28話 解放と不安と安堵
冥界は、現世と地獄をつなぐ分岐点。
生き死にの境を越えた人間が通り過ぎる世界。
ところが魔女ときたら、果てしなく不死に近く。冥界ではカンゼンに異分子扱いされる。
元冥府庁、職員の【マコトイトー】は【蜘蛛の糸事業】に疑問を抱き、同じ想いを抱くキョウちゃん(=ヒラノリツネ)を陰から援けるため、潜入調査に入った彼の動きを世間の目から逸らそうと画策して、冥府の街なかに魔女を招き入れた。
その【マコトイトー】が、公安局に出頭した。
[なぜ魔女が冥界に侵入したのか。単に魔女は、さらわれた仲間を助け出そうとしただけに過ぎない。その行動によって冥府市民に不安と混乱を与えたのは事実である。しかしこのことは罪には当たらない。なぜなら、検問を突破した。冥府を荒らしまわった。などという、魔女に立てられた悪行の噂はすべて真実に反するので。それらは、自分が意図的、作為的に流したデマであり、自身の単独犯行である]
マコトイトーはそう証言したそう。
現に黒姫陽葵は冥府に立ち入り後、すぐに入国管理局に赴き、正式な入管手続きをシータンとルリさま、バズスとで行っている。魔力無効化の首輪すら受け取ってる。ちゃんとその記録が当局に残っていた。
「マコトイトーが出頭し、魔女誘引事件はひとまずおさまりが付いたわ。反ヒラ氏勢力は格好の攻撃材料を失ってしまった。……それと。先日、『魔女が冥府で騒ぎを起こしたのは事実』って言ったのは、事実誤認の明らかなわたしの失言でした。撤回し、深く反省します。本当にごめんなさい」
サラさんは人前に関わらず、深々と頭を下げた。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
座敷牢を出、一転応接室に通されたわたしは、出された【かつ丼】を睨みつけた。
「……まだ、ご機嫌ナナメ?」
「違います。『魔女になれば冥界に出入りできない』ってさっき。それがずっと気になってんです」
箸を置く。オナカはペコペコやのに、食欲がわかん。
隣に座った巫リンもわたしに遠慮して、動かしていた箸を置いた。
「ヒラ長官の方策なのよ。『冥府の住民たちのあらゆる猜疑、不正への邪念を払うため、今後魔界との関わりを一切絶つ』と。三日後に公布され、冥府長令として即日発効されるの」
「……なんで」
「今回の事件を受けて、長官の強い意志が働いた……としか言いようが無いわ」
手足がブルブルする。
息苦しくなった。
「……ヒラ氏は蜘蛛の糸の現場にいるわよ」
「……ありがとう」
ゆうなり席を立つ。
田中がわたしの腕を掴んだ。
「どうして行くんですか」
「だって」
「行かせませんよ?」
「はぁ? なんで!」
荒げた声にひるむ田中。
睨みあいになる。
田中の、ぎゅっと噤まれた口。やがてヒクヒクと頬を震わせて。
「……行かせません。センパイが好きな男のもとになんて。わたし、ゼッタイに行かせませんからっ!」
それ、ゆわんといて。
田中の想いが自分に重なるから。
重いよね。
滑稽だよね。
……でもさ。
「ごめん!」
弾くように手を振り解き、走った。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
大穴のあった場所には大勢の人足がたむろしていた。
みな一様に、身に余るほどの大きなズダ袋を背負っている。
かつてここにあった【防人の塔】は無くなり、代わりに急こう配の足場と、その先に築かれつつある巨大なドーム型の建造物があった。
それはまるで【ナベ蓋】のようだった。
穴は確実にふさがりつつある。
近づくと、ズダ袋が山積みされていて、そのひとつひとつにデッカク数字が書かれていた。
「給金の値段でんがな」
声に振り返るといつぞやの青鬼。
「久しぶりでんな。元気にしておましたか?」
「……これ、いっこ運ぶと、ここに書かれたお金がもらえるの?」
「さいです。【蜘蛛の糸事業】無き今、最底辺労働鬼の新しい収入源ですわ」
「やから冥界にまで出稼ぎに来てるんや?」
「ま、そーなりますな。地獄は下で、似たような作業してますけど」
ふーん。……これ、円……なのかな?
やとしたら結構な実入りかも。
わたしも運ぼうかな、……なんて。
「鬼だけやなくて、人間も混じってるけど?」
「あー、ヤツらは無料奉仕やね。地獄の苦役の一環。怠けたら下に突き落とします」
こっわ。
「ところでヒラ長官をお探しでんな? 旦はんならあちらにおまっせ。さっきも暴漢に襲われて背中にナイフ刺さったまま、ズダ袋運んではったけど、ホンマ、よーやらはりますわ。労働者の鏡でんな」
「はぁ? な、ナイフ?!」
「いやいや、驚くには値しませんて。あの御方は不死身や! 毎日ひっきりなしに襲われてはるさけ、もう慣れっこなんやて、まー。旦はん、わざと目立つコトして、【蜘蛛の糸事業廃止】反対派の声を、身をもって受け止めとりますのや」
き、キョウちゃん……。
強すぎる。
なんでそんなに想いがしっかりもてるん!
「――キョウちゃん!」
ついこないだ、駅前で会った時とはまるで別人のような、山男みたいななりの彼に、いきなし飛びついた。
「は、ハナヲちゃん?!」
「なんで!」
「な、なんでって?」
駆け付けたとたん、無意識にしがみついてしまった。……そんなの気にならんくらい、動転してた。
背中のナイフってのはもう無いみたい。
安堵で胸に熱いものがこみ上げた。
とにかく早くキョウちゃんの真意が聞きたい。
「魔女との交流を止めるって聞いたんやけど?!」
「あ。それ、……か」
「ホンキでゆーてんの?!」
すまなそうに、彼は「うん」と答えた。
「わたしを遠ざけたいからやろ?」
「え? そ、そんなわけないよ。いったいどうしたのさ? ハナヲちゃん?」
「分からん人やなぁ! だいたい冥界のバイト紹介したのはキョウちゃんやんか! それやのに期待させといて、いまさらワケ分らん態度! ホンマ、アンタの考えてるコトがちっとも伝わってこーへん!」
「ち、ちょっと、ハナヲちゃん。くっついてたらキミまで汚れちゃうから、まずとにかく離れて。……キミを呼んだのは、キミが魔女じゃなくって魔能者だったからだよ? 魔女なら声は掛けなかった」
「――!」
ん?
魔女なら……?
アレ? ……あ、そーだ。アレ?
「……わたし、だから、……まだ魔女や無かった。そやそや!」
転生しても脳の老化はそのままなんかな、なんて。……うう。わたしとしたことが。
「サラさんの業務量が半端なく増えちゃってさ。……ほらボク、事務能力皆無だしさ、ハナヲちゃんの過去経験を思い出して頼んでみようって」
「はあ?」
「これからもずっと冥界で働いてほしい。見習いじゃなくって、正式に採用試験を受けて」
「採用試験?」
「冥府庁はインターンシップ後に採用試験を受けると、ほぼ自動的に内定がもらえるんだ。だから……」
「なーんや。そー……やったんか……ヨカッタ……」
……アレ?
……今度はなにっ?
……わたしはいま楽しくキョウちゃんとおしゃべりしてんのっ!
……やのに! こらっ!
……目の前が真っ暗に……なっ……て…………。急に力が……。
……うぅ。ねむい……。
…………安心した、ら……、そーいや……このところ、寝てなかった、し……か?
ああ…………。
…………。
キョウちゃんの腕の中、あったかい……。




