外ノリノリで支援に参加した。げんに彼の属する【勇者協会】には、発起人が彼の名で許認可申請され、彼を知る勇者仲間らが支援活動に多く名を連ねた。
(彼はソロプレイヤーだった。わずかなツテをたどり相当頭を下げて回ったに違いない)
ここまで力を貸してくれるなんて、彼自身にも色々思う所があったのかもしれない。
こうして魔物と人間が共学できる魔法学校の設立が現実味を帯びた。
「――建設地なんですが、アステリアを支配していた時代、陽葵の居城があった【オーサキアン】が候補の筆頭に挙がりました」
「【オーサキアン】やて? アステリア領府の対岸にあるあの地? なんでまた、そんな土地に? カカカ、こりゃ愉快」
正冠さんが笑ったのには理由があった。
そもそもこの地、前述したように魔城があった土地で、コレットがここに乗り込んで勇魔相対する決戦場となり、くしくも初期黒姫の終焉になったところだったから……。
現在は廃墟を晒してて、一部朽ちた石垣とか城壁とか極めた栄華の残滓とともに、草木生い茂る、まさに「兵どもが夢のあと」を地で行く肝試しスポットになってるほどのところ。
漆黒姫さんからしたら、そんな縁起の悪いトラウマスポットにわざわざ造らんでもと、陽葵の心情の必死さが面白く思えたんやろね。
「し、しかしながら。その地はアステリア領府の目と鼻の先にあり、よって交通の便も良く、学生街として多くの賑わいをもたらせそうですし、第一、以前に基礎工事がなされていた分、建造物の構築には意外に適したところかと思います、です! はい」
田中の早口が挿入された。
「巫よ。アンタはどっちの肩を持つんや?」
「へ、へへぇ! でしゃばりました」
わたしも負けずにかまそう。
「ここで資金提供を頂けたら、黒姫陽葵は、正冠・漆黒姫さまにそれこそ一生頭が上がらず、足を向けて寝られないでしょう。黒姫だけでなく、その配下の魔物どもも同じく、深い慈悲と御威光に例外なくひれ伏す事、相違ございません」
正冠の足は止まらない。
ずんずん屋敷に近付いて行く。
「わたしは忠誠なぞ要らぬ。権力が機能さえすれば、それでええのや」
「とはゆーてますが、この巫リンをペットのように可愛がってますよね? 彼女、従順忠節を極み尽くす、まさに臣下の鑑のような素晴らしい人材です。このような者が将来爆増するんですよ?」
屋敷の玄関ドアが開かれた。
左右に並ぶ魔女っ子メイドらを割って中に入っていく。
ああ、この子らのキャイキャイ衣装が気になって、熱意パワーが削がれそう。
それでも交渉は続く。
「巫は例外。わたしだって寂しーときもある。大目に見ろ」
「へー、そんなコトゆっちゃっていーんですか? ツンデレキャラやと思ってたんですが?」
「……おまえ、わたしをどーゆー風に見てんのや?」
「お前でなく、限定解除・暗闇姫ハナヲです」
正冠ちゃん、ピタリと歩を止める。
振り返ったカオ、その額には青筋が立っている。
「そういえばオマエ……。人間界はおろか、冥界の男にも手を出しとったな。ツンデレとゆうたらオマエの方がそうやろが! こないだも駅前のドーナツ屋でデレデレ会話しとったな? アレは完全に校則違反やろ? ええ? このリア充めがッ」
「ほへっ? ま、また覗き見しとったんですかっ? お得意の望遠鏡で?」
わたしの首根っこをつかんだ暴力娘が出現した。
他でもない、田中だ。
「せーんーぱーい。一緒に死にましょう? もうわたし、ダメぽですぅ。センパイの浮気グセにこれ以上耐えられそうにありませんー」
「な、ナニゆってんのっ!? 落ち着いて。冷静になって! キョウちゃんとは週一でミーティングしてんの! 業務報告と、勉強を教えてあげてるのと、この魔女学校の相談……」
「やっぱ死にましょう、もう死にましょう、いますぐ死にましょう」
正冠ちゃんがニヤニヤしてる。
「待て、巫よ。死んだら冥界に行くやも知れんぞ?」
「じゃあ、いかがすれば……!」
ニッと歯を見せ、
「ふたたび【グリーンルーム】じゃな」
「……グ……!」
田中、わたしから離した手をブルブル震わせた。
「そ、それだけは……! こんなセンパイですが、どうか寛大なご処置を!」
「オマエ、グリーンルームに入るなら、資金提供なぞ幾らでもしてやるわ。ひっひ、どーや? この願ってもない好機」
ふたりの目線がジッとこっちに向いた。
「うん。承知です。それで学校建つんなら、わたしはゼンゼンおっけーです」
ふたりのカオがあんぐり、ボーゼンとなった。
「せ、センパイ……あの、グリーンルームですよ? ……忘れたんですか?」
「覚えてるよ?」
「オマエ、本気で承知してんのか? ホントに覚悟してんのやろーな?」
「ええ。それくらいしか、わたしには貢献できる手立てがないし。そのくらいしか出来ひんし。……しょーがないかなって」
それでもまだわたしを眺めていた正冠ちゃんは、右手を、何かを招き寄せるようにチョイチョイとさせた。
メイドさんのひとりがペンと紙を持って来た。
「……わたしとて魔女界の長、正冠や。真剣になってるモンに、これ以上フザけたマネは出来ん」
サラサラと書きつけた紙をメイドさんを通じてわたしに託す。
「オマエの嘆願は承知した。魔女界は、アステリアの地に建設される総合魔法学校に、可能な限りの資金援助をする。……記録じゃ」
文章と共に口語でも言質が取れた。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
「なんじゃ! また来たんか! まだ金が足りんとゆうんか!」
前回の訪問からまだ数日しか経ってない。そりゃ怒鳴るわな。
「違います。お願い事が別に二点あります」
ギリギリ歯を鳴らす正冠ちゃん。幼女の成りやから、ゼンゼン恐くない。とゆーか、相も変わらずカワイイとしか感じない。
「一つ目はクレームです。なんで暗闇姫家のお風呂場に、魔界への出入り口を作ったんですか? 入浴中にシータンとか田中とかがしょっちゅう乱入して、正直サイアクなんですが!」
「それはココロクルリなる魔女に言え。水面が無いとトビラが築けんからやろーが?! 後のひとつはなんや?!」
「これ、です」
直接手渡したのは、一通の手紙。
陽葵から妹へ、お礼の言葉がちりばめられている。
そして。
「――これと。魔法学校、開校式の招待状です」
「開校式? 招待状? わたしに?」
つい……と手を伸ばすと、つられて手を出す正冠ちゃん。直接遣り取り出来たね。彼女はそれに気付いてない。いしし。
「ちょうどいいキッカケですし。一緒に外の世界に行きましょう。ね? 正冠さま!」
そーゆったわたしは強く彼女の手を握り、引っ張った。




