35話 魔館の主
突然ですが、ヴェルサイユ宮殿のお庭って知ってます?
わたしはゼンゼン知りません。
だから、わたしの勝手なイメージなんですけどね。
――澄み渡った青空の下、緑多き庭園が広がってて……。
赤や青や、時折黒なんかのバラが一面に咲き誇ってて……。
その花のかぐわしい香りが漂うゲートやトンネルなんかがあって。
そんな楽園じみた夢のような路程を抜けたら、バロック調噴水の、キラキラ上がる水しぶきのかたわら、華美な装飾が施された「あずまや」……えーと、なんやったっけ……ウォーリーだか、アリー……、そうそう、フォリーとかゆー壮麗無比な建築物が現れてさぁ。
わたしら今、そんな雰囲気の世界にいまして。
ルリさまの個体スキルをつかってやって来たわけです。
具体的には、(黒姫化した)陽葵と、その従僕バズス、案内役として巫リン、そしてわたし。総勢四名で。
「さっきっからブツブツいってんと。お父さんも少しは手動かしたら?」
「なぁここ、フランスなん?」
「ナンデヤ、ネーン!」
「! ぐっは!」
バズスの重いチョップが胸元に炸裂。
「……あ。ゴメソ。ペロペロキャワイイちゃんの【無い胸】がえぐれたしー」
「うっるさい、この……!」
「しーです。センパイ」
左右に目を配りながら田中。めずらしく真剣。
「ここは魔館闇。漆黒姫のお屋敷なんです」
「……お屋敷? んじゃ、この次から次に群がってくる【チョウチョ】はなんやの?」
「は? 蝶々ですか? 執事さんたちでは無く?」
「執事? そんなの、どこに居るん?」
くはは……と陽葵が高笑いする。
「蝶々? 執事? はー、あんたらにはそういう風に見えてのん?」
「違うんですか? 黒姫さま?」
「わたしには【毛虫】らにしか見えん」
フン! と鼻息を飛ばしたバズスは、
「幻惑魔法ネー! 漆黒姫さまへの忠誠度によって見え方が変わりマース。ちなみにオイラは幼女たち……アデッ!」
「……キモイんだよ、外道」
「ご、ご、ご免なしゃあい、黒姫さまァ」
……首がヘンな方向に曲がってるよ? バズスくん?
「リラ! そろそろ出てきいや! そのチンケな覗き棒からナニが見えてんや? ああ? もしかして、あんたヒマ人か?! それか、変態なんかぁ?」
目前に舞うチョウチョを、手刀で薙ぎ払いながら陽葵がわめく。
「……リラ?」
「そうです。漆黒姫さまの真名です。正確にはリラーベル・フォンドウォールド・デノン・フランソワーズ……」
「あぁッ。もーいい、もーいいっ! そんな円周率みたいなの、よく覚えたなぁ。さすが田中や」
「かんなぎリン、です。それを言うならジュゲムジュゲムです」
なんでもいいよ。
にしてもだんだん田中のっツッコミが鋭く、素早くなってきたなぁ。感心感心。
「で、その漆黒さんが、この庭園のどっかに居るっての?」
「庭園? まぁ、そーですが。このお屋敷のどこかのお部屋におられます」
かくれんぼが趣味のお相手ってコトか?
「かんなぎ従六位!」
黒姫陽葵の横槍な怒号。
「は、ははぁッ!」
「このクサレ館の主に遊びを止めさせや。いい加減怒るで?」
ちっちゃくうずくまる田中。
ひたすら詫びる。
「も、申し訳ございませんっ。申し訳ございません」
「なぁ陽葵。さっきゆってた【チンケな覗き棒】って、もしかして望遠鏡のコト?」
「……それが何ぞ?」
指差すわたし。
「あっこに座ってる、あの子。わたしらの探してる相手って、あれ?」
三十メートルばかり先の、石造りのまっすぐな階段の先、最上段に椅子があって、そこに小さな女の子が座ってる。……あれって玉座? 流線型の彫刻が美麗すぎてスゴイんだけど。いかにも高価そうな。
その女の子、ゆわれりゃ確かに望遠鏡を覗いてる。
望遠鏡……とゆーより【遠眼鏡】な代物ながら。
女の子、わたしらの方に手を振って立ち上がった。
「せ、正冠さまっ?!」
急にピーンと伸び上がった田中は、地面にガンと額を打ち付けて土下座姿勢をとった。
「――……リラ」
陽葵がほとんど聞こえない、呻きみたいな声をだした。
玉座の両側に年配の執事と青年の執事がいる。
無表情にわたしらを見下ろしている。
いや。
執事なんて、今の今まで居なかった……と思う。
それとも見えてなかっただけなんやろーか。
彼らふたりがその女の子の手を取り、うやうやしくお辞儀をした。
「ここは魔法管理局じゃないわよ?」
「うっわ!」
思わず声が出た。
目の前に、いるッ!
女の子!
い、いつの間にッ?!
ゾクッと怖気が走って尻餅をつきかけた。
「正冠さまに置かれましてはご機嫌麗しく!」
「巫。ただいまの挨拶は?」
スッと彼女の足下ににじり寄り、つま先に口づけする!
躊躇いなんて無い。
どころか慣れた所作だ。
グッ。と田中の後頭部を靴底が圧迫した。
「まさに。今日はとても良い気分よ、巫? あなたは本当にわたしの心の代弁者ねぇ?」
「は。ははッ、恐悦至極」
「そーいやアンタ、いつもわたしとオソロの服やんねぇ? そのワンピ、似おててすっごく可愛いで?」
「は、はいッ! 誠に恐悦至極」
その間もカカトでグリグリされてる。それでもヘラヘラしてる巫。
……なんか妙にムカついてきた。
田中は元ヤローやが、いまは仮にも女の子や。
女の子の頭を踏みつけにするなんて。
しかも、年浅の田中よりも更に幼く見える子が。
下向いてるから判んないけど、田中のヤツ、「恐悦至極」が涙声の気がする。
「ちょ……!」
わたしの飛び出しをさえぎり、陽葵が前に出た。
しかも、あろうことか!
田中に倣って土下座をはじめた!
そうしてこう、ゆってのけたのだった。
「正冠さま、つつがなくお健やかなご様子、お慶びいたします」
……え?
ひ、陽葵が?
世辞の挨拶を?!




