30話 帰宅
「ここは……?」
低い天井の木材に目を奪われてから首を横に曲げると、シータンと目が合った。
ずっとそこにいたようだった。
クリクリとした目を寄せた彼女、
「オッズが最も低い、一.一倍の『ここは』が正解でした。全員外れです」
「ぜったい『せまっ』だと思ったのに」
「わたしは『知らない天井』一点オシだったのに。つまらない結果だったわね」
「感性が昭和ですよ、サラさま。『か、かつ丼が喰いたい』でしょう、やはり」
シータンにルリさま。サラさんとカエさんも。
つーか、ナンナンデスカ、コヤツら?
好き勝手に盛り上がってんの、いったいぜんたい誰得なんっ?
これはぜひにキレたろー! と大声出しかけたとこで。
シータンが、わたしのオデコに手を当てた。
一気に腹立ちがおさまった。てゆーか、目をパチクリ!
「ハナヲ。ようやくお目覚めですか? ここは冥府庁敷地内の官舎です。丸一日眠ってましたよ? 具合はどうなんですか」
「ふわあぁ!」
なんと天変地異でも起こったんすかぁ?
シータンが皆に代表して問診してくれてる!
いやーありえん、ありえん。
ここはプンスカと演技して。
「……ちょっと頭痛がするかな。それにオナカが減った。コロッケが食べたい。いっぱい食べたい。すっごく食べたい」
「……承知。肉の成田屋のでいいですか?」
「うん。ついでに水谷園の梅茶漬けも」
「承知」
うえええっ?
要望、通ったっ。
「シンクハーフさま。差し出がましいのですが、ここは冥界。東大阪じゃありません。肉の成田屋は無いと思われます」
カエさんがゆったが、
「でも、行ってくる。ハナヲが食べたいのなら」
う。
うううぅ。
……待って。
本当に行こうとしたんでビックリして、シータンのドテラのすそを引っ張った。
ゴチッと天井の角で頭をぶつけた。
「てっ! ……二段ベット……?」
「三段ベットです。アタマぶつけますよ。気を付けてください」
「ゆーの遅いよ……家に帰ってからでいいよ。家で食べたい」
振り返ったシータンはコクリ、まっすぐわたしを見詰めて。小さくうなづいた。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
我が家。
我が家やー。
「何日ぶりなんや? このドア開けたら玄関無くなってんのとちゃうかな。もーそんなんカンベンしてな?」
わざと明るく口に出すのは、半ば御祓いのつもり。
ドキドキ気分でドアを開けると。
「わあぁ……」
――なんてこったい、ブルーシートが無くなっていた。
ばかりでなく、家の内部らしい体裁がちゃんと整えられてる。
そして。
「お帰り、ハナヲちゃん」
「ハナヲー! オレをほっぽってどこ行ってたんだよ! 心配したじゃないかっ」
惟人とリボルトセンセ。
なかなかのイケメンなオトコふたりに出迎えられる。
……幸せやーって思うべきなんかしら?
「……DIYとかゆーヤツ? ふたりで?」
「そうだよ。……正確にはもうひとり、ね?」
「ああそーだ! 巫リンも手伝ってくれたぞ。いまいちの出来だが、オレら精一杯やったさ」
いまいちの出来か。
ゆわれてみりゃ、ところどころ壁板の継ぎ目が歪んでいたり、壁紙が寸足らずだったりしてる。
床は一歩踏み出すごとに「ギシッギシッ」とブキミな音を立ててるし。
更にはスースー外気が吹き込む箇所もあるし。
でも。
「……メチャ嬉しい。アリガトね」
なにより、張り合ってたふたりが「ヤッタ!」と叫んで、がっちりと握手してくれたのがとてつもなく嬉しい。
「で、肝心の巫リンは?」
「彼女ならハナヲの部屋に缶詰で、ココロクルリと受験勉強の真っ最中だよ」
「なんですと」
勉強はかまわんっ。
けども、なんでわたしの部屋つかってわざわざ。イヤな予感しかせんのやが。
案の定。
ドアの向こうは大狂乱。お祭りの園、やった。
「ルリさまと田中がいるってのは聞いてた。けどもナニユエ、シータンとカエさんまで! いやいや、それよりもなによりも、オマエや! バズス! うすら大っきいオマエが居たら最大の不幸を招くんや!」
「イヤーン、ペロペロキャワイイちゃーん! いきなしハイテンションでおもてなし宣言?? 感謝痛み入りィ!」
「ちょっと大声で喚かないでよ! さっきやっと課題の召喚魔法、成功しかけたんだから!」
ほ、ほんとお?!
ルリさまの興奮具合から大法螺でないと理解。
「それは大袈裟です。センパイの前だからって、エエカッコする必要など皆無です。そんな余裕があるなら確実に成功させなさい」
「は、はい。すみません」
田中ぴしゃり。
ルリさまが見る間にショボン。
「そんなキツイ言い方せんでもええやん。ルリさまも一生懸命なんやで?」
「……ふ。センパイはわたし以外、誰にでも優しいんですね」
「な、なんやの? そのイヤミくさいの?」
バズスがバンバンわたしの肩を叩く。
イタイイタイ! マジで砕けるって!
「聞いたよーん? 魔女っ子たちよりもオトコを取ったんだってねぇ? ククク、じぇらしーすとーむ、吹き荒れるぅ、イェイエ!」
田中が、バズスの胸をボカスカ殴りまくる。
「このクサレ! ゴブマージヤロウ! わたしなんて、親友にも入れてもらってないですよっ!」
「ウホホホ! だってさー、ペロペロキャワイイちゃん? この試験官、落ち込みすぎて死んぢゃうかもぉ。あーショックショックう」
「こんのォ!」
また家壊す気かっ!
しかも今度はわたしの部屋っ?!
「ヒートアップ禁止やーっ! 落ち着けっ!」
大騒ぎの中。
ボンッ!
と、手品の仕掛けが飛び出したのかと思えるような大仰な音がして、皆がいっせいにそちらを見た。
ハアハアと肩で息をしているルリさまの腕の中に子猫がいた。
「で、出来ましたぁ! 先生!」
「え? ええぇ? で、出来ました、か?」
たじろいだ田中だが、気を取り直し、試験官らしくピンと背筋をのばした。
「ここまでは完璧です。でもすぐに消えたり、手足が動かなかったりしたらダメなんですよ?」
かすれた声で「はい」と答えたルリさまは、そっと子猫をカーペットの上に置いた。
子猫はしばらく四肢を丸めてジッと固まっていたが、ルリさまが「歩いて」と命じると、彼女の方を向いてうなづき、――なんと上体を起こし、後ろ足だけで歩き出した!
ポカン状態のわたしたちを置いて、子猫は次に、前足二本で逆立ちして歩き始めた。
「さ、逆立ち歩き……」
「ご、合格です。……と言いたいところですが、使い魔に一番必要な能力が――」
『そんなんしゃべれるに決まってんやんニャア。ルリさま合格ニャから』
し、しゃべった!
か、かわいいっ!
「……でもなんで関西弁?」




