38話 グリーンルーム
(作者注:放送事故ではありません)
……最初の二時間ほどは、どってコト無かった。
とはゆえ時計を持ってるわけで無し、体内時計で勝手に見積もっての話やが。
とりあえず寝る……のも手なんやろが、目をつぶってても開けてても、黒く見えるか、それとも白く見えるかの違いしか結局感じひんの。
……やから、しばらくしたらどっちがマシかなんて、どーでも良くなっちゃった。
――ここは世にゆー【グリーンルーム】。
魔法管理局の説明じゃ【反省室】と認識すんやそーや。
しかし魔女らは誰一人、そーは呼んでなかったな。
みんな、【拷問室】だとか、【懲罰坊】だとか、口をそろえてそんな空恐ろしい単語連発して、この部屋を表現してた。
拷問室に懲罰坊かあ。
言い得て妙だと思い始めてる。
とはゆーても実際のとこ、身体をシバく道具も、口を割らせる攻め具も、別にあるわけや無いんねん。
ただ、そんなような、心身を害すこわーい物が無い代わりに、心身を保つ物も一切無い!
たとえば健康維持に不可欠な食べ物も。
せめてもの慰めになるような景色も。絶景どころか、吐き気を催すような地獄図でさえも。
もっとゆえば、色彩なんて無い。識別出来っこない。
ただ、白紙の空間がのっぺりと広がってるだけだもん……。
……そう。
ここはなーんにも無い部屋。
それが魔女界でウワサの【グリーンルーム】なのさ。
ちなみにわたし、床もないので常に身体はフワフワ状態。
立つ、座る、横たわるの感覚すらも得られんし。
ただ、白色の空間にあてもなく漂ってるだけ……。
初めのうち、色々試してみたよ。
スイスイと手足を動かして泳ごうとしたり、ストレス解消に大声で歌おうとしたり。
でもさ、前に進んでいるのかどーかも分かんない。
それにね、そもそも、自分の声が耳に届かない。
音すら遮断されてんやなって、……恐怖。
だいぶ前にルリさまがゆってたのを思い出した。
「……ある魔女がね、どうしても自分の声が聞きたいからって、喉の奥に自分の手を突っ込んで。喉を詰まらせながら泣き笑いして死んでったの」
シータンも似たような話、チラリとゆってた。
「変わらない景色が怖くなって、いっそ見えなくしようと自ら目玉をえぐり取った魔女がいたわ」
……ヤな話、ホント、ヤな話。
なんでこんなときに……。
ルリさまは四、五日だっけ、部屋を出てからしばらく入院したそうだし、田中も入ったってゆってたな。
……それよりここ、空気、薄くないかなあ?
だいじょうぶなの?
……おーい。
…………オーイ。
……………………。
…………ふう。
てかさ、さっきまで寝ちゃってた気がするんだけど、わたし。
………………アレ?
寝てた?
それともずっと起きてた?
最後にご飯食べたの、いつだったっけ?
最後に会話したのはダレとだったっけ?
…………ああ。
……うー…………。
せめてもの御慈悲、声が聞きたいよォ。自分のじゃなくてもいいんだ。
誰か、人の声、呼び掛けて欲しいよ。
………………うー………………。
……うー。
……あー。
……………………。
いつからか、頭がガンガン痛いんだ。
オナカが鳴ってる気がするんだ。
手をずっと眺めてた。
ギュッと絞るとね、ホラ、赤色が浮かぶんだよ?
爪を立てたらね、わー、真っ赤な血が見れた!
ふふふ。
あはは。
見えるよ。オナカに赤いすじがいっぱい。
真っ赤な手。
えへへ。
いーなー、コレ。
あは。
目がイタイ……。
息が出来ない。
ノド、ノドが!
グエ。
……この手、ダレの手?
ダレ?
ダレかいる?
そこ!
ダレ?!
ダレでもいいよぉ……。
誰か、話しかけてよお。
「もお。やっぱりセンパイは根性なしですね。仕方ない。話し相手になってあげましょう」
「……お、オマエは?」
「巫リンですよ。忘れちゃいましたか?」
「ごめん。わたし、寝ぼけてるかも」
「恋バナしましょう、恋バナ!」
「いーよ! しよう、恋バナ!」
「ちょっとォ、わたしのマカロンにヘンな芸教え込まないでよっ!」
「あらら、ルリさま。いつの間にそこに?」
「ハナヲが元気ないから遊びに来たのよ。今晩は魔女試験の練習に付き合ってもらうからね」
「うん。ルリさまのためだ、一肌脱ぐよ!」
「ハナヲー。夕飯まだかなぁ!」
「リボルトセンセ! あんたそればっかやな最近! そろそろちゃんとした仕事、見つけて欲しいねんけどなぁ」
「まーそう言うなよ。無職のおかげで前より一緒に居る時間が増えたじゃないか」
「もー。キモイねんからあ……」
「ハナヲ」
「あ、アレ? シータン?」
「あともうちょっとですよ」
「なにが?」
「あなたは頑張り屋さんです。誰よりもずっと、頑張り屋さんです」
「急にどーしたん? 大雨降るわ、そんな優しいコト、シータンにゆわれたら」
「お父さん」
「お帰りなさい」
「よく頑張ったね。ホントによく頑張ったね」
陽葵が泣いてる。
なんで泣いてるの?
わたしは……。




